開拓村アンオール2
アンオールの長老、アヴィアは元々、ベンデルより更に北方にある、サルファディアという国の出身であった。
サルファディアは寒い。
国土の北部は、草木も生えないツンドラ地帯となっており、人が住むには厳しい環境であった。
それでは南は、といえばベンデル王国との間にベリデルディア山脈があり、北から吹く、刺す様な寒風が山脈にぶつかり、年中吹き降ろしてくる。
その結果、国の南部も一年のおよそ半分以上を雪で覆われており、わざわざ、攻めて来ようという外敵はおらず、そして、身体も強靭に育っていった。
しかし、代わりに、国民の多くは日々の生活に大変な苦労をしている。
その様な土地に生まれたアヴィア。
彼女が12の時に転機が訪れた。
サルファディアとベンデル王国との間に国交が産れ、年に一度、定期的に連絡隊が組まれる様になったのだ。
この連絡隊は留学生を含めて100人規模で移動するために、一人か二人増えた所で分かりはしない。
今は流石に落ち着いたアヴィアであるが、当時の彼女は同年代と比べて、利発で活動的であった。
彼女は、下級貴族の小間使いの振りをして、連絡隊に紛れ込み、ベルデルディア山脈を越えた。
勿論、山を越えてベンデルに入ったとしても、所詮は12の娘、出来る事など、たかが知れているという物。
それでも、サルファディアよりはマシ、サルファルディアであったなら既に死んでいる、その様な言葉を心の支柱としながら、彼女の青春はただ、必死に生き延びる事に費やされる事となった。
ときには、褒められない事もした。
そのせいで、その地に居られなくなり、流れ、流れて。
それでも、もともと賢い娘が、それなりに強く生きれば、生き方も覚え、汚いことなどせずとも済むようになる。
アンオールに来た頃は48。
そして、それからやっと腰を落ち着け15年。
彼女は今年、63となる。
平均寿命の短いこの世界、60も過ぎれば相当な長寿と言えた。
まだ、体もかくしゃくとしているが、アヴィアも村の長老と呼ばれる様になって久しかった。
そんなラヴィアだが、現在、難しそうな顔をして、ミリーをじっくり見つめている。
滅びかけている村とは言え、おかしな者を放置して、村の寿命を悪戯に縮めるわけにはいかなかった。
アヴィアもベンデル国内の、かなりの範囲を巡ってきた。
時に、エルフや人魚といった者たちとの出会いもある。
目の前にいる以上、信じないという訳にもいかない。
しかし、流石に妖精というものは見たことが無く、アヴィアにとっても、空想上の生物という認識に変わりはなかった。
また、ミリーの言う、ミコ・サルウェという国についても、間に、魔の森と呼ばれる危険な未開地がある以上、知る由もない。
先ほどまで、30人弱の村人が村長宅、その広いだけの会合部屋に集まっていた。
今は、ミファナが、妖精は大人があまり得意でないようだ、と告げたため、長老であるラヴィア、村長である息子の妻、ミファナ、ラウラ、そしてミリーの5人のみである。
「私もそれなりに長く生きてきたけどね……。初めての事ばかりだね。お前さんの様な妖精を見るのも初めてなら、ミコ・サルウェと言ったかね?」
ラヴィアは訝し気な視線をミリーへと向けながら問いかけた。
「はい、私はミコ・サルウェ、アルテラの港町で生まれた、ミリアリア・アルテラです。ミリーって呼んでね!」
まだ緊張は少し残っているが、しっかりと答えるミリー。
まともに取り合ってくれるかは、5分5分以下だとミリーは考えていた。
しかし、別にこちらに害意はないのだ。
不審に思われないよう、ミリーなりの精一杯を示すだけだと、彼女は気合を入れていた。
「やっぱり、聞いたことがないね……。それに、氏があるという事は、お前様は貴族か何かかね?」
アヴィアは、顔の皴をさらに深くしながら問いかけた。
自国の貴族ですら厄介なのだ、それが他国のとなれば如何程か。
正直、開拓村の長老では手に余るという物だ。
