開拓村アンオール5
この辺がまだ、ベンデルではなく、ユカリキと呼ばれていた頃。
ユカリキの民達は、狩猟を主とする生活を送っていた。
ユカリキの者達が使う皮の手袋をユンバムと言い、ユカリキの古い言葉で『風を掴む手』という意味を持っていた。
ユンバムには風の精霊が宿り、ユカリキの民達の放つ矢は何処までも届く、神域の矢であったという。
しかし、今はもう、ユカリキの国は滅んだ。
彼等の名残と言えば、この村で作られている、混血が進み、血の薄くなった末裔より、若かりし頃のアヴィアが教わった、形ばかりのユンバムくらいであった。
剣の修練を終え、ミリーはサラトナと共に、長老の家にいた。
この村にも、3か月に一度くらいの割合で行商人が訪れる。
それを機として、狩りで獲った獲物の皮で、丈夫な皮手袋を作り、売却することで生活必需品を購入するという
獲物を取る男手はもうおらず、この取引も残念ながら、次回が最後になりそうである。
動物の毛をよって作った糸を使い、なめした皮を綺麗に張り合わせていく。
サラトナは器用な質なのか、チクチクと手早く、それでいて丁寧にこなしていっていた。
アヴィアがサラトナを優しく褒めた。
「サラ。あんた、随分上手にやるじゃないか。教えたのはいつだったかな……。」
貧しくとも、朗らかで慈しみを忘れない、この村の人々がミリーには、好ましく思えた。
「去年だよ!」
ちなみに、ミリーは見ているだけだ。
ミリーは手先の器用な方ではなかったし、自身でもそれは自覚していた。
ただでさえ、材料は枯渇一歩手前であり、それを無駄にさせるわけにはいかなかった。
こうして、この村で過ごすと、祖国、ミコ・サルウェがどれほど豊かであったか、ミリーは思い知ることとなった。
(大丈夫かな……。戦争まだやってるのかな……。)
貧しいが、
それが逆にミリーを不安にさせるのだ。
ミコ・サルウェが負けることなど、欠片も過ぎりはしない。
しかし、戦争があれば必ず誰かが死ぬのだ。
この村の事もそうだ。
戦いに勝ったとしても、男たちが健康に帰ってくるのか、それどころか、そもそも返ってくるかも解らない。
また、国の端、田舎の村とはいえ、負ければその影響で、より悪い状況が村を襲うかもしれなかった。
ここは食べ物が国中に溢れたミコ・サルウェではない。
ミコ・サルウェで、ミリーが「お腹すいた~。」と言えば、「なんか食べれば?」と冷たくあしらわれるか、「じゃあ、外、行こう。何食べる?」と返ってくるのが普通だ。
これが、この村でサラトナが「お腹すいた」と言えば、大人達は悲しく、優しい笑顔を浮かべ、「ごめんね。これしかないの。」と場合によっては、自分の分の食料を分け与えていた。
「ねえ~、おばあちゃん。お父さん、もうすぐ帰ってくるかな?」
サラトナは長老に、このところ何度もしている質問をした。
幼い娘である。
父と離され寂しいのだろう。
「そうだね。サラが良い子にしてたら、早く帰ってくるかもな?」
「じゃあ、明日かな~? 私いつも、お母さんに良い子って言われてるよ?」
ミリーは切ない思いに胸が苦しくなった。
(……なぜだろう。この国と私の祖国で、いったい何が違うんだろう?)
「ねえ、おばあちゃん。」
サラトナの頭を撫でていたアヴィアが此方を見る。
「なんだい?」
「この国の王様ってどんな人?」
アヴィアは何故そのような事を聞くのか、不思議そうな顔をしている。
「王様?……どうだろうね。私たちの様な者じゃあ、見る事も叶わないし、どんな人かって言われてもね。こんな田舎じゃあ、居るんだか、居ないんだか……国も、取るものだけはいつも取っていくけどね。」
「ふ~ん……そうなんだ。」
アヴィアに撫でられ、猫の様になっていたサラトナが、ミリーの方に向いた。
「ねえ、ミリー! ミリーの所の王様はどんな人?」
自分がした質問だが、改めて考えると確かに疑問である。
時折、お触れが出る位で、ミリー自身も、アニムに会った事などなかった。
「む~ん……そうだね~。私も直接会った事はないんだけどね~。でも、私たちは、王様といつも繋がってるの。だからとっても優しい人だって解るんだよ。」
本当にアニムと国民達が、何か不思議な力で繋がっている、と言うわけではないはずだ。
ただ、ミコ・サルウェには、
【御天道様が見ている。】【御月様が見ている。】
という言葉がある。
【御天道様が見ている。】は日本でも馴染みのある言葉であろう。
日本では、太陽をお天道様といい、太陽信仰の神格化として天照大神が知られ、月の神格化として月読尊が知られる。
ミコ・サルウェでは月と太陽、いずれも、アニムの事を指した。
ミコ・サルウェで一般的な宗教:キニス教では、アニムは昼も夜も、遍く国民の事を見守っており、常に決まりを守り、国民は人格形成に勤める事が美徳とされていた。
それを、常に心掛けているものは、それを「アニムとの繋がり」と称しているのだ。
サラトナは、ミリーと手を繋いだ。
「これで、私もミリーの王様と繋がったかな~?」
ミリーは一瞬、眉を上げ、次いで優しい笑顔を浮かべた。
「あはは。さあ~どうかな~? でもね? 王様は、いつも空から見守ってくれてるから、お願いしたら守って下さるかもしれないね。」
今度はサラトナが驚いた。
「え~!?王様、死んじゃったの!?」
この国には、「亡くなった人が、空から私たちを見守っている」という話がある。
ミリーは、噴き出した。
「はははははは!!違うよ~。王様は生きてるよ。今もお城にいるんだよ? ちょっと変ってるかもしれないけど、ミコ・サルウェではそう言われてるんだよ。」
「へ~~。」
サラトナは興味深そうに、天井を見上げた。
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