Night Hawks〜Life is strange編

AZCo

第1話

「コータ、ちょっといい?」


今日も今日とてスタジオでの作業中、ギターの事で質問があったためギターブースへ赴いてコータに話しかけようとしたのだが、本人は肩からギターを引っ提げ、物凄い難しい顔をしてボコボコのアルミ缶に片足を乗せて一点を見つめていた。


「…コータ?おーい?」


そこでハッとしたコータが俺を見てヘラッと笑顔を向けてきた。何か意識が遠いところに行っていたらしく、現世に戻ってきた本人は至って普通にヘラヘラしている。


「ごめん考え事してた。なに?」


「あ、いやちょっと質問があってきたんだけど。てかコータの考え事ってなに?普段あんまりなんにも考えてなさそうなのに。」


「俺だって考え事くらいするけど失礼過ぎない?」


ーーー俺は由良瑞貴、現在21歳のミュージシャンである。今日は約1ヶ月後に控えたドームツアーを前に、ライブ用に楽曲の再構成、及び仕上げをしている途中だ。既成の音源だけをライブに持っていっても盛り上がらないので、ミックスの変更を取り入れたり長さを変えたり、はたまた新しい音を収録したりして再編成する必要があるのだ。こうする事で最高に盛り上がるライブを作れるのだが、正直ライブより普通にスタジオで音作りしていた方が楽しい。俺は類達と違い完全に裏方人間とも呼べる人間なので、別に日の目を見ないならそれはそれで構わないのだ。だがまぁ俺たちにも世界中にファンがいるためちゃんと巡業しておかないとそのファンが着いてこなかったりもするので、お仕事というのはやはり大変なのである。

コータへの質問を終えてブースを出てミキシングルームへ戻ろうとしたら、キッチンの方で類と杏果が何が騒ぎ散らしている。類は俺の恋人だが特に説明は不要だとして、杏果というのは現在20歳の女性で、俺が以前こっ酷い別れ方をしてダメージを食らわされた元カノの妹である。ちょっとした縁があってこのスタジオキーパーとして働いてくれているのだ。


「ちょっと腹立ったくらいで人様にコーヒーぶちまけて来んじゃねぇよこのヒステリー女。あー冷てぇ…。ったく気に入ってたTシャツなのに何しやがんだよ。」


「誰がヒステリーよ、私は至って冷静だわ。類が私の作ったカレーにチョコなんか入れるからキレてるんじゃないの。どうするのよ溶けちゃったじゃない、今すぐカレーの中に手ぇ突っ込んで溶けたチョコ回収してっ。」


「無茶苦茶な事言うな俺に火傷負わせる気か怖ぇ女だな。あとな、別にチョコも無意味に適当に入れたわけじゃねぇよ、ちょうどタイミングよく俺が食べてて杏果がカレー作ってっから入れたんだよ。それが隠し味になるとも知らずによくもまぁ突然コーヒーなんかぶっかけられるわ恐ろしい。」


「嘘はつかない事ね、カレーになんで甘いものが隠し味になるのか具体的に説明しなさいよ。」


…なんだかとてもくだらないことで言い争っている気がする…。まぁ類と杏果は犬猿の仲というか、しょっちゅうくだらない事で主に杏果が類に突っかかっているので、もううるさいのも俺は慣れたが。

キッチンの方向へトコトコと近づいて行って顔を出して2人に話しかけた。


「…2人とも何騒いでんの?チラッと聞こえたけど類がカレーにチョコ入れたって?」


「あっ。瑞貴ぃ、助けてくれよこの女が俺の親切に変な因縁つけてくる。」


俺を見るなり助けを求めて近くに寄ってきた類だが、俺より11個も上なのになんだかんだとワンコみたいで可愛い奴である。さてさて、類は全面的に正しい事をしているので今回は杏果に一言言わねばなるまい。


「杏果、非常に申し上げにくいんだけどね、実はカレーにチョコは正解だよ。少しだけ入れてやるとコクが出て美味しくなる。」


「うそぉ!?初めて聞いたよ!?」


目を皿にして驚愕しているのだが本当の事だ。この手の問題がよく発生するので、杏果は料理に関する知識を頑張って増やしていただきたい所である。とは言っても普通に作る分には杏果自体料理は上手いし、味も美味いので特に問題は無いし文句も無いのだが。俺の横でパリパリと板チョコを食べながらピッと指を差して杏果にアドバイスを送る類。


