第10話

Night Hawks

Life is strange編⑩



その後ドクターヘリによって搬送された先である緒方総合病院で俺は隅から隅まで検査され一泊入院を伝えられたのだが、こんな所で夜一人で過ごしていたら色々と思い出して恐ろしくて頭がおかしくなると思って医師に事情を話し帰ると説き伏せ何とか了承を得られた。そして俺の纏っていた服がボロボロだったのもあり一度類に取りに帰ってもらう事になった。

その間、社長が俺の話し相手になってくれていた。


「瑞貴、麻生はあのあと無事逮捕されて警察に連行されてったよ。2度目だから厳罰が降ることになると思う。瑞貴への事情聴取は明日以降になるみたいだ。」


麻生、というのはHALの本名である。社長の言う通り2度目の逮捕となる訳だが、正直また出てきた時に同じことが起きるのではないかと不安になる。


「そう…。社長もごめんね、またこんな事になって。それとありがとう。」


言うと痛々しい表情で首を横に振ってその両手を脚の上で静かに重ね、少し落ち込んだように目を伏せた。


「…前の時もそうだったけど、あの手のタイプは反省すらしないんだって事を僕も思い知ったよ。今回だって麻生がちょっとバカなおかげでこれだけで済んだようなものだ。あれで頭の回る人間だって考えたら…。」


「………。」


「身体の傷は治るよ、時間が経てばね。だけど心の傷ってそうはいかないからね…。2回目ともなれば瑞貴はトラウマの上塗りになってしまったし、耳が聞こえなくなった時点で僕が瑞貴の警護を24時間体制で付けるべきだった。…完全に舐めてた。本当に済まない。」


「社長が謝る必要ないよ、耳が聞こえなくなってたのもこの事件が起きたのも全部そもそも論を言えば俺のせいなんだよ。…2年前の時もそうだったけど、解雇した時にちゃんとHALの気持ちを俺が抑えられていたらこんなことは起きなかったからさ。きっと俺が無責任にHALを投げ出した事が原因だと思うから。」


「瑞貴……。」


解雇を言い渡した時に俺は恐ろしかったからとはいえHALの言い分を一切聞こうとしなかったし、聞く耳も貸さなかった。不服申立ても全て無視して取り付く島がない状態にさせたのだ。そうする事でしか当時は自分を守る事ができなかったし、いくら類がいてもHALの言い分なんて聞く余裕すらなかったのだ。だけどそれでも言い分くらいはしっかり聞いてやれば2年前の事件も今回の事件も防げたのではないだろうかと少しだけ思う。あくまでそう思うだけだから、考えた所で起きたものはもう起きてしまったし仕方の無い事なのだけれど。

とにかく疲れ切っているので会話も程々にして宛てがわれた一室の椅子に座りウトウトしながら類を待っていたら、数十分後ドアがノックされ、類が入ってきた。


「お待たせ、服持ってきた。…あれ、純は?」


「ありがとう。社長ならどうしてもキャンセルできない仕事があるって帰ってったよ。」


「そか。ほれ着替えちゃいな。」


「ん。」


…左手の薬指を綺麗に根元から折られて今は処置されたわけだが激痛は激痛だし、こうなってくると日常生活がいきなり不便になる。たかが指1本と思うかもしれないが、人間の指は考えているよりもずっと日常的に使用しているものなのだ。そして身体中痛いのでヨタヨタしながら着替えていたら、見兼ねた類が手伝ってくれ、着替えもなんとかして終わり。


「っし、…つらいだろうけど車までがんばれ。」


「うん…。ああくそ、全身痛い…。」


「だよな。今はまだマシだけど明日明後日あたりもっと酷くなると思う、全身緊張状態だったんだろうし…。」


「そうだろうなぁ、ヤダな…。」


背中に手を添えられながら本当にゆっくりと病室を出て、病院の裏口から静かに出て車にやってきた。やっと嗅ぎなれた優しい匂いに包まれてホッとしてしまって、また涙が出そうになる。それぐらい、俺にとっては恐怖でしか無かったのだ。


「…ん、出すよ?いい?」


「うん。」


発進させた車の中では特に会話らしい会話もしなかった。俺の身体とつらさや痛みを考慮してあまり喋らせないようにしてくれていたのかもしれない。

そして自宅に到着したはいいが、これまた3階にまで階段で上がるというのが非常に大きなハードルで、正直今の俺にはめちゃくちゃ難易度が高い。普通に歩くだけでも足がガクガクするし全身馬鹿みたいに痛くてつらいのに、1段1段踏ん張らなくてはならないからだ。それでも手すりを頼りになんとかして登っていたらいきなり類に抱えあげられた。


