出会い編 第4話

車の中でも色々話しているのだが、瑞貴くんの毒が冴え渡る冴え渡る、もう斬れ味が凄くて俺はずっと軽く引いている。なるほどコレが塩の結晶と呼ばれる所以かと納得してしまった。


「社長聞いてよ。」


「ん?なに?」


「俺彼女出来たんだよ。」


「おぉ、また新しい彼女出来たの?」


「うん。けど例によってまた俺の与り知らぬところでいつの間にか彼女って事になってたらしくてあんま知らないんだよその彼女?とやらの事。」


…なんだそれ、そんな事起きるのか。思って突っ込んでしまった。


「与り知らぬところでって。そんな突然降って湧いたみたいな事ないだろ。」


「そう思うよね?だけど事実でさ、高校で俺からするとあなた誰?のレベルの子が次々彼女になってるんだよ。俺興味ないしそもそも学校にすらあんま行かないのに連絡先も交換してないからまともに相手してなくて、そしたらいつの間にか消え去ってるという…。謎過ぎない?なんで告るとかそういうのがないのにいつの間に彼女になってんだろう。」


「いや俺が聞きてぇわ。え、告白するとかされてもいないのに付き合ってる事になってんの?」


「うん。だから俺の記憶にない彼女?が多分20人くらいはいる。」


その人数を聞いてお茶を盛大に吹き出した。


「ゲホッ…、20人て。そんなの振ればいいじゃねぇか、興味無いのに付き合ってる方が失礼だよ?」


「いや…、最初は丁寧に断ってたんだけどだんだん面倒くさくなってきて、最近は物凄い性格悪いなとは思うけどけどズバッと『顔?金?どっち?』って聞くようにしてる。じゃないと永遠に…。でもそしたら勝手にいなくなってるのはいいんだけど新しい彼女?がまた早々に出来てて最早どうしたらいいのか俺にもわかんなくて。」


「…ひ、酷い対応の仕方だな…。モテる男にしか許されない言動だよ?それは。しかしなるほどスーパードライ…。」


若干15歳で20人もの元カノがいる時点で頭がおかしいが、そのうち肉体関係に及んだのは一体如何程の人数がいるのかが気になり、ゲスいが聞いてみることにした。事によっては遊び人認定をしなければならない。


「その20人の中で何人とやったの?」


聞くとめちゃくちゃ露骨に嫌そうな顔を向けられたが渋々と答えてくれた。それによると、


「え、…ひとり?」


だそうで。


「ひとりぃ?うっそだぁ〜、20人もいて1人としかしてないってこたねぇだろ。」


「だって事実だもん。そんなホイホイ変わる彼女相手にヤリたいと思わないよ。そういうのは違うじゃん。大体にして俺はそんな事考えてもいないんだし。彼女とかより俺はピアノ触ってたいし。」


「へぇぇ、大人ぁ。」


「もうこの話題やめる。類さんが無粋すぎる。」


「あはは、ごめん。つい気になって。」


そんな話をしているうちに俺の方の緊張もかなり解れてきた。途中少し混んでいたようで30分ほど走っただろうか、純が俺たちの会話中に割り入ってきた。


「ちょっといいですか?多分あと5、6分で瑞貴のスタジオに到着します。」


「お、いよいよ。」


荷物自体はショルダーバッグに纏まっていてひとつなので手持ちの物は他にない。数分後、緩やかに停止したリムジンのドアが運転手によって開かれ純が手荷物をまとめながら言った。


