鉄の女改め鋼の生徒会長(物理) 黒羽 姫乃
「ふむ。こんな感じだったか」
背中に伝わる丸みを帯びた物体の感触。
「確か、こうだったな。『当ててんだよ』」
凛々しくも女性らしい声の主に後ろから抱き締められた。
「むう。女性に抱き締められたのだ。もう少し反応があってもいいと思うのだが?」
そんな耳元で囁かれても、本来柔らかいはずのモノが鉄の如き硬さでは困惑の方が勝つんですけど!?
「ん? 鉄の如きなどではなく鉄だぞ? 正確には炭素鋼、妹が言うにはダマスカス鋼らしいが……あいにく金属には疎くてな。ただ、木目調の模様は美しかった」
ダマスカス鋼!? 俺は一体何を『当ててんだよ』されてるんですか!?
「対痴漢用のビキニアーマーだ」
緩い拘束を振り解き、勢いよく振り返る。
「お、おい、何故膝から崩れ落ちる」
艶がある天然茶髪のウルフカットに切長の目の凛々しい顔つきで、全国模試で常に頂点争いを繰り広げる頭脳の持ち主。才色兼備を地で行く我らが生徒会長『
「どうした、大丈夫か?」
ビキニアーマーは
「無論、服の中に下着の上から着ているが?」
普段の会長もモデル顔負けのスタイルをしているが、今日はグラビアモデルにも負けないスタイルに見える。
「そんなマジマジと見ても、脱いで見せたりはせんからな(いくらお前相手でも流石に)」
流石に? 流石になんですか?
「んな!? 口に出ていたか……なんでもない、忘れろ!」
天下の往来だと恥ずかしい? なら、個室! 二人っきりになれる場所へ行きませんか?
「個室!? 二人きり!? 待て、お前となら吝かではないが——そう! 順序! 順序というものがあるだろう?」
会長、声上擦ってますよ? 会長なら『吝か』の意味分かってると思いますけど、言動が矛盾してません?
「うぬぬ、お前と一緒にいると調子が狂う」
あ、そこ『ぐぬぬ』でお願いできませんか?
「……ぐぬぬ?」
ダメだ、可愛い。いつも凛とした会長がキョトンとした表情で首を傾げるなんて、ギャップの破壊力があり過ぎる。
「口元を押さえてどうした!? 大丈夫か!」
空いている方の手で親指を立てて返すと、ホッと胸を撫で下ろす会長。本気で心配してくれているのが申し訳ないながらも、少し嬉しい。
「はぁ、相変わらずだな。お前は」
ところで、何故ビキニアーマーを?
「ああ、うちの生徒が通学に利用する電車に痴漢が出たんだ」
なるほど……いや、ビキニアーマーを着る理由になってませんが!?
「妹に相談したら、『これ着て、しおらしく電車に乗れば解決だぜ』と言われてな」
それで着たの!? 会長ってシスコン?
「シスコン? とやらはよく分からんが姉妹仲は良好だな。手を焼く妹だが、手を焼かされた分可愛く思えてな」
初めて聞く会長の柔らかい声と見たことのない柔らかい表情……良いもん見たな。
「自慢の妹だよ、本当に。おかげで痴漢も捕まえる事ができたし」
は? え、もう痴漢が捕まってる? いや、会長が捕まえたんですか!? どうやって?
「まずはだな……こんな感じにしおらしい雰囲気で電車に乗ります」
すごい、立ち振る舞いを変えただけなのに威厳ある生徒会長然とした会長がしおらしくか弱そうなお嬢様に見える。詐欺だ。
「今、何か失礼な事を考えなかったか?」
いえ、めっそうもないです!
「では続きだ。そうやって電車に乗っていると後ろに立っている男が『
会長……声真似上手すぎません?
「妹の遊びに付き合ってたらいつの間にかな。で、尚も触れようとする卑劣漢の手を捻り現行犯で取り押さえたのさ」
そういえば文化祭に出た闖入者も会長が投げ飛ばして捕まえてた。たぶん狭い電車内でなければ投げられてたな、痴漢の奴。
「ビキニアーマーのおかげだ。触れられてもビキニアーマー越しだから何も感じなかったからな。せいぜい押されたか? くらいだ」
痴漢も痴漢した感はなかっただろうな。ザマァ。
「ただ、一つ問題があってな」
問題?
