暁3
ラウラは日中にしては、随分と日が陰ってきたように感じていた。
そして、それは正しく、昼を少し過ぎた頃、ついに小雨が降り始め瞬く間に強くなっていった。
ラウラ達は、数珠繋ぎに鎖でつながれ、平原の中をかれこれ数時間歩かされていた。
本来ならば、小雨が降り始めた段階で、何処かで雨宿りをするべき所ではある。
しかし、辺りは開拓時、取り除くに面倒な大岩や、切り残されて放置された小さな森が点々とあるくらいで、この人数が纏まって凌ぐには、難がある場所ばかりであった。
湿った音が、ラウラの肌を叩いて傷が痛んだ。
ラウラは捕縛時、薪割斧を持っていた。
それが反抗の意思ありと見なされ、兵士達に手荒く扱われたのだ。
体中に痣をつくり、見た目にも痛々しかった。
「ん~~~~!!」
こんな時でも気丈なサラトナは、その両方の細い腕と、手首に鎖を巻きつけ、ぐうっと、力いっぱい引いていた。
当然、鎖はびくりともしない。
「むう!」
と不満げに鼻を鳴らすと、この忌々しい鎖をどうにか出来ないか、じっと睨みつけていた。
ラウラは、サラがそんなことをして、前を歩く兵士に見咎められないか心配になった。
しかし、幸いなことに兵士たちも、6歳の小娘にどうこう出来る鎖ではないと知っていた。
たまにチラリと見ても、あまり大声で騒ぐでも無ければ、幸いにも、子供のやる事と放置する事にした様だ。
ラウラは、痛みにぼやける思考で、「人」とは何だろうかと考えだした。
生まれて来て、そろそろ10年が過ぎようとしている。
彼女は小さいながらも、逞しく開拓を手伝って生きてきた。
ほんの少し前までは、それなりに……贅沢出来るほどではないが、上手く行っていたのだ。
しかし、転機は2月程前、父や村の男たちが連れていかれ、今はラウラ自身が、こうして鎖でつながれていた。
ベンデル王国では、一部の貴族や、特権階級、都市市民以外において、大人になるという事は、活きる事を諦める事だと、そう、村のおばさんが、慣れた様子で嘯いていたのを思い出した。
ラウラは大人達が時折見せる、
今思えば、長老のアヴィアや幼いサラトナを除き、母を含めた殆どの人々が、何かを選択するという行為を苦手としていた事をラウラは思い出した。
今のラウラは、嘗て(かつて)の母や大人達なのだ。
人の形をした家畜は、手間が掛かると思われれば、棄民同然で放置され、目的があれば、どこぞより仕入て繁殖させる。
そもそも、ベンデル王国に恋愛などという文化は無いし、貴族は政略結婚が、ほぼを占めていた。
母も新しい村を作るために、どこかより連れてこられた父と結婚を命じられ、そうして生まれたのがラウラである。
領主から特に支援もなく、開拓したばかりの村が10年、20年、ろくに税など取れようはずもない。
幸いなのは、そうした村が無数にあれば、領主の興味も薄れ、貧しくとも助け合い、穏やかに、ラウラ達は人として生きてこれた事だろうか。
領主館のある街、領都シルバが見え、もう1時間も歩けば、街の目の前に着くころ合い。
『uoooooonn!!』
突如、後ろから、今までよりも、いっそう強い突風がラウラ達一団を追い越していった。
鎖でつながれていた事が逆に良かったのか、飛ばされそうな強い風の中、サラトナを含めしゃがみ込み、誰も飛ばされはしなかったし、倒れこんでケガをするという事もなかった。
ラウラは、風以外にも何かが、上空を通り過ぎた気がして、周りを見渡した。
すると彼女達の前方で戦いが起こっていた。
兵士たちが戦っている相手は、青い鎧に金髪の女で、背中には見覚えのある翅……それを大きくした様な物が生えていた。
「……ミリー?」
ラウラは目を細めた。
彼女は強かった。
彼女が迷いなく剣を振るうと、剣は雷光を纏い、受けた剣を弾き飛ばし、その勢いのまま、四肢を切り飛ばした。
彼女が左手を突き出すと、強烈な風が槌となり、兵士の体を鎧ごと叩き割った。
遠くから弓で射ろうとする者もいた。
しかし、風は彼女の味方である。
軌道を逸らされた矢は、仲間の兵士へと襲い掛かった。
30人ほどの兵士を相手に、舞うように飛び回り、それは嵐の様に、一方的で力強い戦いであった。
実際の所は、流石に無傷とはいかず、多勢に無勢。
兵士の血でぐずぐずになっているために解り難いが、彼女自身も少なくない量の血を流していた。
やがて嵐の舞踏は、血風と共に終焉を迎えた。
辺りの兵士は皆息絶え、彼女一人がその中に立っていた。
短い時間ではなかった。
しかし、ラウラ以外の者たちは、今だ、何が起きているのか理解が追い付かないのか、茫然と死体の山に立つ彼女を見つめていた。
彼女がラウラ達の方へ向く。
ラウラと目が合った。
「ミリー……?」
ラウラは駆け寄ろうとするも、鎖が邪魔をして近づくことが出来ない。
一人の村人が街の方を指して叫んだ。
「あれを見て!」
雨風は止み、空には太陽が顔を出し、ミリーを見下ろしていた。
平原の向こう、領主軍が街の前に集結し始めていた。
こちらから見えているのだ。
兵士たちが何者かに襲われている姿が、あちらからも見えていたのだろうと、ラウラは考えた。
「ラウラ!」
ミリーが叫び、声をかける。
村人の注目が再び、ミリーへと向いた
「逃げなさい! 村に戻って、そのまま南へ! 森の中に湖があるから! そこまで、行けば、ミコ・サルウェがあるわ!」
ざわざわと、ざわめきがあった後、どういった集団心理が働いたのか。
最早、己の意思で選択をしようとはしない彼女たちは、一人、また一人と、村へ戻る道を歩き出した。
「ミリー! 貴女は!?」
「私は、まだやらなきゃいけない事があるから! 大丈夫! ラウラ達の所には、絶対行かせないよ。」
ミリーは剣を杖に、足から崩れそうになりながら気合で立ち、領主軍を睨みつけ、背筋を伸ばす。
ラウラの鎖が、後ろに引かれ始めた。
「どうして!?」
「私は騎士だから……ごめんね。」
ラウラはミリーの元へ行こうとするも、鎖が邪魔をして、進むことが出来なかった。
ラウラはミリーに聞きたい事が山ほどあった、今の姿の事もそうだ。
なぜ追いかけてきたのか、ケガはないのか、生きてまた会えるのか。
しかし、ミリーとの距離はどんどん離れて行き、小さくなっていく。
「ミリー!!」
ラウラは渾身の声で呼びかけるも、その声は、再び吹き荒れ始めた強風にかき消されてしまった。
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