「類さん到着です、降りましょう。」


「ん。」


促されたので俺が先に出て目に飛び込んできた建物にド肝を抜かれてポカンとしてしまった。


「うわ…。凄いな、真っ赤だ…。」


「あはは、いい色でしょ?」


そう、目の前に現れた瑞貴くんのスタジオとやらが外壁の全面が深い赤で統一された変わった形状をした建物だったのだ。


「…な、なるほど、純が建設に関わっただけあるわ。これはカッコイイ。」


素直に賛辞を寄越して拍手をしていたら瑞貴くんも純もドヤ顔をしていてちょっと可愛い。


「さて、中へどうぞ?」


そこからは瑞貴くんが先導してスタジオの中へ入ったのだが、なんだここ、めちゃくちゃ広い。


「…なんか広すぎない?小さめの公民館くらいの大きさあるよねここ。」


「うん、完全にここで何人か生活出来るくらいには色々揃ってるよ。仮眠室とかキッチンとか色々ある。」


「すげっ。」


今日はスタジオ見学では無いので通過しただけだが、それにしても広い。やがてある部屋で立ち止まった瑞貴くんがドアを開けてこちらを見た。


「どうぞ、入ってください。」


「はーい。」


恐らくは応接室的な部屋に通されて、指定された場所に座ってしばらくしたら瑞貴くんが3人分のアイスコーヒーを持ってきた。


「さて、ここで少し話して落ち着いたらテスト始めるよ。」


「んおぉ…いよいよか。」


「あはは。」


せっかくここまで来たのだから全力は出し切りたいし、その上で判断してもらいたいと今は思える。こういう機会は純が持ってきてくれなければ俺には恐らく一生無縁だったと思うし、良いチャンスだ。ダメで元々、だけどやるからには取りに行く。


「類さんは普段どこのドラム使ってんの?」


「ん?YAMAHAだよ?」


「そっか、YAMAHAなんだね。」


「なんで?」


「いや、特に深い意味は無いよ。ここに置いてるドラム2つあって、pearl(パール)とZildjian(ジルジャン)があるけどどっちでテスト受けたい?」


Pearlのドラムがあるのか。PearlといえばYAMAHA、TAMAと並ぶ三大ドラムメーカーである。でもここでうっかり欲を出して下手なドラムを聞かせるわけに行かないので触れたことのあるZildjianで行こうと思った。


「Zildjianで受けるわ。」


「わかった。」


「Pearlのドラムも1回触ってみたい気はするけど触ったことないからどんな感じかもわからんし、それなら何回か触ったことのあるZildjian選ぶよ。…ふん?かかってこいよダメ元だろうが叩いてやる。」


ニヤッ、と笑って言うと瑞貴くんの目が一瞬スッと冷たくなった気がしたのだが、…気のせいだろうか。


「テスト受けれるって状態になったら言ってね、始めるために説明するから。」


瑞貴くんはそう言うのだが、既に準備は出来ているしもう早く開放されたいので説明を受けることにした。


「もう説明してくれていいよ、準備は出来てる。」


「そう。じゃあ説明するね。」


そう言って瑞貴くんはテーブルの上に置いてあった数枚の紙の束を手に取った。


「今から俺が類さんにドラムテスト用のスコアを渡します。それ自体は俺が書き下ろしたドラムテスト専用のスコアだけど、技術、強弱、スネアやタム、シンバル類、全部含めて決められた箇所を正確に叩けているかなどを見ます。もちろん表現も見るのでそのつもりで受けてください。」


「え、わざわざスコア書き下ろしてくれたの?」


ドラムテストの内容というか、どういう部分を見られるかについては予想していたので驚きは特に無いのだが、てっきり既存の曲か彼の曲のドラムを叩くのだとばかり思っていた。ニコリと笑顔を浮かべて頷いた瑞貴くんは話を続けた。


