群緑師団5

 ミコ・サルウェ北部の森を、もう抜けようかという位置に、ベスティア隊は潜んでいた。

 森を抜けた、目と鼻の先には、少々寂れた風が漂っている村があった。


 木製の住居が不規則に立ち並び、村の一番北側は、ほんのりと高くなっていた。

 恐らく村長の住まいなのだろうか、他と比べてかなり大きく、丈夫な作りをしている様に見えた。

 

 場所が場所なだけに、木だけは幾らでもある。

 そして同時に、魔獣の災などもありそうであった。

 有事の際には、この村長宅に立てこもる、という事も想定されているのかもしれない。

  


 アニムからは、ベスティアに「可能であれば、無理のない範囲で村の様子や、文化などを調査してほしい。

 ただし、部隊員の身体に危険の及ばない限り、敵性行動は控えてほしい」と要請の形で指示がなされていた。

 

「団長、目のいい奴らで遠目から確認させましたが、人間だけの村の様です。・・・ただ、なんか変ですね。 確認出来た範囲では人間はすべて女だけ・・・こんな事、あると思います?」


 ひょろっとした様に見える、若草髪の猫人族の男が告げた。

 「なに? それは……確かに妙ね・・・。」

 ベスティアは不審そうに眉を上げて、村をチラリと見つめた。

「別にあたしは人間に詳しいわけじゃないけど。普通、人間の群れは複数の男女が集まって生活してるはず・・・。独身者、それも女だけ? そんな村聞いたこと無いわ。」

 

 

「ええ、そうですね。我々、獣人種であれば、強い種を残すために、雄一人に対して、雌複数、残りは全て殺されるなんて事も珍しくないですが・・・。」

 獣人種は、その風習も元となる獣に近しい事があった。

 獅子などの肉食獣は、特にその傾向が強い。

 

「当然、ミコ・サルウェでは禁止されてるけどな。」

 

 ベスティアは「ふん」と鼻を鳴らして言葉を添えた。

 

 こういった習俗への口出しは、種族の文化風習に関わることであり、アニムとしては相当に頭を悩ませた。


 しかし、流石に国民同士が、どんどん殺しあう状況を甘受出来るはずもなく、また、恐らくだが人口増加が科学技術ツリーの発展トリガーであると考えられた。

 なおすでに、アニムは人口増加に伴って、「道」や「通貨」などを解放していた。

 

 そういった事も後押し、「今後は群れの単位では無く、国家の一員として文化を形成していってほしい。強者は弱者を助け、全ての国民が、文化的に生きていけるのが文明国の目指すところである。」との声明を発する事となった。


 「ここからでは、これ以上の事は限界でしょう。いっそのこと、猫のふりした、カミュウ達でも送りますか?」

 猫人は悪戯な顔をして、ブラッドジャガーたちの方へ顎をしゃくった。

「なんででさー・・・。」

 カミュウは不満そうだ。

「くくく。馬鹿をいうんじゃないよ。女しかいないんだろ?獣人どころか、こんなにデカい、如何にも魔物風情を人間の村に送ったら、敵性どころか神に祈るレベルの災害よ。」


「誰が災害でさー・・・。」

 団員の中に悪意のない笑いが起きた。

「もう、いいっす。ここにいても役に立たないでしょうからね。」

 図体に似合わず、純真で傷つきやすい魔物、カミュウは、不機嫌そうに呟くと、森の奥の方に歩いていってしまった。


 

「くくく、どうするんだい?カミュウが拗ねてしまったじゃないか。くくくくく……まあ、しょうがないね?じゃあ、丁度いいや。ミリー!あんたの出番よ。あんたなら怖がられる事もないでしょ。」

 

 ベスティアは、木陰の下で、気の抜けたあくびをしている友人に声をかけた。

 

「ふえ?・・・え?私が行くの!?」

「アンタが一番無害そうだし。そもそも、アンタ。なんのために付いてきたの? 騎士っていうのが、何なのか・・・何度聞いても良く解んないんだけど、手柄も上げなきゃ、出世もクソもないでしょ? 仕事しな!」


 獣人社会に騎士は存在しない。

 そして、英傑騎士アーシャの様に、もともとミコ・サルウェに騎士として生まれた者以外は、ミコ・サルウェに騎士は存在しなかった。


 もっとも、騎士も貴族、王、神すら名乗るものが、ミコ・サルウェには存在しているわけで……。

 正直、そう言った”ある種の称号”を気にしている者と言うのは、ミリー以外には珍しいかもしれない。


 何せ、どんな称号や生まれを持とうが、その全ては一般市民なのだから。

 古今東西、こんな愉快な国は存在しないだろう。

 階級社会に育ったものならば、カルチャーショックで頭の可笑しくなりそうな国である。

 

