回想より


~ミリー回想


 ミコ・サルウェ、ソール・オムナス城下にある焼き肉屋「辺楼夢」

 アニムが文化ツリーで「料理」を解放した後、ミコ・サルウェでは、料理文化が花開いていった。

 それは、まるで何事かに封印されていた門、その隙間から智慧の濁流が、爆発的に噴き出るかの様に異常な勢いで広がっていった。

 

 ここは、ユニット:ベローム山のドラゴンである店主、ガンズーが経営する焼き肉屋である。

 ミコ・サルウェにおいて、味覚という物に対して最も執着的な種族は、意外にも人間であり、その影響か、繁盛している店という物は圧倒的に人間の営む店が多かった。

 

 その中で、ドラゴンという種族で料理屋を経営している、また、その中でも人気店というのは相当に珍しい部類であった。

 

 辺楼夢はミコ・サルウェ北東部に位置する土地:冠雪の山麓に出現する野生の雪毛牛を、店主がわざわざ毎日仕留めに行く。

 そして、それを店主オリジナルのソースで食べさせるのだ。

 このソースも日々進化を遂げて、現在が八代目のソースであり、来るものを飽きさせなかった。


 特に肉といえば、軍属の者や体を資本とする仕事をする者は、特にここを贔屓にしており、今日も群緑師団の者達の一部、そして、彼等と仲の良いミリーは、共にここで夕食を取っていた。


 テーブルには、ベスティアとミリーの二人。

 他の団員達は方々へ散って、各々の食事を楽しんでいた。

 

 二人は粗方を食べ終え、最近見かけるようになった米で出来た酒を飲んでいた。


 そんな時、急にベスティアが切り出した。

「あたし、今日陛下に聞いてみたのよ。騎士になりたいって奴が居るんですけど……。騎士団とか作らないんですか?って」

「ええ? ベスちゃん王様に会ったの?」

 

 この頃のミリーは、ベスティアが軍で、そこそこ責任のある立場であることは知っていた。

 しかし、それが王と会って、しかも口を利ける程とは知らなかった。

 

「そりゃ、師団長だし……。」


 お酒も入っている。

 おお、流石、持つべきものは友達だ。とか、そういえばベスちゃんと出会ったのも辺楼夢だったな~。など。

 ミリーは、そんな割愛するべき話へも脱線しながら、ベスティアの話を聞いていた。

 

「それでさ……。「騎士団とはどういう物だ?」って逆に聞き返されたんだけど。」

「え~……!?」

 

 ベスティアは特段、ふざけた様子ではない。


 しかし、ミリーにとっては、話の落ちとして、あんまりな内容である。


 日本で育ったアニムにも勿論、アニメやゲームでの騎士イメージは、それなりにある。

 しかし、精々が全身甲冑の戦士という程度のイメージで、具体的に政治機構としての騎士、騎士団がどういう物かというと、良く分かってはいなかった。


「どういう物だって言われても……。あたし自身も良く知らないし、アンタのせいで陛下にアホの子って思われたかも……。」

 

 そういって項垂れて見せるベスティアは、酒のせいだろうか、普段よりも理不尽で面倒くさい。

 

「いや、それは私のせいなのかな……?」

 

 王に態々、聞いてくれたことはミリーも嬉しく思った。

 しかし、それとこれとは話が別で、ベスティアがアホだと思われたとしたら、それは自分のせいではないとミリーは思っていまった。

 

「勿論、陛下はお優しい方だから、こんなアホな話にも一緒になって考えて下さって~。もしかしたら、それに近い存在を知っているかもしれないってさ。」

 そういって、ベスティアは、にへら~っと笑う。

 

 ミリーはその顔に癇に障るモノを感じたが、抑えて続きを促した。

「なに?」

 それに、ベスティアは短く答えた。

「武士」

 ミリーには、聞き覚えのない名前だった。

「武士? 騎士じゃなくて?。」


「そう、「武士道とは、死ぬ事と見つけたり」っていう言葉があるんだって。」

「え? 死んじゃうの?」

 

 そもそも、ミリーはアニムの話し方など知らないし、不敬どころの騒ぎではない。

 しかし突然、ベスティアは、アニムの声真似をしながら話始めたのだ。


 この女が、城の文官どもに大変嫌われているのは、こういう所が原因の一つであることは間違いないだろう。


「「なあ、ベスティア。我々は誰しもいづれは死ぬだろう?」って。流石にあたしもビー(エクスタビの愛称)とかもう死んでるんで、多分、もう死にませんよ? とか野暮なことは言わなかったさ。」


 これは少し違う。

 ミコ・サルウェのゴーストは、ゴーストとして生を受けており、彼等は死者でありながら、もう一度死ぬ事が出来る……というややこしい存在であった。


 そして最早、ミリーは隠すことなく、露骨に面倒そうな顔をして、早く続きを話せと急かした。

「「だからこそ、どんな生き方をするのか。どのような事に命を燃やし、何を成して死ぬのか。己の墓標になんと刻むのか? これと決めた事を、例えその命尽きようとも成す。……そういう生き方をする者たちが、かつて居たのだ。」って陛下はおっしゃっていたわ。」

 

