出会い編 第2話

翌日、今日も朝からバイトである。淡いピンク色の髪の毛をワックスでセットしているのだが、ワックスがそろそろなくなりそうなので帰りに買ってこなければ。飲食店でピンクの髪は我ながらどうかかと思うが、誰も何も言わないので学生時代からずっとこれである。

さて、昨晩純にも突っ込まれたがこの歳になってバイトしかやっていないのは我ながら情けないなと思うが、実は今働いているレストランのオーナーから社員登用したいとの声を掛けて頂いているため転職が出来ないしするつもりもないのが実情である。俺だって何も考えていない訳では無いのだ。なんせさっさと実家を出たいし過干渉の両親から開放されたいのである。なんで26にもなった男の私生活の全てに干渉してきてどうのこうのと言われなくてはならんのだ。俺の部屋は2段ロック構えにして両親を防御しているが、それすらどうにかして突破してこようとするので本当に嫌すぎる。

仕事先へ向かうため車に乗り込んで、昨日の純との話を反芻した。


「…いきなり素人が由良瑞貴の前でドラム叩けってどう考えても無理ゲーよな…。テストったってどんな内容なんだよ、まさか筆記じゃないにせよそうなると実技じゃん。しかも目の前で。とんだ公開処刑だわ…。」


車を発進させブツブツ言いつつ音楽を流した。流したのは由良瑞貴のピアノである。昨夜この話を純からされてから実は予習も兼ねてずっと由良瑞貴のピアノや歌を聴いているのだが、これまでじっくりと聴いた事がなかったので大した感想も出てこなかった俺を鈍器で撲ってやりたい。聴けば聴くほど丁寧に作られた音が幾重にも重なり紡がれ、一瞬で全神経を奪われたのだ。


「15でこの音作れるって、なるほど天才って言われる訳だ…。」


幼少期からヴァイオリン奏者として名を馳せ今に至るまでクラシックに携わり、今や音楽事務所の社長である純程では無いが俺も音や音楽を聴く耳は肥えていると思っているので、由良瑞貴の紡ぐ音や旋律が計算し尽くされたものであるのがよく分かる。


「…3Dパズルみてぇだよな、コイツの音楽って。」


3Dパズルは我ながら言い得て妙だと思う。様々な音で立体的に組み立てられた透明なそのパズルは非常にトリッキーで、アンバランスさの中確かなバランスで組み立てられ1曲を成している。何よりこの由良瑞貴という少年は本当に音楽が好きなのだろう事が伺えて聴いていてとても気持ちがいい。偉そうな視点からの単なる意見だが、この年齢でこれだけの音楽が書けたらこれからどう変化して成長していくのか、確かに楽しみなアーティストだ。

そんな事を思いながら運転していたらあっという間にバイト先に到着して仕事を開始した。


その夜。仕事も終わり自宅に帰ってから、2日後に迫る由良瑞貴のテストに向けて完全防音部屋に置いてあるドラムの前に座った。由良瑞貴の曲の中でとても好きな曲がいくつかあって、その曲のドラムが非常に気持ちが良く実際に叩いてみたいと思ったのだ。スコア(楽譜)などないので耳コピである。テストで何を叩けと言われるのかは分からないがドラムテストに向けての腕ならしは出来るので、その曲を叩いてみようと思ったのだ。

ヘッドホンを装着してスマホに入れておいた由良瑞貴リストと名付けたリストの中からその好きな曲を流し始めた。爆音で流れる音楽が脳を刺激して俺の中のスイッチがカチカチと入っていくのがわかる。こう、なんというかドラム演奏をするためのスイッチと言えばいいのか、それが勝手に入る曲というか。BPM120くらいのテンポで始まったイントロに軽快に乗るドラムとベースの重低音が気持ちよくて嫌でもじわじわテンションが上がってくる。


