第8話

…どれくらい経過しただろうか、体感30分は経過しているが、実際はもっと短いのだと思う。こういう時の体感なんてアテにするものでは無いし信じてはいけないことぐらいはわかる。分かりにくくバレにくい所に身を潜めたつもりだが、どれくらいで見つかるだろうか。いや、例え見つかったとしても脚が無事なら捕まるまで逃げてやる。倉庫なら出口から出ればいいでは無いかという話だが、HALがそんなミスをするはずがなく、十中八九鍵が掛けられているはずだ。

さっき居た場所から割りと離れた場所にいるのだが、まだ多分HALが動いている気配はない。このまま逃げているうちに類たちが来てくれれば…、と思っていたその矢先だ。


少し離れた真横から、


「みーつけたぁ。」


という声が聞こえて竦みあがった。もうバレたのか!ちくしょう、どこへ逃げればいいんだよ!思いながらその場を急いで離れて倉庫内をあちこち移動しまくった。…ああ、喉が渇く。水が欲しい。折られた左手薬指も痛みが酷くてどうなっているのか見たいのに、それをさせてくれない男がいる。隠れても隠れてもどういう嗅覚をしているのかあっという間に見つけられてしまってその度に逃げ回り、息をつく間もないのだ。こんなのただ削られていくだけで、いずれ倒れてしまう。

そしてそうやって逃げ回っていたら先回りをしていたHALと角で鉢合わせて捕まってしまった。


「やっと捕まえた。ダメだよ、勝手に逃げたりしたら…。」


「…はっなっせっ!!クソっ、類…!!」


「あはは、類は来ないと思うよ?」


「うるさい!絶対に来る!!」


そう、類は必ず俺を探してくれているしここを見つける。そう確信をしていたのだが、次の言葉で絶望してしまった。


「だってここどこか知らないだろ?」


「え、」


「岐阜県だよ?」


「は、?」


「岐阜県のとある山の中にある、沢山ある倉庫の中の1つだもん、簡単には見つからないと思うよ?その間に俺は瑞貴への用事を済ませるし、終わる頃には瑞貴は俺のものになってると思うけど。」


「…………、」


そんな、…岐阜県って。てっきり東京都内のどこかだと思っていたのに、まさかの岐阜県。…それは流石に社長の探査網でも難航するであろう距離なのは事は想像にかたくない。絶望と恐怖、そして極度の疲労でもう動けなくて、HALに腕を掴まれ後ろ向きにズルズルとまた移動させられた。はっきり言って反抗する余力と気力が消えてしまった。この場所が岐阜県と聞かされてもう絶望的だと思ったのだ。事が全て終わってしまうし、指も全て切り落とされるかもしれないし、下手したらナイフか何かで身体を切り刻まれることだって考えられる。俺にサイコパスの神経など理解もできないししようとも思わないが、それぐらいは覚悟していた方がいいような気がする。どこか冷静な頭の中でそれだけをぼんやりと考えていたら階段を上がらされて2階にあたる放送室のような部屋に連れ込まれた。


「この部屋からだと下の様子がよくわかるだろう?仮に類が来ても1階にいない瑞貴を捜しまわる面白い光景が見れるよ。」


…この下衆が、悪趣味すぎる。反吐が出るような言葉に耳を傾けないようにするが、HALが俺をミキサー台に上半身を押し付け、後ろから耳を舐めてきた。ゾワッとして身を捩るがそんなものはなんの役にもたたなくて。


「…いい子だね、諦めたのかな?」


「…………。」


……もういい。もう好きにすればいいし、さっさと済ませてくれ。どうせ類や社長は間に合わない。せめて死なないように、抵抗せずにいるから、…どうか類が早くここに気付いてくれますように。ああ、涙が出てくる。類の言うことをちゃんと聞いて外になんて出なければこんなことにならなかったのに。この状況下で耳も聞こえないのにたかが5分でも1人で外に出るという事がどれだけ危険な事か、類には分かっていたのだ。でももうそんな事を悔やんでも仕方がない、俺は今からHALに玩具にされる。昨日までは類が傍に居て心の底から笑えて安心出来る毎日だったのに、一気に絶望に叩き落とされた気がして反抗どころではなかった。耳を舐められ後ろから上半身をまさぐられているがもう反応するどころか何も感じないので無反応である。それが腹が立つのか、髪の毛を掴まれて頭を持ち上げられ、ミキサー台に頭を勢いよく叩きつけられた。


