強かな図書委員系同級生 千早 栞菜

「ねぇ、一緒に帰ってもいいかな?」


 するりと手を握るあたり、有無を言わせる気がないのでは?


「あはは、バレた?」


 教室にいるときの静かな雰囲気とは打って変わって朗らかに笑う彼女『千早ちはや 栞菜かんな』は隣の席の図書委員さんだ。


「君の手、あったかいね」


 斜めパッツンで片目が隠れるロングヘアの黒髪は濡烏とはかくあるものと言わんばかりの色艶をして美しい。


「あ、あれ? 聞こえてなかったのかな」


 ウルフアイと称されこともある琥珀色の瞳に困惑の表情が浮かぶ。


「どうしよう……もっと積極的に行くべきなのかな。これでも結構勇気を出した方なのに」


 小さい鼻と小ぶりな唇も相まって可愛らしくも美しくも見える顔立ちに決意の表情が現れた。


「えい」


 手を繋いでいた腕に抱きついてくる彼女。


「えへへ」


 光の加減で金色に見える瞳と目が合えば、照れが入り混じる笑顔とご対面。これはいい意味で心臓に悪い。


「え〜まだ反応が無い……いやでも目は合ってるし、こっちを見てる?」


 見てます。俺の顔を見上げたことで露わになった琥珀色の両眼から目が離せません。


「えっと……あの……目を離した方が負けだよ〜なんて」


 その勝負、乗った!


「えぇ!?」


 歩きながらでは危ないので、立ち止まって見つめ合う。


「……」


 彼女の頬に少し赤味が差してきた。


「…………」


 目を逸らさない範囲で泳ぎ始める目。


「……————」


 言葉に成れない慌てた声が彼女の口から溢れ出す。


「もう無理! 限界!」


 腕に走る衝撃。いい頭突きだった。


「ぷしゅ〜」


 いや『ぷしゅ〜』って口で言うの? 


「ぅう〜」


 あ、そこは『ぐぬぬ』でお願いできません?


「いやです」


 残念。で、勝負は俺の勝ちでいいのかな?


「はい〜私の負けでいいです」


 じゃあ、なにをしてもらおうかな?


「なら耳か喉へのキスでお願いします!」


 俺がすんの!?


「え!? 私がしていいんですか?」


 したいの?


「へ? いや、私が負けたわけですし?」


 盛大に声が上擦ってるけど?


「ああもう! しゃがんで! 届かないから」


 え!? ちょっ——待っ!?


「待ちません! とぅ!」


 首の後ろに手を回すように飛びつかれ、彼女の顔が俺の喉元へ迫る。



「はむ」




 小さく柔らかい、それでいて少し湿った感触があった。



「少し、しょっぱい……かな」



 そう言って自身の唇を舐める千早栞菜。

 飛びつく際の彼女の瞳は獲物を狩る狼を想像させられた。正直、喰いつかれるかと思ってビビってしまったのは秘密にしておこう。まだ、心臓の音が鳴り止まない。


「は!? 私はなんてことを!?」


 そこで逃げずに、再び俺の腕に抱きついて来るのは何故なんだ。


「にへへ」


 おかしいな、さっきよりも彼女が可愛く見える気がする。いや、元から可愛いんだけども。


「ぎゅ〜」


 腕が温かいモノに包まれるのは心地いい。


「……ごめんなさい」


 突然どうした!?


「パットがあっても『当ててんだよ』が分からない貧相な身体でごめんなさい」


 え!? 『当ててんだよ』って流行ってんの?


「貧相な身体で流行りに乗ってごめんなさい。図書室でよく一学年下の娘達が話してて、私でも出来るかもなんて思ってごめんなさい」


 ところでパットなの? パットなんですか?


「パットで誤魔化してごめんなさい」


 あの、別に謝らなくてもいいよ? 俺は別にパットでも構いませんことよ?


「ふふ、優しいんだね。分かってたけど」


 ええ、もちろん。優しい男と定評がありますし? 


「え〜? パットをした女の子が好きって聞いたんだけど?」


 どこでそれを!? いや、別にそんなことはありませんけどもぉ?


「おかしいな〜パットを配ってる後輩の娘に聞いたんだけど」


 待って! パットを配ってるってなに!?


「『パットは盛る為だけのモノだけじゃないぜ、隙間を埋めるのにも使うのさ! 新しく大きめに買ったブラと胸の隙間だけでなく、心の隙間を埋めるのにお一つ……違った、お二つどうだい?』って」


 どうしよう、一人心当たりがある。


「ちょうど私、サイズを更新できて調子に乗って少し大きいの買っちゃってて」


 それ、俺聞いていいの?


