アンオールの少女3

 何故だろうか、現在、ミリーはラウラの代わりに農作業をしていた。


 そして、ラウラはミリーから貰った果物を食べている。



「ミリー。もっと力入れないと……。土が返ってないよ。」


「ふえ~……無理~!」


 始めて、5分もたっていないが、ヘロヘロになっている貧弱なミリー。

 ラウラは休憩がてら、やってみたいというミリーに鍬を渡していたのだ。


 ただし、ラウラとしては、もとより、それほど期待はしていなかった。

 投げ出すミリーに怒るでもなく、仕方がないとお喋りをすることにした。





「ねえ、ミリー。ミリーは何処から来たの?」


「私はねー。ミコ・サルウェから来たんだよ。」


「ミコ・サルウェ?」


「うん、あっちの森の向こうにあるの。」


 何故か胸を張り、南を指さすミリー。




「へえ~。やっぱり、妖精の国って森の中にあるんだ。」


 この世界の物語では、妖精は深い森に住んでいるとされていた。



「中っていうか……向こう? 別に妖精だけでじゃないよ?ドラゴンさんとか~、吸血鬼さんとか~、人間さんもいるし。色々住んでるよ。」



「え゛……。何それ?」


 ラウラの目が驚愕に見開かれた。


 ベンデル王国は人間の国である。

 都市部では時折、エルフ等の種族も見ることができた。

 ただし、それはほんの一部の話。

 全人口の9割5分以上が人間で占められている国であった。


 村から出たことのないラウラからすれば、エルフどころか、吸血鬼や、ドラゴンなどは物語の住人である。

 それが人間と共存している等、想像だにできなかった。

 「何って……。」


 その後、暫く二人は、ラウラがミリーに質問する形でお喋りを続ける。


「あ゛」

「うん?」


 ミリーは情報収集に来た事を、今さらながら思い出した。


 

(……まずい。べスちゃんに怒られる……。)


「ね、ねえ!ラウラは何で、一人で畑の面倒を見てるの?」

 ミリーは少々、急な話題転換でミコ・サルウェから話を逸らした。

 

「え?・・・あ、そんなことないわ。流石に、いつもはお母さんも一緒よ。今、村には女の人しかいないけど。今日は村の集まりで、大人は皆、バアバの家にいるの。」


「女の人しかいないの?」


「うん。戦争するからって、食べ物と一緒に、男の人も皆、連れていかれちゃったの。」


「……え?それ、大変じゃないの?」

 

 例外も多分にあるが、男性に比べ女性の方が力が弱いというのは、だいたい、どの種族にもあてはまる事であった。

 特に元々、力の強くない人間集落で、男手が居ないと言うのは、相当に不便な様にミリーには思えた。


「多分、このままだと、私達、餓死しちゃうから。・・・今日の集まりは、その事で、これから如何するか決めてるんだと思う。」


「え~・・・。」


 ミコ・サルウェは基本的には温暖な気候で、豊かな土地である。

 東と南は海洋資源に恵まれ、西方はイロンナの果樹園だけでなく、ベスティアが執政官を務めるアエテルヌムのステップ、そこは、開墾が進み巨大な食料ファームになっていた。

 

 その様な国で生まれミリーにとっても、もちろん餓死という言葉は知っている。

 ただ、言葉を知っているというだけで、どうしたらそうなるのか、何故そうなるのか。

 理解不能な事象であった。

 しかし、理解不能が故、逆にとんでもない事の様に、それこそ、まるで天変地異でも、起きているかのような気にミリーはなった。

 

(餓死って、ご飯が食べられなくて死んじゃうんだよね?それってとっても辛いよね!! え~~!! 大変だ~!! ラウラが死んじゃう!!)

 

 勝手にミリーの頭の中で妄想が盛り上がっていく。

 ラウラとはたった今、出会ったばかりの初対面。

 しかし、ミリーは見捨てるという事が、どうしても出来なかった。

 

 居ても立っても居られなくなったミリーは、突然、腰のカバンから、丸い果実を幾つか取り出すと、ラウラに押し付ける。

 そうして、今度は、背中の翅を激しくばたつかせ、高く飛び上がると森の方に飛んで行ってしまった。

 

「ひゃあっ!? ミ、ミリー!?」

「ちょっと待ってて!! ラウラは私が助けてあげる!!」 

「え? ・・・え~・・・」

 

 ラウラは急なことに、頭が追い付かず、ミリーの後姿を、ただ茫然と見送っていた。


 

 

 30分ほど、時が経過した頃、ラウラは先ほど貰った果物の味を思い出し、夢見心地で畑の世話をしていた。

 