「ッ…ぐ!!」


「面白くないなぁ、なにか反応したらいいのに。…まぁいいけどね、楽しいのはこれからだし。」


言って後ろから俺のベルトを外し、ジーンズを下ろされて身体を密着させられた。気持ちが悪いし恐ろしいのだがもう声なんて出す気力がなくて。ただもう絶望しかなくて。


…その後俺はHALのそれこそ好きなように、長時間にわたり蹂躙されたわけだが、もう反撃どころではない。ただただ嫌悪感と不快感しか感じないのに俺に可愛く鳴いたらどう?だとかなんとか。この状況で可愛く鳴けたら俺がド変態である。

そして延々と好きなようにされていた時だった。



ーーーガカァン!!



という大きな音と共に倉庫の照明が全て点灯した。


「!?なんだ!」


……ーーーああ、類だ…………。

直感でそう思った。だから涙が出た。

何が起きているのかわからないのか、HALは焦って俺から離れてジーンズを履いている。

すると1階の方から、叫び声が聞こえてきた。


「瑞貴ー!!!どこだ!瑞貴ー!!!」


ーーーほら、やっぱり類だ。助けに来てくれた。涙でもう前がぼやけて何も見えなくて、だけど俺も声を上げて位置を知らせないと、と思ったら後ろからガッ、と捕縛された。


「大人しくしててね?」


「………ッ、っく、ぅ…、」


顔にナイフを当てられて強制的に黙らされてしまった。そうこうしていたら下から社長の声も聞こえてきた。


「類さん、分かれましょう。僕達は右側へ行きます。類さん達は左側をお願いします。」


「わかった。見つけたらソッコー呼んで。」


「了解!」


…"達"と言うからにはそれなりの人数を連れてきてくれたようで、HALが捕まるまでは本当にあと少しか。こんなの、俺がめちゃくちゃにされるだけで初めからHALの終わりの始まりだと言うことは分かるはずなのに、サイコパスっていうのはそこまで頭が働かないのだろうか。


「瑞貴!どこだ!!声上げろ!!」


そう言われているのだが、残念ながら声を上げる気力が全く、驚くほどになくて、HALにナイフを突きつけられたまま大人しくしているしか無かった。

そこからしばらく経過して、放送室の外までやってきた社長の所の黒服の男が俺とHALを発見したと同時に類を呼んでくれた。


「神王子様!こちらに居ます、発見しました!!」


「ーーー了解、ありがとう。」


静かな類の声が聞こえてきて、また涙が溢れてきた。…ごめんね、類。結局めちゃくちゃにされてしまったし、指も折られてしまった。


「くそっ、隠れる場所が…、」


慌てふためく哀れなHALに捕まえられたまま大人しくしていたら、カン、カン、カン、という階段を上がる足音が響いてきて、うっすらと開いた目で扉を見たら大きな人影が見えて。その瞬間にドカーン!!とドアが蹴破られて、…類が静かに入ってきて俺たちを見下ろしていた。


見たこともないぐらい冷たい目をした類が俺とHALを見下ろしている。


「…瑞貴。」


名を呼ばれても反応が出来ずにただ見つめていたら、ふわっと微笑んだ類が穏やかな声で言った。


「ーーー遅くなってごめん、助けに来たよ。」


「………ッ、る、ぃ、」


「耳聞こえて…?でも先に済ませないといけない用事あるからもうちょっと待っててな、先にHAL片付けっから。」


そう穏やかに言った類の声で涙腺がちぎれて決壊して、涙が止まらなくなった。


HALが俺の顔にナイフを当てて少しずつ後退して類と対峙している。


「おいHALよ。2年前もそうだったけど俺の瑞貴に何してくれてんだ。…ボッコボコにされる準備は出来てるよな?歯の一本二本、肋骨の数本で済むと思うなよ?」


「………っ、動くな、それ以上近寄ったら瑞貴を殺す!」



その声で場が固まった。




第8話 完

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