開拓村アンオール6


 アヴィアの家でのやり取りから、数日たったある日、ラウラとミリーは、家の裏で薪割りをしていた。

 ミリーが木を運び、ラウラが斧で薪を割る。

 薪割りというのは、実際、かなりの力仕事であるが、彼女達は逞しく薪を割り続けていた。 


 「ラッル、ラッルラ~~。」

 「ミリー! 真面目にやらないと危ないわよ!」


 ラウラは歌を歌いながら仕事をするミリーをたしなめた。

 

「えへへ、ごめんね~。」

「……もう。」

 ミリーは解っているのか、解っていないのか、能天気な笑顔を浮かべていた。

 

 ミリーはラウラの家で寝泊まりしており、この数日で二人は随分と仲良くなっていた。

 

「ねえ、ミリーは何時まで、村にいるの?」

 歳の近い者達は、誰もいない。

 ラウラにとっては、初めてできた同年代(精神年齢)の友人だ。

 ミリーにも故郷があり、いずれ帰る事は、ラウラも理解している。

 難しい事は解っているが、ずっと居てくれたら良いのにと、ラウラは思った。

 

「う~ん……いつでも良いと言えば良いんだけど……。」

「え?」

 

 この長閑な村に居ると、感じることは出来ないが、ミコ・サルウェでも、そして、このベンデル王国でも、現在戦争をしているとミリーは忘れる事が出来なかった。

 ミリーは村の生活を楽しみながらも、流石に祖国の事が気になってしょうがない。

 すでに危険な魔獣は狩られているし、残っていたとして、上空高く飛べば、ミリー一人でも、森を抜ける事は問題なかった。

 

 

(でもベスちゃんからの連絡も未だないし……。)


「(ボソボソ)……もしかして、ベスちゃん、脳みそ筋肉だから、忘れちゃってるんじゃない? ……きっとそうでしょ……あのエンガチョ脳筋鳥頭……。」


「ミ、ミリー!?」


 ラウラは、何時までも居れば良いと、言おうとした矢先、何やら影を感じる顔で、誰かの悪口を言い始めたミリーに怯んだ。

 



 その時である。




「いい加減にせんか!どれだけ、勝手を……ぎゃあああ!!」



「「!?」」


 アヴィアと思われる悲鳴が、響き渡った。

「いったい何が!?」


 ミリーとラウラは、悲鳴の聞こえた、村の中心地に向かう。

 村の中心地につくと、人だかりが出来ていた。

 その前には30人ほど、武装した兵士がおり、その足元には剣で切り付けられたのか、血溜まりの中、すでに事切れたアヴィアの姿があった。


(バアバ!?)

 

 ラウラが、声を殺した悲鳴を上げた。

 いち早く気付いたミリーが、ラウラを引っ張っていき、ラウラ達は、そっと家々の影に身を隠れた。


 

 他の兵士より、多少、身なりの良い兵士が、声を上げた。

「もう一度言うぞ!! 戦争は停戦となったが、前領主のヒルク・アッボール男爵は、敵の凶刃によって身罷られた! 次いで、新しい領主にはマイシュン子爵がつき、それに伴って領内の整理を行う。それによってこの村は廃村となり、村民に関しては、東のベイラン公爵がお前らを購入していただける事になった。その益で新たな開拓を行うものとする。」

 

 真っ当な考えの人間では、理解できない事と思われる。

 しかし、この国の公人にとって、国民とは貴族の持ち物である。

 領民を売り払う行為は、畜舎の家畜を、別の畜舎に移動するのと、心情的には変わらなかった。

 

 顔を真っ青にするラウラ。

 ミリーも余りの事に目を白黒させている。

 

「え? ……え? なんで? ……ねえ? ラウラ? ……あの人たち頭おかしいよ?」

 

 

 再び、兵士が声を挙げる。

「おい! 捕えろ! これから、シルバの街に移動して、他の村の者達と合流する。お前たち、逃げるなよ?」

 

 正気を取り戻す、ラウラ。

 

