開拓村アンオール3

 夜。

 この世界の夜は、どこも得てして静かな物である。

 しかし、この日は特に風もなく、虫も鳴かない、うすぼんやりと夜霧の漂う夜であった。


 忍んで話をするには実に良い日。


 村に受け入れてもらった後、ミリーはラウラの家に厄介になっていた。

 今はこっそりと抜け出して、ベスティアと二人、森の中でその日の事を報告していた。

 

「どんな感じだった?」

 ベスティアはミリーから村の様子を聞いた。

 

「う~ん……結構しんどそうだよ。貧しいっていうか、食料持って行かなかったら、明日をも知れぬ……みたいな。折角、食べ物を作っても、戦争で皆、持ってっちゃうんだって……。うちとは大違いだよね。」

 

 ミリーは肩を落とし、悲しそうな顔をした。


「そうか……。国が出来て”50年”になるけど、うちの国で飯が食えなくて飢えた、なんて話、そうそう聞か無いからね……。」

 ベスティアも沈んだ声で応じた。


「村の人たちは皆、良い人だったよ……なんとか助けてあげたいんだけどね。」

 

 ベスティアは苦い顔をする。

「彼女たちはウチの国民じゃない。気持ちは解るがこれ以上、勝手な支援は出来ないぞ。」


 ベスティアとしても、赤の他人とは言え、人が苦しんでいるのは気分が良い物ではない。

 しかし飽く迄、アンオール村は隣国の領地であるのだ。


 国交もない相手国の意思を無視して、勝手に支援を行うことは本来、いち師団長の権限を大きく逸脱した行為であった。

 国際法すらないような世界で、こういった感覚が有ること自体は、不可思議であるが、それはアニムの感覚を一部共有しているのかもしれない。

 ミリーも国軍として活動している自覚はある。

 もしかしたら問題にならない可能性もあるが、ミリーもそういった感覚を共有しており、それに対して、とくに疑問に思う事はなかった。


「うん。そうだよね。……まあ、大体そんな感じ、2、3日居たら部隊に戻るよ? あんまり村の負担になりたくないし。……ふふふ、それとも妖精さんは、いつの間にか夢の様に消えた方がいいかな?」

 

 嫌な気持ちを吹き飛ばすように、くるりと回ると、ミリーはお道化て見せた。

 

 しかし、ベスティアは暫く何か考えているようにした後、俯いてミリーから目を逸らした。


「いや、ミリー。お前はしばらく村に居ろ。」

「え? なんで? 目的は大体達したんじゃないの?」

 

 ベスティアは、まだ少し悩むような仕草を見せた。

「いや……うん。実は今日、ミコ・サルウェが西方の国から侵略を受けたんだ。」



「えええー!? 何それ? それなら、早く戻らないと!!」

「部隊の奴らは、先行して戻らせた。あたしも夜駆して追い付く。」

「私も戦うよ。」


 ミリーも戦うつもりの様だが、顔が強張っている。

 暫く、ベスティアはミリーの顔を見ていたが、

「お前がいても戦力に為らん。危ないから避難してな」

 ミリーの言葉を突っぱねた。


「え~べスちゃん、ひどい。騎士は勝てない相手にだって背を向けないんだよ?」

 

 すこし、ほっとした様子でミリーはベスティアを非難する。

 

「はいはい……まあ、王都に行けば、あたし見たいなのが、そこそこ居るんだ。どうとでもでも、なるでしょ。あたし達だって予備みたいなものよ。」

「む~……。ふんだ。」


 ミリーは頬袋を膨らませたまま、村に向かって飛んで行った。

 

 ミリーが、戦力にならない事は本人が一番よく知っている。

 本来、びびりな彼女は、誰かと戦う事を好むような性格ではないのだ。


 ミリーとベスティアはお互いの事を良くわかっている。

 ミリーが来るなと言われて内心安堵している事も、ベスティアが心配していることも。

 途中、ミリーは振り返る。


「ベスちゃん気を付けてね。」

 ベスティアは、それに答えず、手をひらひらとふった。




※ベスティア、ミコ・サルウェ本国の部分に関しては、2章で語られており、

一旦は、ミリー側の物語を進めております。

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