アンオールの少女2

 アニムはソール・オムナス宮の中を歩いていた。

 王になって以来、気分転換として、自由に外に出掛ける事も、なかなか出来ずにいた。

 

 別段、外に出るなと、言われているわけではない。

 ただ、そういった素振りを見せると、法務官や近習たちの動きが慌ただしくなり、警備のためだろう、兵士たちがバタバタと街の中を走り回る姿が、クニシラセ上で確認出来た。


 故に、日本産れ、日本育ちとしては空気を読んでしまう……というだけなのであるのだが……。

 結局、最近のアニムの趣味といえば、こうして城の中を散歩を兼ねての散策。

 それとも、誰が書いたか不明であるが、大書庫に山の様に納められている書籍達を読むくらいしか無いのである。

 

 警邏を行う兵士が、アニムが通り過ぎるまで静かに道を開け、頭を下げたままでいる。

 これも、アニムが王になって暫く立つが、慣れない事の一つとなっていた。

 

(早く通り過ぎないと、悪いような気がしてしまうんだよな……。)


 アニムは、不審に思われない程度に、そこを足早に抜けていった。


 


「……ふう……。」

 誰にも見られない場所まで行くと、少し眉を寄せ、ため息をつくアニム。

 これでも良くなった方である。


 最初は、兵士や法務官達は皆、床に平伏していたのだ。

 

 アニムは呆れた。

 自分が歩くたびに、一々平伏していたら面倒であるし、アニム自身も嬉しくない。

 誰も得しないのだから、そんな事は辞めてしまえ、とアニムは言ったのだ。

 

 それでも、「いつ、陛下がお出ましになっても、気付ける様にしておくことが、敵の諜者に気付く力を養うのです」とか何とか、「ならば、今、どこにジルコニアがいるのか、当てて見せよ。」と・・・。

 そんな事を半月以上も繰り返したのだ。

 

 結局、流石に素通りは兵士たちが困る、という事で起礼のみで良いという所に、落ち着いたのである。


 角を曲がり、兵士が見えなくなった辺り、ふと、アニムの後ろから黒く、半透明な何かが走り抜けていった。


(……?)


 ゴースト系ユニットか、と思い、無視しても良かった。

 ただ、その黒い影が何故か気になり、アニムはそれを追ってみることにした。

 そもそもの話、王を抜いて走り去るなどという無礼、ミコ・サルウェの国民ならば、するはずはないのだが、アニムはそれに気づかなかった。

 

 黒いそれは、アニムの移動に合わせる様に、角を曲がり、階段を下る。

 まるで、アニムを何処かに案内するかの様であった。

 

 一見して不気味にも思える事。

 しかし、不思議とアニムは恐怖を感じなかった。

 

 

 アニムは城の中庭についた辺りで”それ”を見失った。

 

 城の中庭は、花妖精たちが、こまめに世話をしてくれているのだろう。

 色とりどりの花が咲き乱れていた。

 国外を含めても、これほど美しい作庭は見つからない。

 世界中のどこと比べても、ひと際に立派であろうと思われた。


 ミコ・サルウェには、植物の魔術に精通したユニットがたくさんおり、この花々や、国内の果樹園などは常に花開き、実をならしている。

 アニムとしては植物に詳しいわけではない。

 しかし、それは魔法によって、動物で言えば、年中強制発情状態になっている様なものでは?それは大丈夫なのか?と、そんなことを思ったりもしたが、害のあるものでないのならば・・・、と放置していた。

 

 

 この庭園に関して。

 アニムとしては、西洋的な、花の色で幾何学模様を描いていくような庭よりも、枯山水や、石庭の様な日本式の庭の方が馴染みがあり、好みには合致する。

 しかし、周りの城が西洋式建築であるし、日本式庭園を花妖精たちに伝える事も難しかった。

 

 いずれ、海洋エリアに厳島神社の様な出で立ちの別邸を作ることを、アニムは密かに企んでいた。

 ただし、実現するのは何時になるか、そもそもするかどうかも不明であった。

 

 庭の中央を進んでいくと、設置呪文:輪廻の揺り籠が存在していた。

 輪廻の揺り籠は、EOEの世界では遺跡より発掘され、幼神が宿る不思議なアーティファクトとして描かれている。

 見た目は円環を黒い光と白い光がくるくると、一定周期で回っており、揺り籠という風情ではなかった。

 しかし、独特な美しさを持っており、ミコ・サルウェ王城のシンボル的な物として皆に認識されていた。

 

 その円環の足元、アニムを待っていた様に、それはいた。

 黒いドレスに身を包み、右手には何やら紫黒色の本を持っている少女だ。

 クニシラセに表示はない。

 ミコ・サルウェ、ひいてはソール・オムナス宮で、アニムの見覚えのない少女。

 全てを召喚し、全てを見てきたアニムにとって、本来あってはならない存在であった。

 

 アニムは、少女に近づいて行った。

 そして、訝しげな表情を浮かべる。

 

 先ほどまでと違い、半透明ではなく、はっきりした姿をしていた。

 

 アニムと少女の目があった。

 

 

 少女がこちらに走ってきた。

 

 「君は誰なんだ?・・・うお!?」

 

 アニムが声を掛けるが、少女はそのままの勢いで、アニムに抱き着いた。

 とっさの事に、アニムは踏鞴を踏む。

 

 (お帰りなさい。『混沌の種父』)

 

 「ん!?」

 

 頭の中で声が聞こえた。

 そして、少女は微笑み、そのまま消えてしまった。


 アニムは辺りを見渡すが、変わらず、美しい庭園が広がるのみで、再び視界の中に少女をとらえる事はなかった。

 

「今のは・・・?」


「くう~ん?」

 アニムの異変を感じ取ったのか。

 足元の影から、ジルコニアが頭を出して、アニムの顔を覗き込んでくる。

「あ、あ~……。」

 

 アニムとジルコニアは視線を共有しているわけではない。

 守護狼などと言っても、影の中に居るだけで、呼びかけても平気で寝ていたりする、気ままな狼だ。

 

 どのように伝えたらよいのか、一瞬アニムは考えた。

 しかし、ジルコニアの頭を撫でると「なんでもないよ」そういって、その場を離れ、城の中に戻っていった。

 


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