「あー、ここ!ここのドラム好き、最高。聴いてて気持ちいいなぁ。」


3回ほど同じ曲をリピートして聴いてドラムスティックを手に取った。


「っし、だいたい覚えた。途中ややこしいから完全耳コピとはいかねぇけど、何となくは…。」


そこから俺の独壇場。気が付いたら3時間半ほどみっちりドラムを叩いていた。叩く事によりストレス発散にもなるドラムという楽器は素晴らしい。


「っはー、楽しい。この曲いいなぁ、叩けば叩くほど味が出てくるというか、どんどん好きになってくる。」


『SNOW-SNOW』とタイトルされたその曲は去年リリースされた由良くんのアルバムの中の楽曲で、本人が作詞作曲し勿論本人が歌っている曲になる。

生ピアノは使われていないのだが、光に当たった雪の表現なのかシンセサイザーのキラキラした音がとても印象的で弾むような軽やかなドラムが聴いていてとても心地よいのだ。

耳コピなので譜面通り正確に叩けている自信はないが、自己満足である。それにもし由良瑞貴が俺にうっかり『僕の曲を何か叩いてみて』なんて事を言い出した時に何も聴いてないので叩けませんではお話にならない。スコアならネット上に転がっているはずなのでダウンロードすれば良かったのだが、何となくスコアを手に取る前に耳コピしてしまった。気が付いたら夜中1時を過ぎていてその日は寝ようと思い、スティックをホルダーに立てて照明を落とし防音部屋を出た。



ーーー2日後。


バイト、ドラム練、バイト、ドラム練の繰り返しでこの2日間しっかり由良くんの楽曲の予習や何曲かの練習も出来たし個人的にはやる事はやった。それにしても今までオーディションすら受けたこともない人間がいきなり由良瑞貴の目の前でテストは大変に緊張するしやはり何度考えても無茶振りの無理ゲーである。

午後2時に純の事務所、EMPIRES FIELDに到着していないといけないのだが緊張でどうにもならないので純に連絡して、朝10時前に『もう行っていい?2時までちゃんと待つけどもう行っていい?家で待ってんの緊張しすぎて誰かと話してないと無理。』と無茶を言って俺だけ11時に集合にしてもらった。肝は据わっている方だとは思っているのだが今回は話が別である。なんせあの由良瑞貴様に直接会うだけに留まらず本人の目の前でドラムを演奏しなくてはならないので、俺からするともう緊張の極致。

車の中でもやはり彼の作ったピアノ曲や歌モノを延々と流して気を鎮め、やがて到着したEMPIRES FIELDビル前。


「ふー…。よし、行くか。」


午後2時からなのであと3時間は優に時間はあるのだが、もう緊張で落ち着いてなど居られない。

鏡張りの巨大ビルに入りながら電話で純にコールした。

数コール目、忙しそうな純の声が耳に入ってきた。


『はいはい!お疲れ様でーす!』


「よっす。着いたよぉー。怖いよぉぉ。」


『あ、着きました?あきらが迎えに行きますので、1階の大きな木のところで少し待っててください。今ちょっと僕諸用でビル内をあちこち移動中なので、合流があと15分か20分後くらいになりそうなんです。』


「ん?15分や20分なら待つよ、早く来ちゃった俺が悪いし。」


『それでもいいですか?』


「うん。」


『すみません、ではできるだけ急ぎますのでちょっと1階のカフェでお待ちください。』


「はーい、んじゃまた後で。」


『はい。では失礼します。』


電話を切った後指定されたカフェに行ったのだが、さすがは大型音楽レーベルの事務所にあるカフェである。

テレビや雑誌で見かける顔がチラホラ。アイスコーヒーを注文してスマホをいじって待っていたら約20分後。


「こんにちは。」


声をかけられてパッと顔を上げたら眩しい笑顔で佇んでいる純がぺこりと頭を下げて俺の向かいに座った。相変わらず目立つ風貌でいらっしゃる事で。イギリスハーフの純は金髪碧眼の整った顔立ちをしているので、どこに行ってもまぁ目立つ。


「おー、こんちゃこんちゃ。」


「すみません、お待たせしてしまって。」


「いや?別にそれはいいけど。」


「ありがとうございます。…何か頼もうかな。お腹すいたからなんか食べようかな。」


そんな事を言うのでまだそれほど空腹でもない俺がピシャリと言った。


「まだ11時です。お昼は少なくとも1時間後です。我慢しなさい。」


「じゃあ軽いものにしておきます。」


少ししょんぼりした純はそう言いベルを鳴らし、頼んだものはハニートーストとカヌレ、ニューヨークチーズケーキ、 そしてアイスティーである。


「いや待て、今おまえ軽いものって言わなかった?」


昼食前に軽いものと言ったら俺の中では飲み物とケーキ1点とかそんなのである。なのでそう言ったのだが、キョトンとしている純はごく普通に言った。


「軽いものですよ?いやだな、類さん。昼食は昼食でちゃんと食べますよ。」


「いやそうではなく…。まぁいいや。」


次々に届く女子が喜びそうなスイーツ類に目をキラキラさせた25歳男性の図。そしてバキュームカーかと思うくらいの勢いでなくなっていくそれ。これで昼食は昼食でちゃんと食うと言っているのだから相変わらずこいつは痩せの大食いである。俺はもうこの男は胃下垂か何かなんだろうと思うようにしている。