「蒸れるんだ」
でしょうね。
「下着がびしょ濡れになるし」
ほほう?
「冷感のパットも効果無かった」
パット!? 会長もパットなんですか?
「も?」
な、なんでもないですよぉ?
「まぁ、君も男だ。気になっても仕方ないのだろう。とはいえ、ビキニアーマーが妹のに合わせたサイズだったから隙間を埋めるのに使っただけだからな?」
あ、はい。
「さて、そろそろだな」
喜色が見え隠れする声で周囲を見渡し始める会長。彼女が全校生徒に秘密にしている事を俺だけが知っている——
「きゃ〜! 野良猫ちゃん! 今日も元気でちゅか〜! あ〜ん今日可愛いでちゅね〜」
——という事になっている事がある。
「はぁ〜ん! 釣れない態度も相変わらずでちゅね〜」
普段の女性にしては低めな声より一オクターブは高いであろう喜色満面の声音で猫に話しかける会長。彼女は無類の猫好きで、人目が無ければ迷わず地面に這いつくばってでも猫に話しかける習性がある。
「今日も撫でさせてはくれないんでちゅね〜」
大き過ぎず、甲高くなり過ぎない高めの声。
「話しかけたらこっちを向いてくれるなんていい子いい子〜」
明るく話しかけ、無理に触ろうとしたり近づくこともしない。
「しっぽをピンッと立ててご機嫌ね〜」
生徒会長としての威厳が保てなくなるという建前と見られたら恥ずかしいという本音の元、彼女の猫好きは秘密なのだ……本人的には。
「はぁ〜小一時間はこのまま眺めていたい」
いわゆる公然の秘密というヤツで、生徒会長黒羽姫乃が猫好きなのは皆が知っている。なんなら妹が『変装した会長が猫カフェで腰砕けになっている』写真で触れ回っているくらいだ。
「おい、しっかり見張ってくれているだろうな?」
猫を目の前にしている会長はかなり注意力散漫になる。俺がうっかり猫に話しかける会長に
「むはぁ〜もう一匹来たぁ〜」
もう、声とテンションの高低差があり過ぎて反応に困る。
「可愛い〜な〜」
あの、会長? 木目模様の鋼色をしたパ——って、これビキニアーマー(下)?
「ん? 何か言ったか?」
いえ、何も。
「玩具だよ〜気に入ってくれるかな?」
鞄から取り出したるは、猫じゃらし。
会長、また新しいの買ったんですか?
「今度のは電池が要らないエコなヤツだ。電車内で勝手に起動してモーター音を立てて変な目で見られることもない」
猫の関心もないようですが?
「なに!? ……なに、どこかにきっとこの玩具を気に入ってくれる猫ちゃんがいるさ」
声、震えてますよ?
「うるさい。見張りはどうした」
人がいますね?
「なんで疑問系なんだ。早く言え。ばいばい、猫ちゃん」
猫に向かって手を振る会長。あれでも当人からしたら隠しているつもりらしい。すれ違ったサラリーマンが微笑ましいモノを見る目をしていた事は会長の名誉の為に黙っておこう。
「ところで今回は
スマホの便利機能を使って会長のスマホに我が家の可愛い可愛いお猫様の写真を何枚も転送する。
「おぉ! 素晴らしい! だが、残念な事に君と猫のツーショットが無いようだが?」
あれ? 俺の写真も欲しかったんですか?
「なっ!? 違っ——くない。君との思い出が記憶だけというのも味気無いからな」
えっと……つまり?
「おいおい、女性である私の口から言わせる気か? なぁ……分かるだろ?」
会長——黒羽姫乃は俺に向かって両手を広げた。
「さぁ」
っ!? 会ちょ——ぉ!?
彼女の胸に飛び込んだはずが、硬いナニカに激突したような衝撃を受けた。
「おい、大丈夫か!」
忘れてた。
会長、ビキニアーマー装備してたんだった。
「えぇ……勇気を出して私の身にも——」
薄れゆく意識中、困惑する声の会長に手を伸ばし綺麗な髪を撫でる。
「君は……ずるいな……まったく——」
耳元でささやく微笑むような声の中、俺は意識を手放したのだった。
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