「わっ…、類、…いいよ降ろして。自力で登るから。」


「黙って運ばれとけ、見てるこっちがつらいわ。あとこっちのが単純に早い。」


「………、」


それ以上は何も言わずにもう任せることにして、サクサクと3階に上がっていつもの部屋に戻ってきた。そこでもう色々と限界が来て涙が出てしまった。…恐ろしかったのだ。寒い場所で冷たい床に転がされ、薬指を折られ、…何度も何度も蹂躙され…。はっきり言ってメンタルが完全崩壊する一歩手前だったと思う。止めようとしても勝手に次から次にはらはらと涙が出てくるし、嗚咽こそしないものの本当にただ勝手に出てくる。それを見た類がそのままベッドに運んで横たわらせてくれて、俺の横にやって来て腕枕をして緩やかに抱き締めてくれた。

……ああ、暖かいな、温度が優しいな。身体ごと心ごと包まれているような安心感に涙なんて止まることを知らずで、俺が落ち着くまでずっとそうしてくれていた。


「……ちょっとは落ち着、いてはいないか。気が抜けただけか…。」


密着しているから身体を通して類の穏やかな低い声が響いて心の底から安心して、その大きな背中に腕を回してしがみついた。


「…うん、気が抜けた。…もう嫌だ、耳は元に戻って良かったけど、本当もう嫌だ。これで安心なのはわかるけど、もう1人で外に出るのが怖い…。」


俺の後頭部と背中を撫でながら、少し類の全身に力がこもったのがわかって何かと思ったら怒りに耐えているらしい。


「…マジで復讐、仕返しってのが正当化されるんなら俺はHALを殺してた。そんくらい頭ぶっ飛んでたし今も正直怒りで頭がおかしくなりそうだ。だって2回目だ。…2回も同じような目に遭わせられて…。」


「怒る気持ちはわかるけど、もう終わった事だよ。」


「俺の中では終わってねぇの。瑞貴の怪我が治ってもその心の傷が消えないうちは終わんないの。だって許せないもんは許せないだろ、俺にとっては瑞貴って自分より大事な存在なわけだから、その存在傷付けられて平気なわけない。だからしばらく俺一人で怒ってると思うけど、瑞貴に怒ってるわけじゃないから。」


「ーーーそか…。」


静かに、穏やかな声でそう言い、何度も抱きしめ直してくる類の腕が心地良過ぎて、さらに疲れもピークに達していたためいつの間にか寝落ちていたらしい。

ふ、と目を覚ましたら、真横で横になっている類が俺をじっと見つめていて。


「…おはよーさん。」


「おはよ…、なんか結構寝た気がする……。」


欠伸をしてそう言ったら、小さく笑った類が俺の胸板をぽすぽすと手で軽く叩きながら頷いた。


「そうねぇ、瑞貴が寝落ちてから約8時間くらいは経過しました。」


「そんなに寝てたのか…、でもちょっと疲労はマシになった気はする、身体はめちゃくちゃ痛いけど。」


「疲労感だけでも少しでも取れたのなら良かったよ。ところで腹減ってないか?なんか食う?瑞貴は誘拐されるちょい前から何も食ってねぇし、俺作るから食いたいもんあるなら言って。」


「……正直あんまり食欲はないかな。じっとしてたいだけでそれ以外の事がもう面倒だ。」


言うと心配した表情の類が目元にキスをして。


「わかるけどちゃんと食わないと。軽いものでも食えない?」


…仕方ない、食べるか。心配をこれ以上かけるのは違う。そう思って類の方に身体を向けてその頬に指を滑らせた。


「…わかった、何か食べるよ。でも軽いものでいい。今ほんとに何もかもの挙動がしんどくて動きたくない。」


「わかった。軽いものか…何がいいかな、それだと蕎麦とかサンドイッチとか、あとは雑炊とかになるけど、何がいい?」


「蕎麦。」


「あいよ。ちょっと待っててな。」


俺から離れて類はキッチンに消えていき。…食事なんて今はいいから類とくっついていたいのだが、それも俺を心配してのことなので要らないとも言えない。とにかく人肌、今の場合類の温もりに飢え過ぎているのとHALに刻みつけられた感触を消し去りたくてメンタルが安定しない。流石に今は俺も無理だけど、類に心身ともに上書きしてもらいたいのだ。そうでもしなければきっと俺は何回でも何度でも毎日毎時間常にHALにされた事を思い出すのだろうし、それを考えただけで鮮明に色々フラッシュバックしてパニックに陥りそうになる。体内に無理やりねじ込まれた痛みよりも嫌悪感が強くて、…とか考えていたら案の定急激に吐き気に見舞われて起き上がり、部屋を出てトイレへ向かい、だけど吐くものなどないから胃液だけを吐いてきた。部屋に戻る途中でキッチンから類が出てきた。


「…顔色悪い。大丈夫か?」


「うん、吐いてきた。色々思い出したら気持ち悪くなって。つっても吐くもんないから胃液しか出なかったけど。」


言うとまた泣きそうな顔になった類が部屋まで着いてきてくれて、テーブルに座した俺の頭を撫でて戻って行った。

…正直、こんな事類には言えないけどもう消えてしまいたいとすら思ったりする。なかったことにできないならせめてもう存在ごとこの世から消えて、意識も何も残さず綺麗に霧消してしまいたかった。頭を汚染され続けながら考えをシフトすることも叶わず鬱々としていたら、類が蕎麦を持って部屋に戻ってきた。