「その辺に転がってる楽曲を叩いてもらってもつまらないから、それならテスト用に書いた方がテスト要素詰め込めるでしょ?」


「なるほど。」


「ただし、」


「ん?」


そこで言葉を止めた瑞貴くん。なんだなんだ。思って見たらニヤリと笑みを深めた彼が口元に軽く手を当てて。


「スコアを見ての演奏は許可しません。」


「は?じゃあどうやって演奏すんの?」


「5枚のスコアを今からお渡ししますが、それを暗譜していただきます。」


「え。」


「暗譜。5分で。」


「ご、」


「テスト中に暗譜が出来ておらず演奏がストップした場合も脱落です。」


「………。」


「異論は認めません。出来ないならそれまで。自信がないなら今のうちにどうぞお帰りください。」


言った瑞貴くんは手のひらをスッと出入口に向けて『出来ないなら帰れ』と示している。しかし5枚のスコアを5分で暗譜?それだと1枚につき1分しか与えられてないじゃないか。初見流し読みで記憶しろと言っているのと同じだ。驚いた純もギョッとしている。無茶苦茶な要求すぎて反論してやろうかとも思ったがとりあえずそのスコアとらを見ない事には何も始まらない。なので目を閉じて息を吸い込んで吐き、パチ、と開いた。


「了解、…5分で暗譜ね。」


「あれ、無理だ出来ないとか言わないんだ。」


「言って欲しいのかよ。」


「いや?別に。」


別にってなんだ、別にって。まるで無理だから辞めればいいのにと言わんばかりの態度である。少々カチンと来たので鼻で笑っておいた。


「へっ、名門校首席卒の暗記能力舐めんなよ。きっちり5分で暗譜してやるわ。」


そう、ここまで来たのだから俺は引き下がる訳には行かないのである。宣言したからには威信にかけて暗譜してやる。それに俺は暗記が得意だ。久しぶりに超集中して暗譜してやろうではないか。その偉そうな鼻っ柱をへし折ってやる。


「そう。じゃあスコア渡すね。…はい。」


裏返しのまま手渡されたスコアをまだ表にはせずに膝の上に置き、余裕綽々の顔をしてうっすら笑みを浮かべているクソ生意気なミュージシャン・由良瑞貴の顔を見据えた。

瑞貴くんは腕時計を見て静かに言った。


「…30秒後暗譜スタート。その5分間、俺や社長は邪魔にならないよう喋らないし動きません。」


「………。」


「……5、4、3、2、1、スタート。」


スタートと同時にスコアを表向きにして見た。内容については何も言わない。感想や意見より前にまずは暗譜である。一気に針に糸を通して行くような深い集中をし、黙々とスコアを頭に入れていく。

…が、だんだん厳しくなってきて完全に頭が混線したのは3ページ目に差し掛かってからだった。

なんだコレ、何このスコア?無茶苦茶なのは瑞貴くんの言葉ではなくこのスコアだ。変拍子が入り乱れなおかげでリズムが取りづらい上、その変拍子自体も2小節ごとくらいでコロコロと様々に変わり長く続くし難易度がバカ高い。ハッキリ言って5分で覚えさせる気が全くないと言っていい。


「………。」


だがまぁやると言ったからにはやる。実際に叩きながらスコアを頭に入れていくという事が出来ないため本当にぶっつけ本番にはなるが、やれる事はやる。ここに来て諦めたくないという気持ちがふつふつと湧いて出てきたのだ。

変拍子の中に入り乱れるものすごい量の音符に惑わされそうになるが、それに振り回されずにひたすら『音』『数字』として暗譜していく。それが目に見える情報な以上は必ず暗記は出来る。刻一刻と過ぎていく限られた5分という時間の中、着々と暗記をして5枚目。最終フレーズまで頭に叩き込んだその瞬間。


「5分経過。スコアを畳んでください。」


「っふーーー…。」


パサ、とスコアを裏向けにして大きく息を吐いた。久しぶりに脳をフル回転で酷使したと思っていたらニコニコしている瑞貴くんが俺に問うてきた。


「どうですか?覚えられました?」


「………。」


このクソガキ…。腹は立つが気を鎮めて淡々と思ったことを言った。


「なんとか覚えたよ。」


「…え。」


「"え"って何?何驚いた顔してんの?俺が5分で覚えられるとは思ってなかった?というか覚えさせる気なんて初めからなくてただ脱落させるためだけに書いたスコアなのに、って思った?」


