第2話
その夜。俺と類が住んでいる家は元々は俺が建てた一軒家なのだが、今は類と住んでいる。3階の部屋にやって来て部屋着に着替えて2人でキッチンに向かい、夕飯の制作をして20時頃には作り終わってしっかり2人とも食べて片付けも済ませ。
「ちょいと瑞貴さんや、今日の新聞どこいった?」
キッチンでの用も終わってパソコンに向かい作業をしていたらそのように話しかけられて、類の方を向いてはて?と首を傾げた。
「知らないよ?今朝類が取ってきたんじゃないの?」
「え、俺今朝仕事行く時しか下に降りてないから新聞に触ってない。だから瑞貴が取ってきてるかなって思ったんだけど。」
「取ってない取ってない。てことはまだポストじゃない?」
「んじゃ取ってくるわ。」
「はぁい。」
そう言った類は静かに部屋を出ていき1階まで降りて新聞を取りに。その間に俺は飲み干したアイスコーヒーを淹れに部屋の隣にあるキッチンへ赴いて冷蔵庫にあるアイスコーヒーの容器を取った。
「あ、アイスコーヒーがもうない。しまったな。作っとこ。」
容器に残り五分の一程度しか残っていなかったためコーヒーをドリップするべく俺のお気に入りメーカーであるデロンギのコーヒーメーカーに豆をセットした。俺は母親と父親の影響でコーヒーにこだわりがあるためホットでもアイスでも必ず豆から挽いてコーヒーを作る。…思えば類と付き合う直前か、ヤツの部屋で飲んだインスタントコーヒーが不味くてげんなりして、次に類の部屋に遊びに行った時にコーヒーメーカーをわざわざ買って持参したのは懐かしい思い出である。普段からコーヒーメーカーやサイフォンでコーヒーを淹れている人間はだいたいが二度とインスタントコーヒーが飲めなくなるというのは誠に正しい。
そんなことを考えながらコーヒーを落としていたら、口に手を当てて不思議そうな顔をした類がキッチンの横を通りかかった。そしてその手に新聞が持たれていなかったのであれ?と思って声を掛けた。
「あれ、新聞取ってきたんじゃなかったの?」
「あ、瑞貴。いやポスト見てきたんだよ。そしたらないんだよ。そんでその代わりこの真っ赤な封筒がひとつだけ入ってたから持ってきたんだけど…。」
「封筒?なにそれ、差出人誰?」
「書いてないんだよ。」
…え。差出人不明?なんだその封筒怪しいな。コーヒーをドリップするのにはまだもう少し時間がかかるのでそのまま放置しておき、2人で部屋に戻ってテーブルに座ってその封筒とやらを置いて。置かれたそれを手に取った俺が類を見て訊ねた。
「これ?」
「うん。」
「…怪しい……。あからさまに怪しい…。なんだよ差出人不明の真っ赤な封筒って。まさか殺人予告とか入ってないよね。」
「あとはベタな所でカミソリの刃とか。」
「こっわ。とりあえず開けて見ないことにはだよね。」
「待て待て、ほんとにカミソリの刃入ってたらピアノ触るおまえはヤバいから俺が開ける。」
そう言った類が封筒を手に取って、テーブルの上のペン立てに刺さっているハサミを取り出して丁寧に封筒を切っていき、ハサミを静かに置いた。
「…なんか紙入ってんな。」
封筒をぱか、と開いて中身を覗いた類がそう言って、もしカミソリの刃が本当に入っていたら危険なので注意しながらその紙を取り出した。
それを広げてみたのだが、ただの白紙である。
「え、白紙だけど。」
「白紙だね。他になんか入ってないの?」
「入ってねぇな。カミソリの刃とかも別に入ってない。」
…なんだなんだ、不気味である。この差出人不明の謎の封筒と真っ白の紙に一体なんの意味があるのかサッパリわからないが、ただただ不気味である。
「…とりあえずなんかあった時に困るから一応置いとくよ、この封筒と紙。」
「ん。どこ仕舞えばいい?」
「請求書関連が入ってるとこに一緒に入れといてくれたらいいよ。」
「あいよ。」
封筒を仕舞いに立ち上がった類がカラッと笑いながら言った。
「どーせこの辺に住んでるファンの仕業じゃね?前にもよくあったじゃん、差出人不明ではないけど変なファンレターみたいなのが投函されてたこと。」
「…ああ、確かにそんな事もあったね。最近じゃユウキのおかげでそういうのも無くなってたんだけど。」
