アンオールの少女1

 大陸の東部、ミコ・サルウェの北に位置する国、ベンデル王国。

 もともとは、北部の険しい山脈を背に、細々と生活していた貧しい小国であった。

 

 しかし、先々代の王の治世時、国内で銅等を中心とした金属鉱脈が発見されると、様々な事情が一変することになった。

 

 銅は鉄等と違い、加工がやすく、錫と合わせる事で青銅となり、武器や農具の材料となる。

 今まで、余所より交易しなくては手に入らなかった物が、潤沢に手に入る様になり、ここからベンデル王国の軍事国家への傾倒が始まった。

 

 ベンデル王国を含め、この辺りに魔法学の進んだ国という物は存在せず、強力な武器を自前で用意出来る事の強みを生かし、彼等は周りにあった小国を次々と呑み込んでいった。

 そして、南へ、南へと領地を拡大していき、魔の森と呼ばれる地まで、己が国土とすると、今度は西へと進軍を開始した。

 

 ただし、ベンデル王国の快進は、思ったよりも早く終わりを迎える事となる。

 ベンデル王国は、ここまで軍事力一辺倒、悪く言えば物理特化の脳みそ筋肉で来てしまい、獲得した地域の地盤を固める、という事を怠ってしまっていた。


 その余りに、前のめりな政策は、科学技術、文化、魔法学では他国に大きく遅れをとるという結果を生み出していた。

 

 

 ベンデル王国の西にあるオリエテム共和国は、ベンデルとは逆に、戦術資源に乏しい代わりに魔法学に秀でていた。

 この二国は数年に一度、数十年に一度と間隔は”まちまち”であるが、幾度も鉾を交える事となる。

 そして今も、決着を見ずに本日を迎えていた。

 

 

 ベンデル王国、アッボール領は王国の南の果て、魔獣が跳梁する魔の森と呼ばれた地域と隣接した位置にある。

 そして、その魔の森から僅か百メートルほどの位置に、アンオールという村があった。

 

 現在、危険で意思疎通の不可能な魔獣は、ミコ・サルウェの群緑師団により粗方駆逐されてしまっていた。

 だが、無論、村が出来たのはそれ以前の事だ。

  

 正気であれば、そのような場所に村を立てるような事はありえない。

 だが、アンオールの様な村は領内には多数存在していた。


 これは、ある種の棄民である。

 アッボール領の領主は、拡張主義を掲げるベンデル王国の典型的な貴族であった。

 

 強力な魔物というのは、どういう訳か、森の奥深くを縄張りとしており、そこから動くことはほとんど無い。

 それを利用し、領内の発展は脇に置き、国すら諦めた魔の森を少しずつ削るべく、村人を近隣に住ませ、森を切り開かせるのだ。


 どうせ、碌に統治する気もない。

 別に、それで村人が死んだとして問題は無いのだ。

 非道にも思えるが、王国貴族の考えとしては、彼が特別逸脱した非道漢ということは無かった。

 

 当然、村に対する支援などありはしない。

 逆にそれが良かったのか、かわりに面倒な横やりもなく、アンオールは開拓村としては上手く行っている方であった。


 


 もっとも今となっては、遅かれ早かれ終焉を待つだけになってしまった。




 ベンデル王国が、また東の地にあるオリエテム共和国と戦争を始めたのだ。


 アンオールの男手は皆、兵士としてつれて行かれてしまった。


 今、畑を耕す、10歳ほどの少女:ラウラ。

 彼女の父も、良く面倒を見てくれた村の兄貴分達も、根こそぎ連れていかれてしまった。




 この世界には宣戦布告などという文化はない。


 ゆえに、ベンデル王国は、オリエテムを急襲し、短期決戦で一気に攻め滅ぼす気でいる様であった。



 その後、戦いがどうなったのか、村の人間も数か月に一度来る行商人をつてに、大枠知ることが出来た。


 ただし、ラウラの父等、個人の安否把握などといった細かい事情までの情報は、絶望的と言えた。




 ラウラも、村の住民達も勿論悲しくはある。


 しかし、王国の身分制度は厳しい物であった。


 ベンデル王国は、国王を頂点として、貴族がおり、民がいた。




 貴族と民の間には、大きな壁があり、国民というものは、人の形をした家畜と変わらない。

 不満を訴える事も、徴兵を拒否することも出来はしないのだ。




 現在、大人たちは長老の家に集まり、今後、どうするのか、このまま留まるか、村を捨てるのか、話し合いが設けられていた。



 しかし、ラウラは、この村で生まれ、この村の事しか知らない。

 村を捨てること等考えられず、また幼いという事もあり、会合には参加しなくても良いとされていた。


 ラウラは今、少しでも遅れた作付けを進めてしまおうと、時折、空腹に腹を鳴らしながら、小さな体で何とか畑を耕していた。

 

「……」


 しかし、そんなラウラの視線の先に、何やら不審なものが存在していた。




 彼女の目の前にある木、その右側から何者かの尻が生えている。


 そして、その反対側から時折、頭が見え隠れし、こちらを、ちらりちらりと覗き見をするのだ。



 その頭は、ラウラと目が合うと、ひょこっと、また木の向こうに引っ込んだ。




 先ほどから、こんなやり取りを、もう3度ほど繰り返していた。


 少女の様に見えるが、この村では見たことがない子。


 それに、少女のサイズ感に対して、お尻の高さが随分とおかしい。




「あなたは誰?」



 声をかけると、お尻がビクリと震え、返答はない。



「……?」

 ラウラは首を傾げた。


------ぐうー……。


「あっ……。」


 また、ラウラのお腹が鳴った。



 食事は1日に一度、朝に食べてお終いだ。


 村で貯蓄していた食料は、国に徴収され、ほとんど残されていなかった。


 男手がなくなり、遅れた作付けで、どれほどの実りが得られるかは分からない。

 しかし、残された女たちでは森で獣を狩ることも難しかった。


 彼女達は一部残された、僅かばかりの穀物と、森で木の実や、食べられそうな草などを採って、何とか次の収穫期まで、数か月を凌がねばならなかった。




 ぐう……。


 また腹が鳴る。


 ラウラは苛立ち、己の腹を睨みつけた。




「お腹減ってるの?」


「え?」




 ラウラは空腹のせいで、頭からすっぽりと抜け落ちていた村の異変(?)に目を戻した。




 そこには、村でも良く見るほこりに煤けた金髪ではなく、光り輝く美しい金髪、そして半透明な翅で、浮遊する様に飛ぶ少女の姿があった。



 少女は可愛らしく小首をかしげ、

「え……えへへへ。私、ミリーだよ?」

 と言った。


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