「ミリー! 逃げて!」

「え? じゃあラウラも……。」

 

「ダメ!私と一緒じゃあ、捕まっちゃうわ。でも、ミリーなら、飛んで逃げられるでしょ!?早く!」

「で、でも、私は騎士道を「いいから、早くしろ!」」

 

 ラウラは薪割場から、そのまま持ってきてしまった斧を振り上げた。

 心配げなミリーの目と、自らの目を意図的に合わせて、「早く行ってしまえ」と威嚇する。

「こっちに誰か居るぞ!!」

 

 ミリーはそれでも、しばし逡巡する

「あ……う、うあ……ラウラ……。」


 しかし、ミリーは南の森、その奥へ急ぎ飛んで行って、身を隠した。


 





 森に潜んで数時間の時が流れた。

 ミリーは、恐る恐る、村に戻ってくる。


 誰もいない、静かすぎるゴーストヴィレッジ。

 ミコ・サルウェにも幽霊街という名前の土地がある。

 しかし、あちらは昼も夜もなく、アンデット達やゴースト達で賑やかな、意味も趣(おもむき)も全く違う街だった。

 

 村の中心地、ラヴィアの遺体が打ち捨てられた儘になっており、鳥たちがその死体が啄んでいた。

 あの後、村人たちは、さしたる抵抗も出来ず、連れていかれたのだろう。

 

「おばあちゃん……。」

 ミリーは魔法で風を弾けさせ、鳥たちを散らした。

 

 小さい風の爆発。

 風船の爆発にも満たないかもしれない、驚かせるだけどの魔法。

 

 攻撃力0の港町のスプライト、”これ”か、精々部屋の空気を入れ替える程度にしか使えない、微風をふかせる魔術。

 それがミリーの出来る全てだ。

 

 持ち上げる事は出来ず、ずるずると引き摺る様に、村の地下にある、食料保存庫に遺体を置いておく。

 戦時に徴収され、はなからほとんど残っていないと考えたようだ。

 食糧庫に、兵士たちは手を付けなかった。


 此処ならば、獣避けも働く。

 どのくらい掛かるかは分からないが、埋葬するまでの時間くらいは腐敗を抑えられるだろう。

 

 ミリーが食糧庫から、地上に上がると、何やら地面に落ちている物が目に入った。


 それは、サラトナやラヴィア達が作っていた手袋だ。

 人の手にあわせて作られた為、大き過ぎて、ミリーの小さな手にはブカブカな手袋。

 何故、ここに落ちているのだろうか、ミリーはそれを小さな胸にかき抱き、うずくまって涙を流した。


 激しい怒り、悲しみ、くやしさ、様々な感情が噴出してくる。


 (なんで?) 

 

 ミリーは風の魔法を打つ。

 そよ風が木々を揺らした。

 

「うわああああああああ!!」

 ため込まれた感情は、発散されることなく爆発した。


「ねえ!? 騎士になりたいんでしょ? なんで逃げたの!?」

 

(ラウラが)


「言い訳するな!!」


(私は弱いから)


 ミリーは今、自らの全てに嫌悪した。

 許せなかった。

「例え、強い相手であっても絶対、引かないって誓ったじゃない!! なんで私は弱いの!? 何でよ!?」


 慟哭するミリー。

 

 次第に胸の奥、ぽっかりと穴が開いた感覚がした後、もう元には戻らない、そんな絶望感が込み上げてきた。


 体を支えている骨が崩れ落ちていくような思い。 


 ミリーは、頭ではそれに焦る。


(また、私は逃げようとしてる。)

 それでもミリーの身体は動かなかった。


「なんで? なんで私は泣いてるの!? 私が飛べばまだ追いつけるかもしれないでしょ!? なんでいかないの? なんで私はこんなに憶病なの!? うわああああああ!!なんで? なんでぇ……我らが王よ! どうか……どうか、悪に屈せず、友を取り戻す力を……!! うわああああああああ!!」

 

 ミリーは蹲り、祈るように泣き続けた。



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