ユウキのおかげで、というのは何かと言うと。実は俺の専属ベーシストでありINNOCENT WHEELのベーシストであるユウキは可愛い顔をして俺と同等かそれ以上に辛口毒舌マンで、マナーの悪い人達やファンに向けてSNSで『俺はマナーがなくモラルのない人間が嫌いです。どのくらい嫌いかと言うと言ってる人の住所氏名特定した上でSNSで晒しあげたいくらいには嫌い。なのでみんな気をつけようね( ¨̮ )』という恐ろしすぎる文章を投稿した事があるのだ。それも数回。それにより俺やINNOCENT WHEELのファンというのは非常にマナーを重んじるとても行儀のいい集団と成り果て、良いファンの見本市みたいな事になっているのだ。そのユウキの発言が無かった時は自宅にファンレターが直接届く、出待ちされる、入り待ちされる、自宅やスタジオ近辺に張り込みされるといった事が絶えなかったのである。
そこまで思考を巡らせてハッとした。
「…あ、コーヒードリップしてる途中だった。」
「俺やっとこうか?」
「いいよ、大丈夫。ありがとね。」
笑顔で類にそう言って再びキッチンに消えてコーヒーを大量にドリップし終わり、容器に移し入れ冷蔵庫に入れておいた。面倒なのだが美味しいので手間は惜しまない。
「なぁ瑞貴さんよ。」
「ん?」
パソコンに再び向かって作業を進めていたらまた話しかけられて振り向いたら、類が半目で腕時計をピッピッと指さしていて。
「そろそろ23時。もう仕事はいい加減やめといて風呂ってこい。」
「まだちょっと残ってるんだけど…。」
「ダメ、ホントなら家で仕事絵する事でさえやめさせたいのに。」
このまま続けたら類に本格的に叱られてしまうのでそこで作業を止めて風呂に入り、とは言いつつ俺はカラスの行水なのでおよそ15分程度でいつも上がるのだが、上がって顔の手入れを済ませ髪の毛を乾かし終わって部屋に戻ってきた。
「ただいま。」
「おかえりー。」
「さて、仕事っと。」
「待て待てコラ。ダメ、仕事すんなら俺の相手して。」
そう言いながら俺の先回りをしてパソコン前に陣取られてしまい、こうなるともうお手上げである。類の巨体を退けられるとはさすがに思っていないので、諦めた。
「俺の相手してって、毎日相手してるじゃん。」
「ここ最近ずっと仕事忙しいからって瑞貴に無視られてるもん。仕事すんのはいいよ、仕事だからな。でも没頭しすぎなんだよ。なんだよ自宅で寝てる時と飯食ってる時以外パソコンに延々と向かってるって。そろそろ拗ね出すからな。」
「もー、仕方ないなぁ…。」
やれやれとため息をつきながら類の所へ歩いていきその大型ワンコの顔を両手で包んで持ち上げてニコリと微笑んでやった。
「…類は滅多にわがままや自己中な事言わないから、そうやってたまに言ってくれるのは俺は嬉しいんだよ。」
言って顔を近付けて傾け、触れるだけのキスを何度も繰り返していたら、俺の後頭部に手を当て頬に手を添えた類のリードに切り替わった。
「………、」
「………。」
中腰で若干腰がしんどいので数十秒程度で切り上げて離れたらそれを受けて類も立ち上がって、2人でテーブルに移動するなり類に引き寄せられて至近距離から見つめられて言われた。
「……最近ちょっと放置されすぎで俺がつらいので今日は抱きます。」
「え、勘弁してよ。せめて休み前の明後日に、」
「無理だよ?」
「え。」
俺の言葉を遮って無理、とキッパリ言い放った類は至って真面目な顔で更に顔を近づけてきて。
「たまには瑞貴さん補給しないと俺は元気なくなって萎れるし瑞貴も萎れてテンション下がるくせに。」
「………。」
黙っていたら瞳を薄くした類が口元に笑みを浮かべて耳元で囁いてきた。
「…ふん?いいよぉ?今のうちにイヤイヤしときな、鳴かすから。」
「………。」
「あっ照れたかわいい。ははっ。」
「うるさい。」
そんな訳で俺はその後類の宣言通り鳴かされたわけだが、類は1回が長い上にいじめてくるので俺は嫌でも鳴くし泣かされる事になる。それでも決して無茶は強いて来ない類の抱き方は俺には酷く心地がよく安心できるもので、いつだって委ねていたいと思えるのだ。優しい夜伽の時間も終わり時間を見たら日を跨いで1時半過ぎ。
「そろそろ寝るか。」
「うん、体力使ったから既に眠い。」
「あははー、よく寝れていいじゃん。んじゃ電気消すよ?」
「うん。」
リモコンで照明を落としていき、程よい暗さに設定したあと腕枕し直して来た類は俺を抱き締めて触れるだけのキスをして笑顔を見せた。
「おやすみ。」
「おやすみ…。」
なんて幸せなんだろう。安堵感が半端ないので俺は毎日幸せだなと思える。その安堵感こそ類が齎してくれるもので、俺にとっては宝石のようにキラキラした毎日なのだ。今日もそれらを噛み締めて2人で寝落ちた。
第2話 完
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