あの娘がささやく帰り道 〜俺のヒロイン、個性あり過ぎない?〜

真偽ゆらり

自称小悪魔系後輩(パット入り) 天原 奏

「せんぱ〜い」


 小さな衝撃の後に続く柔らかな感触。

 これは、まさか!?


「当ててんだよ、せん——ぱい?」


 感触があるのは背中なのに思わず尻を守りたくなるような低く良い声と甘えるような高い声色を使い分けるのは『天原アマハラ カナデ』、俺の一学年下の後輩だ。位置高めの桃色ツインテールが良く似合う小柄な少女でありながら、胸囲の格差社会を見せつける側にいる。


「って、せんぱい……隠す側逆じゃないですか? おしり隠して前隠さずとかなんですか、見せつけたいんですか? チャックちゃんと閉まってます? もしかしてわざと開けてたりします?」


 猫目と八重歯が覗く口が弧を描き、声色が少し上がった。揶揄う気満々である。一応言っておくがズボンのチャックは開いてなどいない。


「せんぱ〜い、セクハラですか〜?」


 上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる様子はなんとも可愛らしい。


「聞いてます? せんぱい? お〜い」


 見惚れていたら顔の前で手を振ってきた。


「あ、もう! どこ見てるんですか、せんぱい。いくら覗き込んでも制服なんですから谷間なんて見えませんよ? それとも私のブレザー姿に見惚れちゃいました?」


 どちらかと言えば後者だろうか?


「はひ!? ま、まぁ? 私は、可愛いですし? せんぱいが私に見惚れちゃうのは、む、無理ない事かも知れませんね!」


 声が上擦っている。相変わらず防御力が低いな、この娘は。顔、真っ赤だぞ。


「んもう! せんぱいは!」


 あ、ちょっと痛い。叩かないで。


「大人しく!」


 と思ったけど、そう大して痛くなかった。


「私に!」


 いや、流石に同じ所ばかり続けて叩かれると痛いかもしれない。


「揶揄われてればいいんです!」


 おっと危ない。勢い余って転びかけた彼女を抱き締めるように受け止める。


「んにゃあ!?」


 あの、天原奏さん? 何故、俺の背に手を回しているので?


「………………」


 天原さーん?


「……………………」


 天原奏ちゃ〜ん?


「…………………………名前、呼び捨てで」


 うん? なんだって?


「聞こえてましたよね」


 もう少し焦らしたい。とぼけるとしよう。


「ぐぬぬ」


 はい、『ぐぬぬ』いただきました。


「……ぁから、名ま——」


 奏?


「——ぇ……もう一回」


 かなで、奏?


「一回多いです」


 かなで、カッナーデ、奏?


「ちょ、なんで一回カタコト入れたんですか」


 そろそろ離れない?


「いやです。離れません。頭を撫でてくれたら、考えなくもありませんが」


 えっと……まだ『当ててんだよ』を続けたいの?


「ふへ!?」

 

 側から見れば抱き合ってるこの現状、何がとは言わないが当たらないわけがない。正直、もう少し下だったら危なかった。


「そ、そそそ、そうですよ!? ええ。当ててるんです。あ、いえ、当ててんだよ」


 最後だけイケボにしても取り繕えてないぞ?


「べ、別に? と、取り繕ってないですよ?」


 上擦ってる上擦ってる。


「う〜」


 そんな唸られても。


「もう! 撫でるんですか撫でないんですか。どちなん——」


 噛んだ。


「いいから、撫でろー!」


 鳩尾にねじ込むよう頭を押し付けられては敵わない。鳩尾から引き剥がすに頭を押して、そのまま要求に従って撫でる。


「へへへ。それでいいんですよ〜せんぱい」


 それで、いい加減そろそろ離れない?


「まだです。まだもう少し」


 あ、こいつ両手で撫でる手を押さえやがった。意地でも撫でさせる気か。


「もう少しもう少し〜」


 抱き着いたままより頭を撫でられる方が優先度高いらしい。今の内に少し離れよう。


「あ、しま——」


 抱き合う状態からは解放されたが、依然として手は彼女の頭上に固定されたまま。そこまでして撫でられたいのならば撫でよう。全身全霊を持って。


「やっとせんぱいもその気になりました?」


 撫でる。


「そうです。その調子です」


 撫で撫で。


「あは〜いいでふ……んん、いいですいいですそれでいいんですよ」


 撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫でぇ——撫でぇ!