「チョコだけじゃないからな、コーヒー、醤油、ケチャップ、ウスターソースなんかも隠し味になる。 別に入れなくても市販のルーってそれだけで完成されてるから美味いんだけど、ちょっと入れたら更に美味くなるというやつだ。」


補足説明で類がそう言うと、ムスッとした杏果が使ったと思われるカレールーの箱を見ながら言った。


「知らなかったんだもん、仕方ないじゃん。次から参考にさせて頂きますよぅ。」


少し拗ねている杏果を軽く笑い飛ばして、類は腕を組んでそれを眺めて。


「はは、是非そうして。でも杏果のメシ美味いよ?まぁ瑞貴の料理が1番美味いけど。」


「瑞貴と比べないで頂きたいものだわね…。」


…この問題はどうやら解決したらしいので俺は俺でキッチンから立ち去って自分の巣に戻ろうとしたら、後ろから類が着いてきた。なので先程の事を反芻しながらちょっとだけ注意した。


「類、あんま杏果いじめちゃだめだよ?からかいがいがあるのはめちゃくちゃわかるけど。」


「いじめてねぇよ、ただ単にアイツが勝手にプリプリしてるだけで俺は一切いじめてねぇしむしろ優しくしてやってると思うけどな?それより見ろよ、ちょっとチョコ入れただけなのにアイツボトルのアイスコーヒー全部俺にぶちまけやがった。上から下までびっしょびしょじゃん。なのにヒステリーじゃないとはこれ如何に。」


「…災難だったねぇ……。仮眠室か整体室に着替え置いてるんじゃないの?」


「置いてる置いてる。ちょっと着替えてからドラム練再開するわ。んじゃまた後で。」


「うん、また後でね。」


そこで類とも一旦分かれてミキシングルームに戻り作業を再開した。

この日は主に俺の作業がメインになるため、メンバー達にそれほど顔を合わせるタイミングもなく時間は過ぎていき、夜18時を過ぎた頃に類がミキシングルームへやってきた。


「おーい、そろそろ上がろうぜ、みんなもう帰ったぞ?」


「…ああ、そんな時間か。了解、片付けるから先に休憩室行ってて。」


「なんか手伝おうか?」


「大丈夫、ありがとう。」


…類とは出会ってからかれこれもう7年近くになるのだが、相変わらず良い奴である。俺が17の時から付き合いだしたが、類がひたすら穏やかで優しいので、それに俺は日々支えられて今もずっと関係は続いている。


「…っし、あと機材類電源オフって終わり。」


パチパチ、と機材類の電源を切っていき、だいたい片付いたのでリュックにノーパソ2台とiPad Pro、それと大量のスコア類、筆記具をまとめて入れてファスナーを締めて背負ってミキシングルームを出た。


その時だった。


キンコーン、とスタジオの来客を告げるインターホンが鳴り響いたのだ。


「ん?なんだこんな時間に、誰だろ。誰からも連絡きてないし…。」


とりあえず先に休憩室へ移動して荷物を降ろしてからだと思い足早にそこへ向かい。


「あ、瑞貴。誰か来てるっぽいけど、誰が来たん?」


「わかんない。誰からも連絡は来てないし…。」


思いながら休憩室に備え付けてあるインターホンの受話ボタンを押した。


「はい、Alpha studioです。」


すると向こう側からは何も聞こえてこず、ただの沈黙が流れた。


「………?もしもし?どなたですか?……おかしいな、出ない。イタズラかな?」


「えぇぇ、このスタジオにイタズラとか勇気あるぅ。ここの主めちゃくちゃ恐ろしいのに。」


「なんか言った?」


「いえ別に。」


類の言葉に笑顔でツッコミを入れて置いたら即座に首を横に振ってきた類だが、はて、本当になんだったのだろう。


「はぁ、まぁいいや。帰ろ、類。」


「ん。腹減ったー。」


「はは、じゃあ昼間の残ってるカレー食えば?」


「おいやめろ、あれはあれで美味しかったけど俺は瑞貴のご飯が食いたいの!」


「あははは。」


軽いやり取りをしながら出入口に向かい、一応玄関前にある合計15台の監視カメラを見るモニターでチェックをしたが誰もいなかった。


「…んー、誰もいないね。」


「やぱイタズラかね?人影がないなら帰ろ。」


「うん。」


この時俺も類もまだそのは危険を察知していなかったのだ、これはただの前哨でこれからどんどん酷くなっていくという事に。

この仕事をしていて危機感がないと言えばそれまでだが、日々過ごしていくうちに油断というものは必ず生まれ出てくるもので、今回それを痛いほど思い知らされる事になる。



第1話 完

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