「さて…。いよいよテストですけど、どうですか?」


カヌレをもくもくと食べている純から本題を振られてギクッとしていたらニヤニヤされてしまって居た堪れない気持ちになってしまった。


「ん。めっちゃ緊張してるせいで手汗がすごい。」


「あははは。さすがの類さんでも緊張しますか。」


「するよ、普通に…。なんでこうなった。なんで素人がいきなり由良瑞貴のドラムテストだよ、言い出したやつぶっ飛ばす。」


「なるほど言い出したの僕だからぶっ飛ばされるわけですね。」


「気持ち的にはそんな気分。もう緊張で吐きそうだからなんか俺を鎮める話題くれください。」


言うと少し悩んだ純がやっぱりカヌレを食べながらニコリと微笑んで。


「んー、じゃあ瑞貴の予備情報でも話しておきます?」


「予備情報?」


「ええ、彼が普段、本当はどういう子なのか、とか。」


「あー、なるほど。ちょっと聞きたいかも。」


「ですよね。…彼メディアやSNSでは塩の結晶とかなんとか言われてますけど、実は裏ではめちゃくちゃ穏やかな子で、自分の味方には凄く可愛げのある子なんですよね。」


「え、ウッソ。それならその裏の顔を表に持ってこいよ。」


「あはは、多分彼なりの処世術なんだと思います。」


「処世術?」


カラカラとアイスコーヒーの氷を音を立ててストローで回しながら聞き返すと、今度はハニートーストの上に乗っているバニラアイスをスプーンですくっている純が答えた。


「ええ。ユニオンで不祥事を起こされたり元マネージャーに舐められて酷い目に遭わされたり仕事自体を瑞貴の居ない所で勝手に蹴られたり。あとは実生活でマスコミに追っかけ回されたりしてるうちにどんどん敵と味方に対する態度が広がっていったというか、そんな事を繰り返してるうちにどんどん人間不信に陥っちゃったというか。でも僕からすると大人びていてもやっぱり15歳の男の子って感じで。」


「ふーん…。そのユニオンて酷いな。事務所としてどうなんそれは、クソなの?まぁでもたしかにマスコミには追っかけ回されはするよな、そういう仕事してると。」


「そうなんですよね。でも言ってまだ15ですよ?なのに熱愛報道とかしょっちゅうなのでもう僕は面白いでしかなくて毎回またかー!って爆笑してるんですけど、それを瑞貴に言うとすぐ『社長嫌い、もう知らない。』って言うんですよ。猛禽類というか猫?が威嚇してるみたいで可愛くて。」


「たしかに。由良くんの熱愛報道とかまだ15なのにマスコミも馬鹿だろとか俺も思いつつ本人迷惑してんだろうなくらいしか考えた事なかったけど、なるほどなぁ、『社長嫌い』は確かにあの顔から出てきたら面白いかも。」


「でしょう。あとは彼の性格上友人は少ないと思うんですけど、凄く家族思いですよ。」


「え、意外。」


そんな話に花を咲かせていたら時間は刻々と過ぎていき、2人で昼食も食べ終わりカフェを出た。


「13時25分。ちょっと早いですけどそろそろ待ち合わせの部屋に行きましょう。」


「了解。」


純に連れられて行ったその部屋とやらは最上階にある社長室だった。


「待ち合わせの部屋ってかただのおまえの執務室じゃねえか。」


「そうなんですけど。だってカフェなんかで話したら瑞貴取り囲まれちゃいますし、かと言って会議室だと3人しかいないのに広すぎてアレですし、となるともう応接室か社長室しかなくて。」


「別にそれはいいんだけどさ。」


「あ、こちらにお掛けください。」


「ん。」


そうこうしていたら奥の部屋から我が妹・あきらが満面の笑みでお茶を持ってやってきた。あきらは純の第一秘書で婚約者である。


「やっほ、類兄来たねぇ。緊張してるんでしょ?」


「おー、あきら。もう緊張でやばい。怖いよー。」


「あはは、類兄らしくもない。瑞貴くん悪い子じゃないから大丈夫だよ?」


「それ純にも言われたけどそんなん俺は知らんから聞かされても緊張するんだよ…。」


言うとニヤニヤしているこのカップルホントやだ。だけどだいぶ緊張はほぐれてきて、少し落ち着いた気持ちでアイスコーヒーを飲んでいたら純のスマホに着信。


「あ、瑞貴だ。」


「!?」


ばこんっ!!と心臓が体を突き破って飛び出でるかと思うぐらいドキッとして緊張再び。しかもにま、と笑った純がわざわざスマホをスピーカーにして。由良くんの慌てたような声が部屋に響いた。