「ほれ食え。別に全部食わんでいいから。」


「ん。ありがとう。…いただきます。」


吐いたばかりなので殊更食欲も何もないのだが、仕方がない。せっかく作ってくれたものを食べないのは失礼だ。手を合わせて蕎麦を口にしたら、やっと口の中が優しい味で満たされてホッとして、身体の力が抜けていく。完食は出来なかったが半分くらいは食べることが出来て、残りは勿体ないので類が平らげた。ややして食器を片付けて戻ってきた類の袖を掴んで見上げた。


「類、ごめんくっつきたい。」


言うとニコッと笑った類が頷いてくれた。


「いいよ、じゃあベッド行こ。」


「ん…。」


そうしてまたベッドに戻って類にくっつかせてもらったのだが、安心すると同時に頭の奥から無限に湧いて出てくる鮮明な記憶が俺に『安心するな』と言っているようで、気持ちが落ち着かない。だけど、ああ。俺には類がいる。類が支えてくれるから、きっと大丈夫。時間はかかっても少しずつでも癒えていくのだろう。何となくでもそう思える。

これで類がいなかったらと考えたら心の底から恐ろしい。だってそうなると俺を支えてくれる存在がいないわけだから、俺の回復も著しく遅くなるはずで、それどころか鬱状態が悪化していく可能性だってあるのだ。こういう時に誰かと一緒にいられるというのは実はすごく大きくて、ひとりでは絶対に押し潰されてしまう。普段おちゃらけているし基本笑っている事が多い類だけど、こういう時に真価を発揮する男だと思う。全力でサポートしてくれるし、全力で俺を支えようと、守ろうとする。付き合いはじめてからの4年間でそれは痛いほど実感してきたし、俺はそれを十分理解している。だからこそ思うのだ、類に応えられるように俺は俺のやり方で類を支えていかなければいけないと。


「類、」


その腕の中で幸せなのに苦しくて、色んなことを思い出しながらつらくなってしまって、急に伝えたくなって名を呼んだら、頭を撫で続けている類が少し身体を浮かして俺を見た。


「なぁに。」


「ありがとう。…大好きだよ。」


言うと微笑んだ類が顔を至近距離に詰めてきて、鼻先を合わせて言った。


「知ってる。そんなのずっと前から知ってる。…俺も好きだよ。むしろ愛してる。」


サラッとそんな事を言われてもう心の中の間欠泉が吹き上がって泣きたくなり、抱き着いた。

…好きだとか愛してるだとか、そんなセリフ類と付き合うまでは信じちゃいなかった。本当に好きで大事にしていた真菜と付き合ってた時ですら好きという気持ちは持っていても今思えばどこか他人事のようで。だけど今はそれが信じられる。

人を好きになるということは、誰かを愛するという事はその誰かを守ることだと、そう強く俺自身が思えるのだ。当たり前では無いはずの、「笑顔で過ごす事」というものを当たり前のことだと信じさせてくれている類はとても大きな人間だと思うのだ。だからこそ俺は類を尊敬しているし、一目置いていて。きっとこの気持ちは変わらないのだろうし、誰よりも優しくて人間らしい類をこれからも想い続けるのだと思う。大好きだと、愛してると。そう思える。


俺自身は愛情深い親の元で生まれ育ったから、家族愛というものは信じているし大切にもしているが、それ以外の愛と名のつくものはそんなに信じているわけではなかったのだと思う。

…13歳の時のあの事件をキッカケに、特にそれが酷くなった。もう何も信じてはいけないし、それと同時に信じさせてはいけないものと思っていた。自分を信じさせることは責任が伴うものだと考えているし、信じさせる事で付随する相手からの信用と信頼を自分が裏切ったり喪失を与えてしまったらと考えたら怖くて仕方がなかったのだ。けれど類はその拙い考えを否定せずただ受け止めてくれたしその上で愛情を注いでくれる。俺がどれだけ突き放しても距離を取ろうとしてもそれを許さず、遠慮なく入り込んできて俺を掴もうとする。それがいつしか心地良いと思うようになり、今では愛情と言うものを信じることが出来るし、何より俺自身が愛していたいと思えるようになったのだ。


ーーー本当に、人生はとても奇妙だし不思議だ。

何も信じず信じさせなかった俺がここまで変われたのだから、何が起こるかわからないのである。

今回の事件を振り返ってみて余計にそう思う。

自分がどうなるか、なにが起こるかが分からないからこそ人は見えない道を戦きながら恐れながら手探りで探していくのだろうし、いずれ見つかるであろう自分だけの宝石を探し求めて歩んでいくのだろう。


まだ見ぬ未来にもどうか、俺と類が手を繋いでいられますように。そう願わずにいられない。





Life is strange編

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Night Hawks〜Life is strange編 AZCo @azco0204

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