「違うよ。ミコ・サルウェだと、生まれた場所の名前を苗字にするの。場所と違う人もたまにいるけど、王様以外は皆、苗字を持ってるよ。」
ミリーの言葉、そのままを鵜呑みにすることは出来ない。
ただ、貴族でないと、ミリーが言うのであれば、どちらにせよ、その様には振る舞う事はあるまい、とアヴィアの顔から、少し険が取れた。
しかし、疑問は尽きない。
「王様にはないのか?」
人を支配すれば、反発は当然の事。
支配するには、必ず、その正当性が必要となる。
解りやすく言えば「なんでお前の言う事を聞かねばならんのだ?」その理由がいるという事だ。
その正当性は、国の興りによって千差万別。
その中でも、良くある一例として、王権神授説という物がある。
国を統治せよ。そう、神から啓示を受けた。
故に我ら王家が、この国を統治する。という形。
ベンデルを含め、この世界でも王制の国では、比較的この形を取っている国が多かった。
そして、王制というのは、「血による統治」である。
「血による統治」とは家であり、それを表す「氏姓」がある。
つまり、ベンデルを含め、この世界の王、あるいは貴族、有力者は皆、氏を持つのだ。
ただ、戸籍もまともに無ければ、人を支配する事もない被支配者階級の人間は氏を持たないのが普通である。
ミコ・サルウェでは国民に氏があり、王にはないという。
普通とまるで、逆である事に、アヴィアは疑問を感じたのだ。
「うん、アニム様に苗字は無いよ。」
「むん……ふむ……そうかい。話をかえるが、ミコ・サルウェでは、人と魔物が共に暮らしていると聞いたが……?」
訝しい。訝しいが、この幼い見た目の妖精に、そこまで突っ込んだ所を問い質した所で、何か得られる事は無さそうだと、アヴィアは次の質問をした。
「うん、いろんな種族の人がいるよ。」
「それは、普通にかい? 魔物に比べて人間は弱い。魔物に使役されて、何か労役等、させられているのかね。」
それを聞き、ミリーは不快感に眉を顰める。
「何それ、弱い者いじめじゃん……。それに弱い人もいれば、強い人もいるよ。私に剣を教えてくれた人も人間だし。」
事実過去、吸血鬼などは、そうした労働者兼、食料の為の人間牧場を作った、というケースは存在していた。
ただ、ミコ・サルウェの場合、力仕事は力がある奴がやれよ。
荷運びなら飛べる奴、頭脳労働なら頭のいい奴。
その方が効率良いだろと。
この考え方、ミコ・サルウェは国が黎明期であり、貧富の差が少ないから成り立っている面は確かにある。
しかし、現状、他の国とは、相当に考え方が違う、という事は事実であった。
なお、人間は小器用になんでもこなすので、割とどこにでも仕事があった。
また、特に、と言うほどでもないが、料理屋等、サービス業中心に、人間の店の方が繁盛している比率は高かった。
「にわかに信じられない事じゃな。わしらは森の向こうは魔境が広がっており、あの森はその緩衝地帯であると伝わっているんだがね。」
以前にも記したが、開拓村というのは、人類の生活圏を広げる意味もあり、アンオールも含めて、あえて危険地帯や未開地域の近くに作られている場合がある。
「魔境って何?」
「わし等には及びもつかない、魔物達が跋扈している。わしなどでは入った途端、死んでしまうこの世の地獄さね。」
徐々にミリーの機嫌が悪くなっていく。
「そんな所だったら、お婆ちゃんより先に私が死んでるよ。」
祖国をこの世の地獄と言われては、流石に能天気な彼女でも許せる事では無かった。
「……なるほどのう。いや、ミリーよ。すまん事をいった。」
アヴィアも察したのだろう。
これまでの会話でも、ミリーが無害である事は理解できている。
悪戯に関係を悪くする必要はないと考えた。
「いいよ! おばあちゃん。許してあげる。」
ミリーは偉そうに腕を組んで、アヴィアを許した。
「それで、ミリーはどうして、この村に来たんだい?」