 ミリーは、何かを考えるように、天井を仰いだ。

 しかし、英雄ヒーローとしての騎士に憧れるミリーの心には、響かなかったようだ。


「……武士道。でも、やっぱり死んじゃったらダメじゃない? 生き残らないと次が無いよね。」


 普通の反応ではある。

 その時は、最後まで、ミリーの共感を得られる事はなかった。

「そう思う? でも私は分かる気がするのよ。」

 しかし、ベスティアは一瞬真面目になった後、どこか遠くまで見通している様な表情をした。

 

「もう随分前の事だけど、あたしは10の頃には森の傭兵団に入った。その頃はあたしも、傭兵団も数合わせのゴロツキみたいなもんで……。本当に弱っちかったから、死んでは補充、死んでは補充。あんまり死ぬもんだから、15の頃にはあたしが一番古株で、頭(かしら)なんて呼ばれてた。始めは自分が生きるために生きてたのに……頭なんて呼ばれて、責任感でも生まれたのかな? あいつらがあたしの家族見たいに思えて、気付いたら、あいつらを生き残らせるために生きていた。あたしは、あいつらの為に何度も命を投げ出して、戦って……。それで死んでも後悔は無かったんだよ。」

 

 ベスティア・ファミリーウルフのカードには別バージョンが存在する。

 それはまだ、若かりし頃のベスティアの姿なのだろう。

 



 ※R群れの長 ベスティア 土土① 人間・獣

  先制 群れの長ベスティアを生贄に捧げる:このターン破壊された味方ユニットを場に戻す。  

              3/3


 

 そこまで話すと、やたら左手をチラチラと忙しなく動かすベスティア。

 ミリーは不審に思い目を細めた。

 しかし、すぐに間もなく気づいた。 

(……? あ……。だからニヤニヤしてたんだ。そういえば、変だと思ったんだよ……。ご飯食べに来たのに小手付けてるとか)


 ベスティアの小手には、鋼樫の緑に、赤々と「武士道」の文字が彫られていた。  


「…………。」

「ヒヒヒ。気付いた? 陛下に聴いたら、良いって言ってくれてさ~。」

 敬愛する王に特別な言葉を貰ったと、へらへらするベスティア。

「うわ~……。」


 ミリーの為に聴いたのではなかったのか、騎士ではないとはいえ、自分がもらってどうするのか。

 

 実際には、アニムに「武士団」を置くつもりもなければ、「お前に死なれると困るのだが……。」と彼は矛盾と見られる様な事を言っていた。

 

 しかし、そういった優しい所こそ、ベスティアが王を好いている所でもあった。

 

 しもべを大切にし、不調法すぎると言われ、文官どもに眉を顰められるベスティアを相手にしても、咎めるでもなく、「お前を頼りにしている。」と声を掛ける。

 

 ベスティアはミリーに対して、王に気軽に話しかけている様に見せていた。

 アニムの、男性にしては可愛らしい、大きく瑞々しい瞳に、通った鼻梁、滑らかで輝くような漆黒の髪。

 明確な根拠があるわけで無い。

 しかし、なにか格の違いを感じる存在。

 実のところは、ベスティアはアニムを見るたび、息を詰まらせ、なかなか声すら出せない状況であった。

 

 ベスティアのよっぱらい具合は、アニムと話した事で張り詰めていた緊張の糸が切れた反動でもあるのだろう。


「ふふ~ん。あんたが騎士なら、私は武士を目指そうかしら?」

「む~……。」




~ミリー回想終わり



凡そ1刻程後、マイシュン領軍は、ミリーからほんの200メートルほど先まで迫っていた。

 

 ミリーは、以前にベスティアとしたやり取りを思い出していた。

 

(騎士として生きる事に命を燃やそうとしている私は、騎士なのかな? 武士なのかな……?)


「武士道か……。」

 

 状況は絶望的だ。

 相手方は500人規模の大群で、こちらは一人。

 血を流し過ぎたのか、少しクラクラする。

 

 この行動は無謀で、蛮勇であろう。

 ミリーであれば、空を飛び、この場から再び逃げることが出来る。

 しかし、ミリーが逃げれば、ラウラ達はすぐに追いつかれ、また捕まってしまう。 

 力を得たミリーは、戦わねばならない。

 戦わねば、心が身体を支えられなくなるのだ。 


 唯一の心残りは、アヴィアの弔いが済んでいない事だ。

 杖としていた剣(つるぎ)を抜きはらうと、「私は貴方(きほう)の敵である」と示すため、すーっと領軍へと向ける。



 ------弱き者よ。逃げなさい。私は全ての悪を立ちふさぐ、業火の盾。



 潮が満ちる様に、全身に熱い闘気が流れ込む。


 それに呼応する様に、再び風が吹き始めた。


 先ほどの様に荒れ狂う風ではない、静かで、しかし力強い風。

 


 「……さあ、私の生き様、しかとその目に焼き付けなさい。」

 


 ミリーは、友を逃がすため、己の正義を貫くため。

 例え、この身が朽ちようとも、命を燃やすことを決めたのだ。

 






 しかし、生憎と、どうやら彼女の友人は、それを許すつもりは無いらしい。

 

 

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