出会い編 第3話

「あれ、類さん?もしもーし?」


キラキラ眩い瞳で俺を見てくる由良くんからまんじりとも目を逸らせず黙ったまま見つめていたら、横に立っている純が俺の目の前で手のひらをヒラヒラと振って、そこでようやく現実に戻ってきた。


「はっ。ごめん由良くんに見入ってたわ。」


「あはは、気持ちわかります。いちいち眩しいですよね。」


「うん、なんかあんまりにも色んな意味で驚きの白さだもんだから白の魔法使いかと。すみません由良くん。ん?由良さん?どっちで呼べばいいですか?」


純と話している時は由良くんだし、でも本人と俺は初対面なので由良さんと呼ぶべきか若干混乱していたら、少し困ったように笑った由良くんがショルダーバッグを手に持って移動しながら静かに言った。


「どちらでも構いません。というか俺は類さんよりだいぶ年下ですから瑞貴でいいですよ?あと敬語も要りません。俺も敬語やめるのでフランクに話しましょう。」


おぉぉ…、なるほどこれか、由良瑞貴の落ち着いた物腰とは。15歳でこれはなかなか出来ない芸当だ。


「そう?じゃあ瑞貴くんて呼ぼうかな。それでいい?」


敬語も必要ないと言われたので遠慮なく普通に話したらニコリと微笑んだ彼が首を傾げて答えた。


「じゃあ俺は類さんて呼ぶね。」


「…うわ、なんかめっちゃドキドキする。天下の瑞貴くんと顔つき合わせて会話してる自分が物凄い不思議。」


「あははは。…あ、社長どこ座ったらいい?」


笑いながら俺の横を通り過ぎてそう訊ねると純が自分の隣の席に案内して、促されるままそこにゆったりと腰掛けた瑞貴くんがやっぱり後光でも差してるのかと言わんばかりの眩しい笑みを向けてくる。


「…さて、じゃあ役者も揃ったことですし。類さんのドラムテストも含めて3人で色々話しましょうか。」


場を仕切っている純がニコニコしながらそう言い、瑞貴くんの頭にぽん、とその手のひらを乗せた。


「もう軽くお互い自己紹介は済みましたが、彼が僕のお気に入りでEMPIRES FIELDの筆頭となるピアニストの由良瑞貴くんです。」


「改めまして、由良瑞貴です。今日はどうぞよろしくお願いします。」


ぺこ、と頭を下げてきた瑞貴くんにつられて俺も頭を下げたが、なんというか瑞貴くんの空気に呑まれそうになる。何かフワフワ不思議な空気を纏っているのだ。テレビや雑誌では少なくともこんな空気を纏っているなんて絶対分からない。どういう空気かと聞かれたら困るのだが…。


「で、このでっかいお兄さんが僕の斡旋したドラマーの神王子類さん。」


「改めまして、ドラマーの神王子類です。お忙しい中お時間取らせてしまい申し訳ありませんが、今日はどうぞよろしくお願いします。」


頭を下げた俺が顔を上げると、じっと俺を見ている瑞貴くんが軽く握った拳を口元に当てて言った。


「しかしほんとにデカいね、類さん。」


「はは、よく言われる。」


「何食ったらそんなでかくなんの?タケノコ食いすぎた?」


冗談か真剣なのかはわからないがタケノコはちょっと面白くて笑ってしまった。


「ふは、タケノコって。…なんでだろうな、俺ん家の親両方ともそんな身長あるわけじゃないから遺伝でもないし。突然変異?」


「突然変異とか。俺も身長欲しい…。」


「って瑞貴くんまだ15歳だろ?170くらい身長あるよね?」


「うん、171cm。」


「その歳でその身長は十分高身長だと思うし成長期だろうし、これからまだ伸びると思うよ?」


言うと目線を上にやった瑞貴くんはそうかなぁ、と呟いている。うーん、なんというか不思議な雰囲気だ…。


「類さんは、」


不思議だ不思議だと思っていたら不意に名を呼ばれたので瑞貴くんの方を見たら、ピアニストゆえのその長い指を脚の上で組み合わせ俺に問い掛けてきた。


「うん?」


「類さんはなんだか俺が今まで見てきたミュージシャンとちょっと違う感じがする。」


「…え、そんなの初めて言われたけど。違う?って何が?どこが?どのように??」


頭がハテナでいっぱいの状態で聞き返したら、コテンと首を傾げた彼が笑顔でズバッと言った。


「うーん、なんていうか俺に媚売らないその感じ?」


「…それは、褒められてるのか貶されているのかどっちかな…?」


「褒めてるよ?だって俺の周りの人って俺に媚び売る事しか考えてなくて、敬語やめてって言ってもやめないし俺の機嫌を常に取ってくるし、ヘコヘコしてばっかで面白い話のひとつもしないから話しててつまんないし。」


