開拓村アンオール4

 その後、数日の間、ミリーは村で過ごしていた。

 祖国からの連絡はなく、その事がミリーをヤキモキとさせた。

 しかし、幸い、ミリーの持ち込んだ食料により、村の生活は大幅に改善され、村人との関係は概ね良好であった。

 

 アンオール村、中央広場。

「82……83……84……。」

 いつもの美しい金髪を揺らしながら、ミリーは細長い木の棒を持ち上げ、頭上より振り下ろす。

 それを幾度も繰り返していた。

 彼女が騎士を目指してから、何もしていなかったわけではない。

 これは、木の棒を剣に見立てた素振りであった。

 

 


 妖精種の中にも、少ないながら、戦いを行える者がいた。

 彼らは、その素早さを活かし、激しく動き回り相手をかく乱する。

 そして、レイピアの様な、軽くて細い刺剣を使い、まさしく蝶のように舞い、蜂のように相手を刺し貫いていった。

 

 本来、非力な彼等では、直刀の様な剣での打ち合いには向かなかった。

 故に、その様な戦い方を選んだのだろう。

 

 しかし、ミリーは地面に足をつけて素振りを行っている。

 これは、ベスティアの伝手で、彼女に剣を教えた師の影響だろうか。

 

「99……100……すうー……ふうー……。」

 素振りが終わり、深呼吸。

 

 いつものポケ~っとした表情の彼女には珍しく、真剣な表情だ。

 

 次は相手をイメージして、想像上で敵との打ち合いを行う。

 戦う相手は何時も、ミリーよりも必ず強かった。

 

 そして、それは現実、戦うことになったとしても同じだろう。

 彼女は自分が弱いことを誰よりも知っていた。

 故に、彼女がこの修練で手を抜くことは無かった。


 例え、どのような相手であっても必死に食らいついていった。


 どうして、こうも不公平なのか、そんな事を彼女は考えない。

 それを考えると負けてしまいそうになるから。


 ミリーは知っていた。

 絶望が終わりではないことを、その先に諦めがあるのだと。

 そして、諦めの先に心の死がある事を。


 まだまだ、”どう”に入った戦い……とは言えない。

 しかし、子供のチャンバラというには、中々様になっているのは、彼女の筋が良いのか、師がいいのか。

 「は! ……や!……ん!!」

 ミリーは儚いほど健気に、剣を振り続けた。

 

 体の傷は食物で満たされていれば、心の傷は今が満たされていれば、それは時が塞いでくれる。

 しかし、満たされる事のない”死者”の心は、決して塞がれることは無かった。

 閉じたように見せた傷も、おりを見ては血を流し、いつまでも苦悶を与え続ける。

 それは、さながら地獄の責め苦のようにであった。

 

 しばらく、その様にやっていると、サラトナが木の棒を持って走ってきた。

「ミリー!! 私もー!!」

 サラトナはミリーに向かって、よたよたと危なっかしく木の棒を構えた。

 

 その姿にミリーは苦笑いを浮かべる。

「遊んでるわけじゃないんだけど……。サラちゃん、危ないよ?」

 体の大きさは、ミリーとサラトナで、それほどの差は無い。

 しかし、ミリーの方が、流石に精神は成熟していた。

 

「しょーぶー! しょーぶー! やー!」

 

 木の棒を振り上げ、ミリーに襲い掛かるサラトナ。

 しかし、サラトナはまだ6歳、振り方を知らぬ彼女は木の棒に振り回されていた。


 カードパラメータには攻撃/防御力しか表されない。

 そこには現れない素早さにステータスを極振りした様なミリーは、すいすいとサラトナの攻撃を避けていく。

 いや、もしかすると、防御力2というのは素早さも加味されているのかもしれないが。

 

「えいや。」

 ミリーは、サラトナの隙だらけな攻撃をいなすと、木の棒ではなく、左手でサラトナの頭に手刀(チョップ)を落とした。

「は~い。私の勝ち。」

 

「え~……。もう一回!!」

 サラトナは一瞬、自らの負けを理解し、しょんぼりとする。

 しかし、すぐに立ち直り、もう一回と、木の棒を元気に構え、再挑戦をミリーに促した。


「だーめ。」

「えーーー! もう一回!」

 

