第3話

次の日、仕事をしていたらコータとユウキがミキシングルームへやって来た。


「瑞貴瑞貴、ちょっといい?」


「……なに?」



ユウキに話しかけられて仕事に関しての質問かと思い作業の手を止めて2人を見たのだが、何故か2人がムスッとしていて何事かと思った。2人揃って来たから仕事の話かと思ったのだが、なんだなんだ。


「なに、どうしたの2人とも難しい顔して…。」


普通に気になるのでそう訊ねたら、ユウキがコータの後頭部をバチンと叩いた。


「いてっ。なんだよ叩くなっての。」


「うるさい。あのね、さっきコータとお互いのタイプについて話してたんだよ。そしたらコータが童顔で目が大きい子が好みだって言うから、俺が冗談で『俺がタイプに近くて可愛いからって手ぇ出してこないでよ?』って言ったら『ユウキ確かに可愛いけど食指は動かん、そもそも俺は女専門だしユウキは朝倉美樹に敵わない』って言ってきてさ。それ自体は別にいいんだけど朝倉美樹と比べられた挙句その朝倉美樹の方が可愛いとか言い出すわけ。どう思う?俺の方が可愛くない?」


「…………。」


くっ、…だらない…。思って呆れて半笑いになっていたら今度はコータがユウキの頭をはたいて言い返した。


「ユウキこそ朝倉美樹をバカにすんな、そりゃまぁユウキも可愛いとは思いますけどね、エルフとか言われてるぐらいだし見目麗しいのも認めるけど、ユウキはそもそもチンコくっついてるわけじゃん。一方の朝倉美樹は顔が可愛いことに加えてあの丸みを帯びたフォルムに小ぶりなおっぱい、きゅっとしたコンパクトなお尻で俺を魅了するわけだよ。ユウキにそれがある?ないだろ?むしろ要らないパーツがぶら下がってるわけ、その股に。その時点でもう穢らわしいし朝倉美樹に勝てない。」


「えぇぇヤダー、それって中身どうでもよくて結局カラダとカオで判断するってことじゃん、サイテー。それとチンコついてるぐらいで穢らわしいと言われるなら地球上の全オスが穢らわしい存在ってことになるからね。コータは今全人類と全動物の約半数を敵に回しました。」


「バカか女のおっぱいには夢とロマンが詰まってるんだよ。」


そう言いながら両手をわきわきさせながら難しい表情で何か謎の言葉をユウキに主張するコータ。それに対しユウキは蔑みの目を向けてため息をついている。


「バカはどっちなの?夢とロマンって、コータまさか夢見がちな童貞じゃないだろうね?29歳で童貞はピーターパンだからね?」


「おいバカにするな。3ヶ月前まで彼女いたし週2くらいでエッチしてたからな。」


「聞いてない。コータの性事情とか一切聞いてないし興味もない。わざわざそんなの暴露しないでよ気持ち悪い情報聞いちゃったじゃん。」


「なんだと。」


…心の底からどうでもいいし本当に本当にくだらない……。これが26歳と29歳男性の会話かと思ったら悲しくなってくる。半笑いが止まらないまま2人に言った。


「…心の底からどうでもいいけど、つまりはユウキは朝倉美樹と比較された事にプンスコしてて、コータはユウキより朝倉美樹の方が可愛いという、ただそれだけの主張をお互いにしてただけってことでいい?」


「うん。」


「そう。」


うん、と頷く2人だが、俺にそんな話をしている余裕はない。なのでふぅ、と小さく息を吐いて人差し指を立て、出入口に向かってその指を差した。


「くだらないから出てお行き。俺はそんな話に付き合ってるヒマないので、誰かに聞いて欲しいのならそういう話が好きそうな類の所へお行きなさい…。」


しっしっ、と手をヒラヒラさせて納得の行っていなさそうな2人を追い出して小さくため息をついて作業再開。ユウキもコータもあんなんではあるが面白い奴らである。くだらなくても些細な事で盛り上がれるというのは楽しい事だし、人生には笑いも必要だからだ。しかし、仕事に集中しすぎで身体の後ろ側がだる重い。