「あ!? 嘘じゃないよ! 本当に大きくなったんだもん! 最低サイズは卒業したんだからね! ほら!」


 胸を張るでもなく押しつけられては大きさは見えない。


「ぐす……やっぱり私の大きさじゃ分かんないよね」


 待って待って! ちゃんと柔らかったから!


「本当?」


 ちょっと真っ直ぐ立ってられないから離してくれるかな?


「やだ」


 いやいやいや、身の危険を感じないんですか?


「……君になら、良いよ?」


 っ!?


「な、なんてね!? じょ、冗談! 冗談だから! ……(今は)」


 今は? 今はって言った? なら今後に期待してもよかですかい?


「なんで聞こえてるの!? そこは聞こえてても聞き流すか、聞こえない振りをするところでしょ?」


 聞き逃してチャンスを失うのは嫌なんで!


「君に難聴系主人公は向いてなさそうだね」


 叔父が補聴器メーカーに勤めてるから大丈夫だぜ?


「そういう意味じゃ無いんだけどな〜」


 それに、君の鈴を転がすような綺麗な声を聞き流すなんて真似は俺にはできない!


「んみゃ!?」


 君に応援されて元気が出ない男なんていないど思う!


「えっと、頑張れ〜ファイト〜」


 あ、出来れば耳元で囁くようにお願いします!


頑張が〜んばれ、頑張が〜んばれ、頑張が〜んばれ」


 いかん、刺激が強すぎる。立てない、今立つわけにはいかない。


「あれ? どうした——の!? あ、うん。元気だね。あっちにベンチがあるから座る?」


 理解があって助かります。

 二人してベンチに腰掛け、俺は鞄を膝の上に。


「えっと、私がナニカ手伝った方からいいのかな? 私が原因だもんね」


 それはありがた——って、なんで乗り気!?


「私みたいな貧相な身体でも元気になってくれるのが嬉しくて、かな」


 ありがたい。嬉しい。けど、女の子が身体を安売りしちゃダメじゃない?


「誰でもじゃないよ」


 え?


「君だから、なんだけどな〜」


 それは……そういうことと解釈しても?


「さぁ、それはどうかな〜」


 あぁ、人通りの多いこの道が憎い! ただの道をこれほど憎いと思ったことがあっただろうか、いや無い!


「流石に人目は気にするんだ」


 俺はいい! だが君の肌を一目に晒したいとは思えない!


「えっと、肌?」


 


 深い沈黙が流れた。




 そして、千早栞菜の顔が真紅に染まり——



「ふぇぇぇ〜!? あの、ちょっ、そりぇは早いっていうか。覚悟ができるみゃで待ってほしいっていうかにゃ——」


 ——盛大に噛み倒し、舌を噛んだ。




「ぅぅ〜いひゃい」



 なんか、ごめん。先走りすぎた。








「どう? 立てそ?」


 お互い落ち着くまで時間を取り、ベンチから立ち上がる。


「時間経過でも収まるんだね」


 君は普段どんな本を読んでいるのかな?


「君は年齢的に読んじゃダメかな」


 それは同級生の貴女も同じでは?


「…………」


 あ、こら目を逸らすな。


「私を糾弾できるのは禁を破ってない人だけだと思うな〜」


 俺に彼女をどうこう言う資格は無かった。


「ふふふ、やっぱり君もそういうの読んでるんじゃない」


 読んでない男は稀だと思います。はい。


「学校で読むなら挿絵の無い小説のカバーを替えて——」


 いや、学校では読まないけど?


「え?」


 え?


「あ、お昼ご飯なに食べた?」


 読んでるの? 学校で?


「私はサンドイッチだったんだー」


 必死に誤魔化したいのか若干棒読みだ。


「手作りだよ。一個余ってるけど食べる?」


 差し出されるアルミホイルで包まれた三角の物体。若干顔を赤らめているが有無を言わせぬ表情に受け取らざるをえなかった。そんな顔もできるんだな。


「BLTのトマト抜きだよ」


 トマトが嫌いなのか、それとも別の意味を込めてなのか。俺には尋ねる勇気が湧かなかった。



「っと、私こっちだから」


 夕陽がささる交差点。


「一緒に帰ってたから、私達噂になっちゃてるかもしれないね」


 顔が赤味を帯びているのは光の加減かそれとも。


「まぁ、実はそれが狙いだったりするんだけどね」


 だがそれは、頬が熱い俺も同じなのだろう。


「パットでも自信が持てるもんだね。こんなに積極的になれるなんて思わなかった。ふふふ、明日からはどんな手で行こっかな〜」


 だから、気が緩んでであろう彼女の呟きは聞かなかった事にした。明日からが楽しみだ。

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