諸悪の根源系問題児 黒羽 美舟

「はい、どーん!」


 強烈な衝撃が背中を貫くも、たたらを踏みつつ全力で耐えた。犯人は分かっている。


「流石先輩。俺のドロップキックを耐えんのは学校狭しといえども先輩くらいのもんだぜ」

 

 いきなり人にドロップキックをかましておいて悪びれもしない快活な声の主は一つ下の後輩『黒羽クロハ 美舟ミフネ』、学校きっての問題児だ。


「俺が流行らした『当ててだよ』もいい加減、飽きてきたんだよな〜。俺は誰にもやってないけど」


 普段の言動や奇行からは想像もつかないほど手入れが行き届いた艶やかな栗毛色の長い髪を高めに結ったポニーテールを揺らして隣を歩く彼女に目をやれば、目が合った。


「あんだよ、こっち見て。まさか俺に『当ててんだよ』やってほしいのか?」


 腕を組んで胸を強調する問題児。

 思わず息を呑んでしまった。


「いや、俺も最初はするつもりだったんだぜ? でもよ、先輩の背中見てたらドロップキック欲を抑えきれなくなるじゃん?」


 内面を知らなければ十人中十人が三度振り返るほどに均整の取れた魅力的な肉体がしなやかでいて強靭なのは何度もドロップキックを耐えてきたこの身体が身を持って知っている。


「おいおい、そんなに見られたら美舟ちゃんの脚が疼いちゃうぞ? 分かった、リテイクだ。俺が先輩に追いつくとこからもっかいやんぞ」


 問題児は有無を言わさず一人後方へ。


「先輩、前向いて歩いててくれ〜」


 革靴が地面を叩く音が間隔を狭めて近づいてくるが、二度も食らってなどいられない。身を反転し、腰を落として待ち構える。


「んな!?」


 ドロップキックじゃ——ないだと!?


「誰もドロップキックなんて言ってな——あーダメだ、止まんねぇわ。はい、どーん!」


 何を思ったのか低空タックルの体勢から姿勢を起こし、ネコ科の動物みたく飛び掛かって来やがった。

 上半身で問題児の全身を受け止め、仰け反りながらも耐える。


「お〜ずげー耐えた」


 いいから早く離れてくれる? なんか柔らかいもんに挟まれ息ができないんだけど!?


「ちょ、くすぐったく……はないけど喋んな。離れる、離れるから」


 離れはしたが俺の眼前に依然として柔らかそうな球体が二つ、制服に包まれている。


「うし。このまま運んでくれ、先輩」


 俺の胴を長い脚で挟み、体幹で上体を支えて脚の力だけで俺にしがみつく問題児。


「この体勢、結構キツイから早く! 先輩!」


 いや、もっとちゃんと離れてくれる?


「うひゃぁん!?」


 腋に手を入れて持ち上げてやると拘束が緩み解放された。


「美舟ちゃんロックを破るとはやるじゃないか先輩」


 それより、ほっぺ赤くない?


「は!? なっ!? これは、あれだ! そう腹筋に力入れてからだ。決して『当ててだよ』が恥ずかしかったとか、そういうんじゃねぇから! 本当に本当に本当だぞ!」


 はっはっは、ガチ照れしてない? お前のその表情初めてみたな!


「ぐっ、くぅ……じゃなかった。ぐぬぬ」


 はい、『ぐぬぬ』いただきました!

 お前もなんだかんだ、俺のこと分かってるよな!


「仕方ねぇ。賄賂だ。持ってけ先輩」


 手渡されたのは楕円形の木目模様が綺麗な金属製の物体だった。


「姉ちゃんが使ったビキニアーマーの左っ側だぜ?」


 そう『黒羽美舟』は生徒会長『黒羽姫乃』の妹なのである。言動や所作が正反対過ぎて事実なのに信じる生徒は片手で数えるほどしかいない。


「もちろん、洗濯はしてない」


 こう、あまり匂いとかはなさそうだな? 別に、嗅ごうって気は無いけどな?


「そりゃそうだろ。ちゃんと高圧洗浄機で洗ったし」


 は? いや、洗濯してないって言わなかった?


「言ったぜ? でもよ先輩、よく考えてもみろよ。ビキニアーマーって洗濯機で洗えるか? 総金属製のそれをよ」


 間違いなく洗濯機が壊れる。なんなら飛んでったビキニアーマーで壁に穴が空くかも。


「ところで先輩はパット好きだろ? いる?」


 いる!


「うむうむ。先輩は正直でよろしい。褒美として美舟ちゃん特製パットを進呈しよう。先輩に合わせた特注品だぜ?」


 パットは彼女の鞄から出てきた。


「なんだぁ? 先輩、俺っちが着けてるパットが欲しかったのかよ?」


 当たり前だろ?