「…肩凝りやばい……。あと背中がだるい…。」


思って立ち上がってドラムブースへと移動した。

ガチャ、とドラムブースのドアを開くと、ドカドカダカダカダララララララシャンシャンシャンシャンドンドンシャーン!という耳を劈く勢いの爆音が目と耳に飛び込んできた。


「…ん?あれ、瑞貴じゃん、どした?」


俺の姿を見つけてピタ、とその手を止めた類が立ち上がって俺の所へ歩いてきた。


「大変うるさいドラムをどうもありがとう。」


そう言ったら嫌そうな顔をした類がドラムスティックで俺の頭を弱く叩いた。


「うっせ、俺のドラムにケチつけんな。ドラムうるさいのが嫌なら出ていきなさい。」


「何も嫌だとはいってないじゃん、ちょっとビックリしただけだよ。」


「で?なんか用?」


「あぁ、肩凝りと背中だるいからほぐして。」


「って、確か3日前くらいに整体してやったばっかなのに。まぁいいけど。んじゃジャージに着替えて仮眠室おいで。」


「はーい。」


そこで一旦分かれてジャージに着替えた俺は仮眠室に向かった。実は類は何故だか知らないが柔道整復師の国家資格を所持しており整体が出来るのである。資格取得を趣味としている男なので、他にも色々様々な資格を持っているのだが、そんなに資格を取って一体どうするというのだろうか。思いながら仮眠室のドアを開けて類を待っていたら、ゲルマニウムの入ったクッションのような暖かい重石とタオルを持参した類がやってきた。


「ほい、んじゃ横んなって。」


「はぁい。」


うつ伏せになって寝転ぶと、まずは腰と背中、そして肩周りに持ってきたゲルマニウムの重石を乗せられた。これにより血行をまずは良くするのだそうだ。


「…あぁぁぁ、既に気持ちいい…。」


「ははっ、まだなんもしてねぇよ。んじゃそのまま10分くらい置くよ。」


「はぁい…。」


仮眠室は文字通り仕事が詰まっている時などにいちいち家に帰って寝なくて良いように設置した部屋なのだが、類の整体をメンバーが受ける時にも利用するので使用頻度は結構高く、設置して正解だった一室である。


「類、ユウキとコータのくだらない話聞いた?」


「ん?なにそれ?」


「あれ、類のとこ行けって言ったのに行かなかったのか。いや、なんか凄いくだらない話を俺んとこにしにきて仕事の邪魔されたって話‪…。」


その説明を軽くしたら類が大笑いしている。


「くっ、…超絶くっだらねぇ。なんなんあの二人仲良しかよ。」


「ねー、仲良いよねぇ。」


「つまりはユウキの朝倉美樹と俺どっちが可愛いかって話だろ?それを余計な脚色つけて話膨らませてるだけじゃん。あー面白い…。でも朝倉美樹ってたしか元アイドルだよな。すげぇ歌下手だったの覚えてるわ。」


それを聞いてへぇ、と思ったのだが、俺はミュージシャンを名乗りながら歌が下手な人間を認めない。


「…あぁ、なるほど歌下手で顔だけで売り出してたパティーンの人か。その人売れてんの?」


「しらん。今グラドルかなんかだろ、たぶん。なんか前テレビで見た気がする。」


「はぁヤダヤダ、男のオカズにしか使われないなんて哀れだよね。」


「毒。もう毒が酷いから。そして失礼だから。ちょっと口を慎みなさい。」


そんな話をしていたら10分ほど経過して、重石が取り払われ肩、背中、腰の整体開始。


「んに"ゃあああぁぁ…、気持ちいい…。」


「気持ちよかろー。瑞貴身体の力抜くの上手いからこっちもやりやすいんだよな。」


「う、うぅ、ぐにゃぐにゃに、なる、」


「ははは。そのまま力抜いとけー。」


整えられながら指圧されているので言葉が途切れ途切れになる。もちろん無痛なので気持ちよさの極み。気がついたらいつも途中で落ちているのだが、今回も例によって寝落ちていたらしく、ぽん、と背中を軽く叩かれたところで目が覚めた。