『あっ、社長?ちょっと早いけど着いたよ。なんか7人くらいの人にジワジワ追っかけ回されてるからガードマン寄越すか社長迎えに来て、怖い。なんなのコイツらゾンビなの?生者を喰らおうとしてるゾンビなの?ここはウォーキングデッドの世界ですか?』


「あははは、やってるねぇ。サングラスとかキャップとかかぶってないの?」


「サングラスってかメガネとキャスケットかぶって来てるよ、けどバレた。」


「バレちゃったかー。ふむ、わかった、あきらが迎えに行くから1階の大きな木の所で待ってて。」


『待って待って、1箇所に留まれない、止まったら取り囲まれて俺食われちゃう。無理怖い、助けて社長。』


焦って歩き回っているのか呼吸が少し荒い由良瑞貴の後ろで確かに女性の黄色い悲鳴のようなものが聞こえてくる。そして心の底から焦っているのが意外でなんだか面白い。


「あははは、わかった。じゃあもうそのままエレベーター乗って社長室までおいで。もう類さんいらっしゃってるから。」


『え!?もう来てるの!?』


「え?うん。」


『早くない!?まだ約束の時間の20分前だよ!?』


「なんか緊張するからって11時頃に来て僕と話してるよ。」


そう言う純だが、本人はやはり焦っているのが俺からするともう面白い。


『うっわ、社長も言ってよ、そんな待たせるとか失礼すぎる。』


「大丈夫だよ?本人ただただ緊張を解すために僕に話し相手を求めて来てるんだから。」


『…どんな人?いい人?田辺さんみたいな感じじゃないよね?』


「めちゃくちゃ明るくていい人だよー。少なくとも田辺さんのような横柄さはないかなぁ。凄くフレンドリーで気さくなお兄さんだよ?」


『そっか、良かった。…じゃない、とりあえず社長室行くね。類さんにお待たせしてしまい申し訳ありませんってお伝えください。じゃあ電話切るね。』


「はぁい。」


電話を切った純だが。はて、その通話を聞かされたおかげで余計な力が抜け落ちた。コーヒーを口にしながら背もたれに背中を預けて小さく息を吐いた。


「…なんだ、由良くん普通の人じゃん。いい子そうな感じ。」


「でしょう?いい子そうというか、いい子ですよ。」


数分後、キンコーン、という社長室の来客を告げるインターホンの音が鳴り響いてあきらが赴いた。

ドキドキするしソワソワするし、いよいよやってきたドラムテストwith由良瑞貴。


「あ、あきらさんこんにちは。」


「瑞貴くんこんにちは、もう純も兄も待ってるよー。」


「うぅ、もっと早くに来れば良かった。」


「あはは、大丈夫よ。」


そんな会話と共に足音がだんだん近付いてきて、純が立ち上がったので俺もつられて立ち上がって振り向いた。


「社長こんにちは。」


「瑞貴おつかれさま。こちら話してたドラマーの神王子類さんだよ。」


そこに立っていたのはなんというかもうキラッキラした美少女ならぬ美少年。テレビや雑誌では見た事もない屈託のない笑顔をしていて、まずそこでびっくりした。


「初めまして類さん。由良瑞貴です。」


キャスケットを頭から取り物凄い笑顔で声を掛けられ右手を差し出されてハッとして、俺も右手を差し出した。


「初めまして、神王子類です。今日はよろしくお願いします。」


握手を交わして目を合わせたら、もうキラッキラの瞳が俺をガン見していて。ちょっと、そんな淀みのない綺麗な瞳で俺を見ないで、眼光で焼き殺される。身長は170くらいだろうか、俺より多分20センチ程低い由良くんの頭はほぼ白で瞳が薄い青。


とりあえず…。


…ま、眩しい!!何この子キラキラ眩しい!!

白の魔法使いか!!?(困惑)(錯乱)


笑われるかもしれないがこれが俺の由良瑞貴に対する第一印象である。



第2話完

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