開戦3


 普通の国民は当然、気軽に自らの王、アニムに会うことは出来なかった。

 ただし、城に勤めてさえいれば、話は別であって、アニム自身が宮殿内を、あちらこちら、ふらりふらりと散歩するので、案外、アニムに会うのは難しくなかった。

 

 そんな城で働く者たちの間で、この所一つの話題が、不敬とは知りつつも密かに語られていた。

 

 曰く、陛下のご様子がおかしい。

 

 しかも、始めに言い出したのは、側近中の側近である近侍司(きんじのつかさ)、ネルフィリアだ。

 

 王のもっとも近くに居るお前が、そんな事をいうのか、と眉を顰める者もいた。

 しかし、もっとも近くにいる者だからこそ、その真実味は強く、また、そう言う者達も、王に触れるにつれ、次第に強い違和感の様な物を感じ始めていた。

 

 今のネルフィリアは、畏れとは違う、純粋な強い恐怖を、アニムから感じていた。

 彼女はそう在ってはならないと思いながらも、彼の前では肌が粟立つのを止められなかった。

 

 アニムは、政治については門外漢。

 あまり、関わらない代わりに、常、穏やかに皆の話を聞き、助言や提案をしてきた。

 

 その、アニムが、いつもと違う。

 まるで、誰かが乗り移り、アニムのふりをしている様であった。

 

 しかし、ネルフィリアの見る、アニムの発する神気の様な物は、些かの陰りもない。

 

 では、何が違うかと言われれば、特に表情、仕草であろうか。

 



 ネルフィリアは、玉座の間、その入り口の扉の前に立った。

 扉の奥には、己にとっても、国にとっても、大切なお方がいるのだ。


 だというのに、この扉の前に立つと、開ける事をためらう気持ちに睨まれる。

 



 ネルフィリアは鼓動を整え、扉を開けた。

 中に入ると、法務司(ほうむのつかさ)を務めるプロセン・ビリームが跪き、現在の国情を報告していた。


 プロセン・ビリーム。

 EOEで、錬金文明の進んだ国の宰相として、その高い頭脳を振るった、ホムンクルスと人間のハーフである。 

 

 ※宮廷宰相、プロセン・ビリーム  光光② ホムンクルス・人間

    プロセン・ビリームを生贄に捧げる:このターン味方ユニットと、貴方に与えられるダメージを全て軽減し、貴方はそのダメージに等しいライフを得る。この後、貴方は追加のターンを得る

                       2/4

 

 

 プロセンは顔を伏せており、表情を窺い知ることは出来ない。

 しかし、ネルフィリアには、彼の心境が手に取る様に分かった。

(また、アレですね……。)

 

 今までのアニムであれば、決してしなかった表情。

 彼は妙に艶のある微笑を浮かべるのだ。


 男性でありながらも、蠱惑的で美しいその笑み。


 それには決して魅入られてはいけない。


 その笑みを見る度に、ネルフィリアの全身は強い警鐘を鳴らす。

 しかし、けして気取られてはいけないと、自らの服袖をつかみ、粟立つ肌を必死に隠した。 

 

-----あれは、愛と死だ。


 何故そう思うのか、ハッキリとは言葉にできなかった。

 今も、アニムから、親が子を思うような、変わらずの愛を感じる。

 しかし、同時に、死がその真っ白な顔を慈しみに歪め、此方の顔を覗き込んでいるのだ。

 

 

 今、プロセンも服の中で、その青い肌を汗で濡らし、呼吸をすれば、石でも飲み込むような心地であろう。

 

「現在、国内の復旧を急いでおります。しかし、アエテルヌムの収穫の100%、イロンナの42%、この二つの地域に関しては、少なくとも、今年度の収穫は期待できないと考えられます。今回のベンデル王国への出兵は、思いの他、迅速にコトが終結へ向かった事は、非常に僥倖でございました。しかし、今後、軍事行動などは暫くの間、お控え下さるようお願い申し上げます。」

 

 合理性原理主義が服を着ている。

 そう言われる彼にすれば、それはそれ、これはこれと、切り離せるのだろうか。

 今のアニムを前にして、言うべき事は言う所は、流石という他は無いとネルフィリアは瞠目した。

 




 ふと、アニムから少し離れた位置に立つネルフィリアのふくらはぎを、何かがつついた。

 何かと、ネルフィリアがチラリと視線を落とす。

 すると、ジルコニアがネルフィリアの影から、顔を出し、鼻先で自分の存在をアピールしていた。

 

 恐らくは、アニムの傍が怖いのだろう。

 こっそりと、アニムの影より逃げ出して来た様だ。


 守護狼が護衛対象から逃げ出してどうするのか。

 ネルフィリアはバレないよう、小さく呆れた息を吐いた。

 しかし、彼女も自身を顧みて、ジルコニアを咎める事は出来なかった。

 

「そうか。わかった。(……もむやみ……望……ご様子……。)」 

 

 プロセンの話を聞いていたアニムは頷くと一瞬難しい顔をした後、何事か、小声でつぶやいた。

 

「……?」

 アニムは何か、考えているように、わずかに目を細めるも、プロセンが不思議に思っている事に気付き、その表情を消した。


「いや、無為に資源を食いつぶす気はないが、其方たちや、軍には苦労を掛けた。」


「いえ、今後も国の発展の為、粉骨砕身、努めて参りたいと思います。」


 そういうと、プロセンはさらに深々と頭を下げた。


「……よろしく頼む。」


 アニムは、またあの艶のある笑みを浮かべた。


 

 何が、アニムを変えたのか。

 初めて、外なる国より、侵攻を受けたからか。

 しかし、あの最中さなかは”こう”ではなかったはず……。

 

 ネルフィリアの頭の中に、様々な考えがよぎる。

 しかし、どれも的外れな事に思えてならなかった。


(もっと根本的な何かが……。)

 嵐が過ぎるのを待つ、ひな鳥のような心細い心持ちで、ネルフィリアは静かに、重いため息をついた



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