 一君万民。

 アニムという王が頂点におり、その下に執政官と言われるユニットが”一応”いて、以下、神だろうが王だろうが、一律に一般国民である。


 そして、執政官とは、あくまで役職であり、尊敬の対象ではあった。

 しかし、執政官と国民の間に、それほど大きな壁があるわけではなく、無体を働けば天から火球やら、闇、光の玉が飛んで来て・・・と、ろくな目には合わない事は、すでに国民の間では証明済みであった。

 

「え~・・・私で大丈夫?・・・もし、村の人たちが凶暴だったら・・・。」


「大丈夫よ。きっと・・・ほら、あっちの小さい子なんて優しそうじゃない。」

 

 優しいそうかどうかは、兎も角、ベスティアが遠くを指さす先には、一人で一生懸命、農作業に勤しむ少女がいた。


「うえ~~~・・・ほら~。鍬、振り下ろしてるよ・・・。怖いよ・・・。」

 友人のポンコツぶりのあまり眉間を揉むベスティア。

  

「人間の子供相手にビビってんじゃない! いい加減にしなさいよ!? すぐに帰ってきたら。あんた、一生羽虫だかんな!」

 獣人らしく歯を向いて、ベスティアはミリーを威嚇した。

 そしてミリーは、恨みがましい目でベスティアを睨み返すが、しばらくして諦めたのか渋々、村の方へ飛んで行った。

 

 ただし。

「覚えてろよ~!!」

 途中、ベスティアの方に向かって、中指を立てるのは忘れない。

 

 その姿を見たベスティアは、顔をしかめ、ため息をつかざる負えなかった。


「はあ~・・・あの内弁慶・・・。それとも、あたしだけが舐められてるのかね?」

 

 横に立つ猫人の男は肩を竦めた。

 

「両方でしょうね。でも、良かったんですか? 彼女、妖精種って隠す気なさそうですし・・・。いや、まあ、うちの国以外にも妖精種や獣人が、普通にいるってんなら良いですけど。今のところ、そういう報告は無いんですよね? それに、一応、彼女民間人でしょ? なんかあったら・・・。カミュウは冗談にしても、耳と尻尾隠せば、自分を含め、なんとか誤魔化せそうな奴は、結構いますよ?」


 猫人の男は苦笑いをしながらも、団長に意見した。

 ミコ・サルウェでは、国民の多くが戦う力を持っている。

 しかし、官、民、軍は明確に解れており、この辺りもアニムの意思が、大きく影響し、また、やむを得ない事情もあった。


 建国当初、ユニット同士の抗争や、強いユニットが、弱いユニットに対して攻撃的な態度を取り、そういったものに対して、集団でリンチを行う事が頻発し、それがまた抗争に発展・・・そんな負のサイクルが繰り返されていた時期がミコ・サルウェにも存在した。

 故に、ミコ・サルウェでは、短いながらも、そういう歴史を鑑みて、「武力」を扱えるものは「軍」のみと決められたのであった。

 

 悪事を働く者達、また、その者達に対して、正当防衛以上を行おうとするものに、「軍」はその武力を行使する。

 

 始めはうまく機能せず、アニム自ら仕置きする様な事もあったが、幸い、現在はうまく回り出していた。

 

「あの子はね。とっても良い子なのよ。」

「は?」

 ベスティアのピントをずらした、不明瞭な返答に、訝しげな顔をする猫人。


「悪事を見つけても、自分は力が無いからって涙を流すくらいにね・・・。良い子なのよ。ビビりなくせに、分不相応な夢を見るなら、もっとしっかりしなさいよ。・・・まったく。」


「・・・そうですか。」


 猫人は目を大きく見開いて、その後、静かに目をつぶった。

 良くわからない回答に思えるが、カードから産まれた彼等の能力は、産れながら定められていた。


 猫人も決して、ユニットとして優秀な能力を持っている訳ではない。

 故にミリーの気持ちは良く分かった。


 猫人の狩人 人間・猫 光光

  先制

            2/2

 

 「……陛下のご加護があるといいですね。…………ところで、ミリーが憧れてる騎士アーシャっていうと、酔っぱらって、真っ裸で歩き回った挙げ句、自分が捕まった”アレ”ですよね? ……目指してるんですか?」


「……ミリーはその事、知らないから。……黙っときなさい。」

「……。」



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