 ミリーはあしらおうとするも、サラトナは口を尖らせ、不満さを身体いっぱいで主張する。

 

 傍から見れば、妹が姉に遊びをねだる様に見え、微笑ましく思える。

 しかし、ミリーは遊びでやっているわけではないのだ。

 困ったように、ミリーは再び苦笑いをこぼした。

 

「サラ」

 少し前から、離れた所で見ていたアヴィアが、サラトナに声を掛ける。

「あ!おばあちゃん!」

 

 少し悪戯っぽい顔をして、アヴィアが近づいてきた。

 ミリーはそれに嫌な予感を覚えたが、黙って見守った。

「サラ、もう少し、柄を短く、手を放して持ってみなさい。」

 そういって、アヴィアはサラトナの持っている棒を掴み、槍を持つように持たせてやった。

「ほら、これで振ってごらん。」


 いわれて、頭上より構えた棒を振り下ろすサラトナ。

 今度は、危なげなく、スッっと上手く行く。

 

「わ~!すごい!振りやすい!」

 そういって、サラトナはミリーに躍りかかっていった。

 


 慌てたのはミリーだ。

「ちょっ!? ……ちょっと御婆ちゃん! 危ないんだよ!? 煽らないでよ!」

 

 サラトナは先ほどまでとは別人の様に、木の棒を自在に操り、薙ぎ、払い、突く。

 

「え……!待って! 待って!」

 ミリーは慌てて避け続けた。

 しかし、サラトナはまるで、槍の使い方を生まれつき身に着けていたかのように、ミリーを追い詰めていく。

 

「かっかっか。血は争えないね。」

 アヴィアは満足げに笑っている。

「この子の父親は村一番の槍の使い手でね。森の中でも木々を縫うように槍を使えた。良く森に入って、村に魔獣や動物を取ってきてくれたものだよ。」

 

 魔獣と動物の違いは、体内に魔力を持っているかどうか、である。

 そして、その中でも魔力をうまく使える者を魔物といった。


 持っているだけでうまく使えない、意識的に使えない者を魔獣と呼称している。

 また、補足するが、アニムが土地より得ているマナと、ここで言われる魔力は全く別のエネルギーであり、多くの者は、そもそもマナの存在すら知らない。


 魔力は、空気中の酸素の様に存在しており、また体内に生成器を生まれつき持っているもの(魔獣、魔物、魔法使い等)や、人工的に生成器を作り出すことも可能であった。

 対して、マナは大きな存在より産れ、存在力や、現象などに影響を与える、より高次元なエネルギーである。


 魔獣は無意識で、魔力を発現させ、主に身体能力面では動物よりは高い。

 ただし、ウサギの魔獣と、動物の虎では虎の方が強く、危険である。

 さらに、意識的に魔力を自在に使える魔物との差は大きく、魔獣はせいぜいが少し厄介な動物、という程度の認識であった。

 故に、人間でもそれなりに腕の立つものならば、狩猟は可能であった。

 

 サラトナの父は村の自警団の長であり、狩人。

 村の周りを警備し、村に近づいてくる獣や、魔獣を得意の槍で仕留めては、村にとって希少な肉や皮などをもたらしていた。

 

 

 

 サラトナはミリーを真似、剣を持つような形で、長い棒を持っていたので、重さにつられ危うい動きになっていた。

 本来、サラトナに出来るのは、父の動きを真似た槍の動き。

 サラトナの鋭い攻撃に対し、ミリーは辛うじて避けられてはいる。

 

 しかし、先ほどの様に、手加減など出来る余裕は無く、かと言って、一瞬の隙を付いて、6歳のサラトナを打ち据えるわけにもいかない。

 たまらず、ミリーはサラトナの届かない上空へと飛び上がった。

 

 それを見てサラトナは不満げに口を尖らせた。

「あ!? ミリーずる~!!」

「もう!お婆ちゃん、笑ってないで止めてよ!」

 

 何が可笑しいのか、ニヤニヤと笑っているアヴィアに、ミリーが抗議した。

「かっかっか! そうだね。サラ、その辺りにして、お婆ちゃんと一緒に行こうか。」

 

 そういうと、アヴィアは、ぐずるサラトナを宥めた。

 そして、その手を引き、自らの家へと歩いて行った。



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