「え? あっ、ちょっ、激しい! 激しすぎますよ、せんぱい!」


 まだまだぁ! 撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で——


「——って、熱い! 私の頭で火起こしでもする気なんですか!?」


 どうやら少し熱くなりすぎたようだ。だが、その甲斐あってか俺の手は解放された。


「うぅ……炎天下に帽子忘れてコンビニ行った時の頭くらい熱い。熱中症にでもなったらどうする気だったんですか? 責任とってくれるんですか?」


 あ、冷たいスポーツドリンクなら水筒にあるけど飲む?


「わぁ! いただきます!」


 スポーツ用の魔法瓶水筒を受け取り、喉を鳴らす様子は良い広告になりそうな光景だった。

 間接キスだけどな?


「————」


 勢いよく吹き出して咽せている。

 とりあえずハンカチで顔に掛かったスポーツドリンクを拭い、使うか尋ねる。


「ありがとうございます……じゃないです、せんぱい! なんで飲んでる途中で、か、間接……キ、キス……なんて言うんですか。飲み終わってからでもよかったですよね!?」


 ははは、俺の顔を拭いたハンカチで顔を拭くのも間接キスみたいなも——んべ!?


「デリカシー!」


 投げ返されたハンカチが鼻に直撃した。


「セクハラです! せんぱい、年下の女の子にセクハラなんてしていいと思ってるんですか」


 ジト目で睨まれても可愛いとしか思えない。

 

「なんか言ったらどうなんですか」


 セクハラは男にも女にも発生するし、受けた側が嫌がった時点でセクハラかな?


「正論なんて聞いてません」


 抑揚の無い平坦な低い声。彼女は家だと声が低いのかもしれない。


「っ!? せんぱいは……私に抱き着かれて嫌だったん……ですか?」


 一転して声が震えている。

 

「どうなんですか、せんぱい」


 なんで俺が少し前屈みになっているか考えてくれるかな?


「え?」


 別に嫌じゃない、時と場所を考えてくれればむしろどんと来い——だ!?


「せんぱい!」


 何故か後ろに回って抱き着いてきた。

 

「せんぱい? どうですか後輩に抱き着かれる感触は」


 狙いは耳元で囁く為か。


「当ててんのよ」


 少し照れが混じった色っぽい声が脳を溶かすように甘く、心地良い。


「せんぱいの(背中って)大きくてぇ硬ぁい」


 小さく言った『背中』の一言を聞き逃していたら危なかった。しかし、背中にいられては引き剥がせない。俺は硬いからな関節的にも。


「ふ〜」


 耳に吐息。このままではされるがままだ。

 ならば背中の感触に全神経を集中させる。


「それで、どうですか? せ・ん・ぱ・い?」


 柔らかい……柔らかいが、想像してたよりも少し硬いか?


「そりゃそうですよ。ワイヤー入りのブラしてますから」


 感想を口するとあっさりと離れた。


「それにパット入りですし」


 パット!? パットなんですか!? 別に俺はパット入りでも構いませんよ?


「なんで敬語調になってるんですか。それと勘違いしないでほしいんですが、パットは胸を大きく見せる為じゃありません」


 勘違い?


「盛ると窮屈なんです。私は盛る必要がないので窮屈な思いまでして使うわけないじゃないですか」


 そう言って彼女は自身の胸に手を突っ込んだ。


「洗濯して、成長を見越して買っておいた少し大きいサイズのしかなかったんで隙間を埋める為に使ったんです」


 まだ……成長中……だと!?


「ええ。はい、これ」


 手渡されたのは肌触りの良い楕円形の物体。


「お昼過ぎ辺りから窮屈な感じがして要らなくなったんですよ」


 少しある湿り気は彼女の汗だろうか。

 心なしか甘く良い匂いがする気がした。


「っ!? 返してください! うぅ、なんでパット出して見せちゃったんだろ……」


 我にかえり羞恥に染まる彼女の様子を脳裏に焼き付けるのに必死で——


「あの、せんぱい。ま、また明日!」


 ——走り去る彼女を追う事ができなかった。いや、追えなくて良かったのかもしれない。

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