「め、めちゃくちゃ毒吐くじゃん…。」


「…気を遣わなくていいのに蝶よ花よと持て囃してばっかでさ。こっちは実のある話がしたくても相手がそんなんでただのイエスマンだからお話にならないし。俺はただ普通に話がしたいと思っていても相手にその気持ちがないと言うか、子供相手なのにぶつかって来ないというか。」


「そ、それはまぁ、仕方なく無い?だって瑞貴くんデビュー当時から一気にクラシック界を揺るがして以来ピアノでワールドツアーまでしててクラシックにもポップスにも通じるアーティストだし、相手も萎縮するのはあると思うけど…。あとこれ言っちゃダメなのかもしんないけどそのスーパードライソルトのせいで怖がられてるのでは…?」


これは言ってはならないことかもしれない。が、もう言ってくれ突っ込んでくれと言わんばかりの瑞貴くんの話の内容に我慢が出来ずにそう言ったら、ペカッと満面の笑みを浮かべてサムズアップをしてきた。

え、ここは気分を害する所では…?


「うん、それハッキリ言う人居なくて凄い新鮮。ね、社長。」


「そうだねぇ。瑞貴の周りでは瑞貴に直接そんな事言う人はたしかに居ないかも。類さんさすがですね、初対面で由良瑞貴にそんな事言える人って実はいないんですよ?」


け、貶されてるのか褒められてるのかどっちだ!純にまでそんな事を言われてますます混乱していたら、瑞貴くんがふわりと微笑んだ。


「類さん大丈夫だよ、俺はそう言われた所でそんなことで人を見ないし判断しない。俺がそう思われるような事してるんだから当然なんだよ。だから思ったことは言ってくれていい。」


「…瑞貴くん、実はサバ読んでたりするって事はないよね?」


「え。」


「なんか15歳と話してる気にならん。もうちょい年上の人間と話してる感じしかしなくて。これだわさっきから俺が感じてる妙な違和感。」


「…えー、と。」


違和感、と言われて今度は瑞貴くんが困ってしまっているようで、ここはちゃんと話しておいた方がいいと思いそのまま話した。


「サバ読みはないだろうけど、俺が15の時こんな大人びた対応出来なかったしもっとアホだったし、周りの同級生とかも皆一様にアホだったと思う。」


「ア、アホって。」


「だって15歳なんて言っちゃ悪いけど猿と一緒だよ?思春期真っ只中で自分の欲求や願望にひたすら忠実で大人の言うことなんか我関せずで聞きやしないし、なんなら大人からの有難い言葉をうぜー黙れとか思ってるし俺がそうだったもん。」


「…そう、なのかな。て事は俺が変?」


「うん、とても変。あ、悪い意味じゃないよ?その年齢でそんだけ落ち着いてるのって社会の荒波に揉まれて苦労してきてるからこそだと思うし、俺が言葉を砕く必要がなく普通に話せてる時点でサバ読み疑惑が浮上してもおかしくないのはその分の経験値が瑞貴くんにあるからだと思うし。…だから不思議なんだよなぁ、すっげぇ屈託のない笑顔で今話してる内容もごくごく普通なんだけど、物腰っていうのかな、それがもう大人なんだもん。」


そう、屈託なく笑うしこちらの話にもよく乗ってくれるがとにかく物腰。それが15のものではなくてこちらがメダパニを食らったような気分に陥ってしまうのだ。


「物腰かぁ。うーん、なんとなく自覚はあるかな…。同世代の子を見てても俺が話に着いていけないのは多分そういう部分なんだろうなと思うし、でもそれに合わせようとも思わない。疲れるからね。」


「合わせる必要はねぇな、たしかに。…てーか話ぶっ飛ぶけどさ、俺今日のドラムテストで何するか純から全く何も聞かされてないんだけど何すんの?」


いきなり話を逸らしたのはこの瑞貴くんのフワフワした空気に耐えかねたからだ。掴みどころがなくて俺自身がどこまで踏み込んでいいのかもわからないし下手に踏み込んで機嫌を損ねるのも怖い。だから安全策で本題に入ったのである。