「…は、寝てた……。」


「はいおはよ。どう?ちょっと起き上がって身体動かしてみ。だいぶスッキリしたと思うよ。」


指示されるまま起き上がって肩周りをグルグル回したり背中を反らしたりしてみるのだが、うん、めちゃくちゃ楽になっている。


「めっちゃ楽…。類さんさすがです。ゴッドハンド……。」


「ははは、それは良かった。んじゃこれで終わりな。」


言いながら片付けをしている類だが、油断大敵である。その首周りに腕を回して引っ張りこんでベッドに2人でなだれ込んだ。


「うわっ。」


「…ちょっとゴロゴロしよ。」


「って、仕事中だけど。」


「いいんだよ、ここ俺のスタジオだしまだそこまでめちゃくちゃ忙しいわけじゃないから。」


「瑞貴がいいならそれでいいけどさ。」


もそもそと2人でベッドに横になり、俺は俺で類の腕枕に頭を乗せてピッタリ密着した。


「はぁ、類にくっついてるといきなり癒される…。」


「俺もよ?瑞貴にくっついてると秒で癒される。」


その後2人で30分程度イチャイチャしていたのだが、仕事は仕事でしなくてはならないために渋々切り上げて仮眠室を出て、各々の持ち場へと消えていった。

そしてその夜の事だ。今日は少し遅くなって19時半頃仕事が終わったのだが、類と2人でスタジオを出ようと玄関を開けようとした時に俺がドアの下に何かが挟まっているのを発見した。


「なんかドアの下に挟まってる。…赤い封筒だ、多分昨日のやつと同じ……。」


「え、マジで?」


それを取って類にも見せたら、難しい顔をして口元に手を当てている。


「不気味だな。…もしかしたら昨日の謎のピンポンも同じ奴かもしれんね。」


あぁ、そういえば昨日帰る間際にインターホンを鳴らされたのだった。結局誰もいなくてそのまま帰宅したのだが、同じ人物だとしたらそれはそれでやはり不気味である。


「なんか心当たりあるか?こういう事してくる奴とか…。」


そう聞かれたのだが、少し思案してみても該当人物が思い当たらなくて首を横に振った。


「ないよ。だからこそ不気味なわけで。…とりあえず帰ってから封筒の中身は見よっか。」


「ん。じゃ帰ろ。」


そのままスタジオを後にし、類の車で帰宅して先に夕飯を作って食べ終わり、その封筒をテーブルの上に置いた。


「んじゃ開けるけどいい?」


「うん。」


昨日と同様、類がハサミで封を切って中身を見たのだが、やはり白紙が1枚入っていて。


「また白紙が入ってら。なんだよ気になるわぁ、なんの意味があってこんな事してんだこれの送り主。」


「なんだろうね、何か俺かメンバーに言いたいメッセージがあるんだろうけど、昨日ウチに封筒が入ってたってことは多分俺か類へのメッセージだよね、これ。」


そう予測して言ったが、類も頷いて白紙を手に持ったまた裏面を見たり封筒の中身を確認したりしている。


「だろうな。問題はなんで白紙なんだって事だけど。何か言いたいことあるならちゃんと書いて寄越して来るだろうし…。不気味なんだよな、姿も見えないし言いたいこともわからんから。」


「そうだね…。」


「どうする?なんか手ぇ打つか?」


「って、何するの?」


「まずは純に報告するだけだな。何かあってからだと遅いし困るから、まだ何も起きてないうちに報告するのも大事だ。」


「わかった。じゃあ俺から社長には連絡しとくよ。」


「ん。」


そこで俺はスマホを手に取りLIMEの社長のトークルームを開きフリックした。




第3話 完

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