「……なんて真っ直ぐな眼だ。先輩を侮ってたぜ。だが残念ながら先輩、俺っちも姉ちゃんも下着はオーダーメイドだからパット使わない」


 そういやお前、家柄だけ見れば良家のお嬢様だもんな?


「まぁなー、堅っ苦しい行事があんのは面倒いけど」


 その割に色々とはっちゃけてるけど家からは何も言われなぇの?


「あん? 家は『いってらっしゃいませ』とか『おかえりなさいませ美舟お嬢様』くらいしか喋んねぇべ」


 お前、機械音声の声真似上手いな……って、家そのものが喋んの!? 


「おうよ。株で稼いだ金使って改築した」


 いや、それも親はなんも言わねえの?


「ん〜とりあえず全国模試とかで天辺取るだろ?」


 え、会長が競ってた相手ってお前なの?


「で、テキトーなコンクールで何個も金賞取ったし」


 はい?


「あと、自分で稼いだ金でやってから言いたくても何も言えねぇんじゃね?」


 じゃあ、自分で稼いだ金で自分達は使わないパット作って配ってんの?


「パットはブラの隙間だけでなく人によっちゃ心の隙間まで埋めれんだぜ? そりゃ作って配るしかねぇだろ?」


 そういうもんか?


「もち! あ、でも三つ目からは適正料金を貰うけどな。盛るのが目的だと割り増し料金な」


 貰った特製パットに目をやる。

 こないだ見たのと微妙に形が違う?


「そりゃ肩パッドだからな。先輩が女装するってんなら普通のも用意すんぜ?」


 いや、いらない。首を振って断っておく。


「ドレスにメイク道具も付けると言ったら?」


 うん、いらないからな?


「そっかー」


 しかし、人の為に何かを作るってのは良い事だと思うぞ? その調子で頑張れよ……って、お前は頑張らない方が世の為か?


「おいおいおい褒めたって焼きそばしかでねぇぞ、もう!」


 鞄から取りだされた焼きそばを渡された。


「くっ、お好み焼きとかやっぱり先輩も男なんだな」


 いや、何も言ってないが!? それにオヤツならたこ焼きの方が良くないか?


「はぁ!? たこ焼き!? だ、ダメだ! たこ焼きはまだ早いって! そういうのはもっと関係を深めるとか順序ってもんが」


 たこ焼きって何かの隠語だっけ? じゃあとん平焼きとかもんじゃは?


「とん平焼きにもんじゃ焼き!? まさか先輩にそっちの嗜好まであるとは驚きだぜ」


 うん。全部が温かい状態で出てくる方が驚きだからな? 


「はっ!? 先輩、ちょっと鞄持っててくれ」


 黒羽美舟は鞄を俺に渡すと手櫛で髪を整え、ポニーテールを解いた。そして若干着崩していた制服を綺麗に整える。


「はい。鞄を持っていただき、ありがたく存じますわ。先輩」


 誰!?


「ふふふ、先輩はおかしなことをおっしゃいますね。真に愉快なお方ですわ」


 声音に表情、仕草に至るまで『問題児 黒羽美舟』の面影はなかった。今俺の目の前にいるのは『お嬢様 黒羽美舟』なのだろう。


「私、先輩をお慕いしていますのよ?」


 問題児の天敵、生活指導のマッスル佐藤と鈴木マッシヴが誰かを探すように駆け抜けて行くのに気を取られて彼女が何を言ったのか分からなかった。


「狙い通りですわ」


 そいつは何よりで。俺には何がなんだかサッパリだ。お前が少し顔を赤くしている以外な?


「んなぁ!? い、いえ、これはお嬢様をしている姿を先輩に見られたのが恥ずかしいのであって」


 あって?


「おほん。それ以上はヒ・ミ・ツですわ」


 あ、くそ持ち直しやがった。


「秘密は淑女の嗜みですのよ? オーホッホッホッ——」


 最後に咽せる辺り、締まらねえなお前は。


「おっと、もうこんな時間か」


 お嬢様タイムはもう終わりか?


「ああ。大銀河の危機を防ぎに行かなきゃなんねぇ」


 あっという間にお嬢様から問題児へと様変わりした黒羽美舟は、一旦去る素振りを見せて俺の背後をとって耳元でささやく。


「俺、誤魔化す時以外は嘘つかないんだぜ?」


 それは問題児の黒羽美舟には珍しく照れが見え隠れする可愛らしい声だった。


「んしゃな! 先輩!」


 去り際の黒羽美舟の顔に赤みがさしていたのはきっと気のせいじゃない。




 焼きそば、美味うまっ!?

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あの娘がささやく帰り道 〜俺のヒロイン、個性あり過ぎない?〜 真偽ゆらり @Silvanote

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