本題を振られた瑞貴くんはニコ、と軽く笑顔を見せて言った。


「まだ秘密。」


「え、秘密なの?なんで?」


「今言っちゃうと面白みがないから。直前で言うからまだ気にしなくていいよ?緊張もしてるだろうし、それ解してからチャレンジしてもらえれば。」


「んんん、直前で言われるのと今言われて心の用意をしっかりするのとどっちがいいか悩ましいわぁ。」


「あはは、大丈夫だよ、そんな無茶苦茶な事は要求しないから。」


…などと供述しており、テストを受ける本人を惑わせている模様。


「…ドラムは叩くんだよね?目の前で。」


「それはもちろん。」


「って、何を叩けばいいのか知らされてないよ?」


「うん、だからそれが秘密部分。今言っちゃうと俺が面白くないから。」


「…って、そういやどこでやるの?ここの事務所ドラムなんて置いてたっけ。」


ふと気になって言ったら純がニコニコしながら声を揃えて言った。


「瑞貴のスタジオですよ。」


「はい?」


「EMPIRES FIELD内にも一通り楽器は揃ってますが、今回はここからちょっと移動して瑞貴のスタジオでテストを受けてもらいます。」


「"瑞貴のスタジオ"??って、もしや瑞貴くん私設スタジオ持ってんの?」


ギョッとしてそう聞いたのだが、瑞貴くんがシレッとした顔で回答してくれた。


「持ってるよ?だってレンタルしてたらいつか返さないといけないし。ホームがあれば延々そこに泊まり込みでの作業も出来るじゃん?」


しれっとそんな事を言うのだがこの大都会東京で私設スタジオ。どの規模のスタジオかはわからないが一体どれだけの金を投入して建設したのやら、さすがは天下の由良瑞貴様である。若干15歳で自分のスタジオを持つというのは凄い事だ。なので素直に喫驚して語彙力のない賛辞を送った。


「ひぇぇ、スゲーな…。」


「けど俺のスタジオって言ってもまだ15だし全ての名義は社長だけどね。そのうち名義変更もするつもりだから一旦今は社長の名前借りてる感じかな。社長が馬鹿みたいなお金突っ込んで建設したから俺はそれに応えるべく必死にならないと。ははは。」


「純……、おまえ15の少年にとんでもねぇ借金背負わすなよ…。」


呆れてそう言ったら純はケロッとした表情で俺を見て。


「借金…といっても既に瑞貴そのお金僕に全額払ってくれてるんですよね。瑞貴への投資だから要らないって僕言ったんですけどそういうの気持ち悪いから受け取ってって聞かなくて。だからもうそんなものないっていう。」


「え、完済してんの?」


「ええ。サクサクと完済してくれました。要らないと言っても払うって言うのはわかってましたし、最初からその目処が立ってたからこんな暴挙に出てるんですよ僕も。」


なんという恐るべきスーパー高校1年生だろうか、場所にもよるが東京都内に私設スタジオ建設だけでも億単位でお金が飛んで行ったであろうに既に完済しているという。


「さてさて、じゃあこれから移動します。話は移動中にも出来ますし一旦ここを出ましょう。」


純が腕時計を確認しながらそう言ったので俺も瑞貴くんも立ち上がって荷物を手に持ち社長室を出た。

ーー関係は無いのだが面白いのがこの移動中である。何が面白いかと言うと純への周りの対応だ。コイツが普段どんな恐ろしい恐怖政治的経営をしているのかは知らないがすれ違う人すれ違う人全員が必ず立ち止まって礼をするし、人が沢山いる所に出ればモーゼの十戒のあの有名なシーンと言わんばかりに綺麗に人混みが真っ二つに割れてゾロゾロと頭を下げる。ここへ来ると毎回俺はこの光景が面白くて笑うのだが、純も瑞貴くんも普通の事らしく平然とビル内を移動していく。

ビルの外へ出たと思ったら玄関の前にデカいリムジンが用意されていた。だからもう、目立つというのにこんなの用意するだろ。


「俺自分の車で来てるからそれで行くよ?」


そう言ったのだが純が却下してきて笑顔で手をヒラヒラと横に振り。


「いえ、またどうせここに戻ってきますし3人で一緒に移動しましょう。」


「そか、了解。」


「じゃあ乗ってください。」


言われて3人で乗り込んだのだが、この狭い日本の道路でハマーの長い車体は迷惑だと思うのは俺だけか。

というか細い角とかどうやって曲がるんだこの車。思いつつ車に乗り込み3人で移動を開始した。



第3話完

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