「私は今、探検してたの。国の周りがどうなってるのかなーって。それで、この村を見つけたの。他の国の村ってどんな感じかな~? って気になったから、暫く置いてほしいの。」
「ふむ・・・。」
ラヴィアはまた、難しそうな顔に戻ってしまう。
妖精らしい無邪気な理由であり、平時であれば許可を出していただろう。
ただし、時期が悪かった。
「まあ、害意も無さそうだし、普段なら歓迎したんだが……。今は村が食糧難でねえ……。済まんが逗留を受け入れてやる訳にもいかんのだよ。先ほども、村の衆を集めて、今後について話し合ってたわけだしねえ……。」
アヴィアは申し訳なさそうに、ミリーに告げた。
しかし、ミリーはあっけらかんとしている。
「うん? 食べ物はいっぱい持ってきたよー?」
「何?」
「あ!バアバ、そうなの。おっきな……猫(?)達が持ってきたの。いけない! そうだ、畑において来たままだった。」
ラウラは立ち上がり、そのまま、畑の方へ走って行ってしまう。
「どういう事だい?」
アヴィアはミリーを見る。
「ラウラに大変って聞いたから、持ってきたの。」
情報が全く足りない。
アヴィアは暫く考えた後、諦める様に、首を振り、しゃんと立ち上がった。
「はあ……自分で見た方が速そうだね……。私らも行くかい……。」
結局、皆でラウラ達の家に出ていくことになった。
ラウラが家に向かうと、誰かが見つけたのだろう。
家の近くに、人だかりが出来ていた。
そこへ、ラウラが走ってくる。
「あ、ラウラー!! これ、どうしたの!?」
村に住む女の一人が声をかけた。
山ほどの食料。
穀物に始まり、果物や、魚の乾物、キノコ類など、保存の効く物を中心に、複数の大袋に山ほど詰められていた。
「ミリー! ……妖精がくれたの!!」
「「「え?」」」
どよめきが広がる。
「でも、あの子、あんなに小さいでしょ? どうやって持ってくるの。」
「ミリーの友達が運んでくれたのよ。友達は凄くおっきかったから。」
「え?その人は?その人も妖精じゃないの?」
「人じゃなくて、大きい猫みたいなの。荷物を置いたら、走っていっちゃったわ。」
この食料は、本来、ベスティア分隊20名ほどの兵量である。
常識に沿って言えば、兵士がすべての兵量を、隣国の村に与えるなどという事はあり得なかった。
しかし、群緑師団は野生の民である。
兵量とは持たされたから、持っているだけの荷物であり、採取の得意なエルフや、狩りの得意な「獣」等、「十年、森に潜んでいろ」と命令が出れば、何の労も感じる事なく、遂行するような連中であった。
また、中継地点として得たラピリス湖も、豊富に食料採取出来る事が、既に確認されていた。
「土産と駄賃代わりに持っていきな。」とベスティアの一声で、全て渡すことになったのである。
「これは……まさか、本当にすごい量だね……。」
ラヴィア達が追い付いてきた。
身長(というよりも、体長)3メートルを超えるようなユニットも群緑師団にはいる。
そんな奴らが、
「これで足りるかは、判んないけど、少しはもつと思うんだけど、どうかな?」
ミリーは再度、ラヴィアに確認を取った。
ラヴィアは食料を一瞥した後、村人達を見る。
そして、ミリーに視線を移し、眉根を寄せてしばしの間、考えた。
「ふむ……。まあ……。恩を仇で返す訳にはいかないわな……。何にも無い村じゃが、暫く逗留するというのならば、歓迎しよう。」
「ありがとう、おばあちゃん!!」
両手を上げて喜ぶミリー。
「わ~い!!」
それに、便乗する様にサラトナも万歳した。
「妖精の国って、ここからどのくらい距離があるの?」
「食べ物ありがとうね! でも、こんなに食料どうしたの?」
「この、粒粒したの何?小麦じゃないよね?」
先ほど会ったサラトナや、その他の村人たちも妖精に興味があるのか、もみくちゃにされるミリー。
こうして、ミリーはアンオール村で生活する事になった。
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