「………。」


俺が鼻で笑いながらそう言ったら一瞬にして冷えた表情になった瑞貴くんが俺を睨んできた。


「だよな、どう考えても5分で覚えさせる前提で書いたスコアじゃないもんこれ。無茶苦茶すぎる内容だし1時間あっても暗譜できない人はできないと思うよ。叩けるか叩けないか分からない超絶技巧を求めて来るのは別にテストだからいいとして、こんなバカなスコアがあるかよ。はっ、噂に違わず意地悪だわ瑞貴くん。」


「…別に、なんとでも言ってください。ではドラムテスト開始しますのでどうぞこちらへ、俺に着いてきてください。」


俺の言葉はスルーして冷たい顔のまま立ち上がった瑞貴くんが先に部屋を出た。残った俺は純を見た。


「…初めから俺にこのテスト受からせるつもりないよ、彼。」


純はとても難しい顔をしていて、言葉に詰まっているように見えた。


「……、」


「じゃなきゃあんな無茶なスコア5分で暗譜しろなんて言わない。どういうつもりであのスコアを用意したかは分からんけど、完全に舐められて冷やかされてる気にしかならんよ。」


「…遊び半分でこういう事するような子じゃない、はずなんですが…。」


「さぁな。俺はその辺はわからんから何も言えねぇけど…。とりあえずやれる所までやってくるわ。覚えられたのは覚えられたし、これが意味の無いテストだったとしても俺の経験値にはなるから、前向きに受けてくる。」


そう言って部屋を2人で後にし、外で待っていた瑞貴くんの後ろについて廊下を歩いた。


…由良瑞貴。ハッキリと申し上げて俺はコイツが好きではない。好意度合いが一気にマイナスにまで下がったと言った方が正しいか。ちゃんと覚えさせて叩かせるつもりもテスト自体に受からせるつもりも毛頭ないスコアを用意して手のひらで転がして笑うつもりなのか何なのかは知らないが、だとしたら性格が悪すぎるし性根が曲がり過ぎている。スコア自体の内容をとやかく言うつもりはないし、超絶技巧ではあるが叩けない内容ではないと思う。ただし練習をする時間を与えられているなら、の話である。あのスコアで暗譜は5分、練習もなし。それでドラムテストだと?コイツがなんのつもりであんな無茶なスコアを用意したのかはわからないが、5分で暗譜はほぼ不可能だしよしんば出来たとしてそれがその通り叩けるかと聞かれたらそうでは無い。暗譜させる気がないものを最初から提示してくる理由はもう至ってシンプル。専属ドラマーを募集してはいるが、俺にそれを任せる気などハナからない。だから目の前でふるい落して笑う為に5分で暗譜しろという無茶苦茶な事を言っているのだ。ふざけ倒せよ、人を舐めているにも程がある。


やがて通された一室は結構広く、真ん中にZildjianのドラムが設置されていた。


「あれ?ドラム2つあるって言ってなかった?」


聞き間違いでなければPearlのドラムがあるはずなのだが、ここにはZildjianのものしか置いていない。


「あぁ、Pearlのドラムはまた別のブースに置いてるよ。準備してもらっても?」


「OK。チューニングはしてある?」


「してあります。」


「りょうかーい…。」


言われるままドラムに向かい椅子に座ってスティックを軽く握って首をコキコキ鳴らして瑞貴くんを見た。横にいる純がハラハラしているという感じで俺と瑞貴くんを交互に見ている。


「じゃあ始めてもいいかな?」


「どうぞ、いつでも始めてください。」


「ん。」


いよいよドラムテストの始まりである。

俺が『覚えさせる気がないだろう』と指摘をしたら態度をコロッと変え冷えた表情になったあのクソガキをギャフンと言わせてやる。覚えさせる気の全くないスコアを覚えただけでも褒めてやりたいところだし、正確に叩けなくともこのクソ生意気なお子様に俺の意地というものは伝えられる。


BPMカウンターでスコア指定通りの138を設定して8拍聞いてから止め、ドラムスティックを握り直し一息吸ってから腕を振り下ろした。



第4話完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る