 始めて食べた果実であったが、シャキシャキとして、腹にたまり、何より美味であった。

 果実は小さめのリンゴなのだが、一つでラウラには十分であり、ミリーの押し付けた、他のリンゴは、母のためにとってあった。


 ラウラは、長老に以前聞いた御伽話を思い出していた。

 その話では、魔法使いの少女が、心の綺麗な人間にしか見えないという、悪戯好きな妖精に助けてもらい、迷いの森を抜けて、悪い魔法使いを倒すという話であった。

 

 この世界にも魔法は存在する。

 魔力という、不思議な力を使って起こす事象を魔法、それを使いこなす術を魔術といった。

 魔力を持つものは、人間であれば20人に一人ほどで、多くは無いが、余程珍しい、というわけではなかった。

 ただし、この国では、術は貴族が独占しているため、魔力を持っていても、本人は気づいていないという事が多くある。


 恐らく、この村も30人ほどの人間がいるので、1人、2人、素養のあるものがいるはずだが、魔法使いと呼べるものは誰もいなかった。

 

(・・・心の綺麗な人間にしか見えないってことは・・・私は心が綺麗なのかしら? ふふふ。)

 

「ラウラ~!!」

 

 勝手に、ミリーを夢幻の事にしていたラウラであった。

 ただ、再びラウラを呼ぶ声で現実に戻ってくる。

 声のする方へラウラは振り替えった。


「---、---、---!?」


 ラウラは声にならない悲鳴をあげた。

 巨大な魔物が6体、こちらに向かって走ってきていた。

 魔物は背中に大きな荷物を、背負っているように見える。

 ただし、ラウラには、それを確認する心の余裕はなかった。

 

 ラウラは、物語の妖精が、悪戯好きであった事を思い出す。

 

(だめよ!! ミリー・・・!! 私は魔法使いじゃないのよ!? 魔物なんて倒せないわ!?)

 

 足が思うように動かず、後ずさろうとして、尻餅をついてしまう。

(どうしよう!? どうしよう!? このままだと私だけじゃなく、村のみんなも・・・)

 そう思うが、魔物達はどんどんラウラの方へ近づいてくる。

 魔物の足は速い。

 そして、遂に、魔物たちはラウラの目前で立ち止まった。

 

「ラウラ~! お待たせ~。」


 ミリーは能天気な声を挙げながら、赤い魔物から飛び降りてきた。

 

「ミリー! 私には無理よ!? お願いだから悪戯はやめて!!」

 

 ラウラは必死な様子で、泣きながらミリーに懇願する。

「へ? ・・・?」

 

 必死な様子のラウラを見て、ミリーは不思議そうにポケ~っとしている。

「ラウラ?どうしたの?」


 数秒、時間が流れた。

 

------フシューーン・・・。

 

 ミリーの後ろにいる魔物が、ため息の様なものをついた気がした。

 

「・・・ミリー? 大丈夫なの?」

 

「え?・・・ああ! うん!!」

 漸く、ミリーは、ラウラが何故おびえているのかに気付いた。

 

「大丈夫だよ。カミュウさん達は、私のお友達だから」

「お友達!?」

 

 信じられないような物を見る目で、ラウラはカミュウ達、を見る。

 今も、そこには血の様な色をした、大型の猛獣がいた。

 

「うん。ほら、お手!」

 

「----!?!?!?!?」

 

 カミュウの目が、大きく見開かれる。

 

 それでも、村の少女を怖がらせない様に、律義なカミュウはミリーに付き合い、お手をした。

 カミュウとミリーは、この遠征以前よりの知り合いである。

 しかし、当然、こんなことをする仲ではない。

 

 もともと、赤い姿なのでわかりずらいが、今、彼の顔は真っ赤であり、怒りと羞恥にプルプルと震えている。

 

 カミュウ以外の5匹は、一匹、肩が震えている物がいるが、皆、地面を見つめカミュウを見ない様に、そして、他にも、お座りや、一回転だの、ペット扱いされる同僚を笑わないように必死であった。

 

「ちんちん」

 

 そして、いい加減、その言葉を聞くと、6匹の肩が大きく震え、素早く背中の荷物を置くと、また、森の方へ走り去ってしまった。

 

「嬢ちゃん、覚えてろよ・・・。」

 

 何やらカミュウの呟いた声は、走り去る音にかき消され、ミリーやラウラの耳に入ることは無かった。


 「あれ~? 皆どうしたんだろ~?」


 そもそも、人語が話せるのだから、自分で少女を宥めれば良かったと、カミュウが気付くのは、この30秒後の事であった。

 


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