Night Hawks

AZCo

出会い編 第1話

8月10日。外気温38°Cってなんだ?風邪か何かで熱がある人間の体温である。文字通り今日も茹だるような暑さだ。バイトしてれば冷房はついているがレストランの厨房なんてエアコンなどあってないようなもの。今日も例に漏れず汗だくで仕事を終えて、仕事上がりにバイト仲間と食事に来た時のことだ。ポケットに入れていたスマホが着信を告げた。


「ん、電話。…ちょっとゴメン、一瞬出てくる。」


食事中なのでどうでもいい人間からの電話なら無視もするが、今回は無視ができない。というのも俺の妹の婚約者であり某レコード会社の社長である人物からの電話だったからだ。一旦離席して入口付近で電話に出た。


「もしもし?」


電話に出ると耳に聞きなれた男の声が響いた。


『もしもし?類さんお疲れ様です。』


「おー、お疲れ。珍しいじゃん純から俺に直電とか。どしたん?」


『今少しお時間大丈夫ですか?お忙しいようでしたらまた折り返します。』


「うんにゃ?用事の内容によるけど、掻い摘んだ要件説明プリーズ。」


『実は類さんにご相談?お話?提案?のようなものがありまして。』


「なにそれ?相談のお話の提案てハッキリしねぇのな。」


『すみません、ハッキリしなくて。本題に入っても?』


「ちょっと待って、それ何分くらいかかる?今ツレとメシ食ってんだわ。サクッと終わりそうにないならマッハで食って車戻るからそれからでもいい?」


何となくこの感じだと長くなりそうな気がしたのでそう言ったのだが、『でしたら』という事でその話はこっちの食事が終わり次第俺から折り返すことでまとまり席に戻った。


「ごめん、ただいま。」


「電話終わった?」


「うん、ちょっと野暮用。食おうぜー!」


「はは、バイト終わったばっかなのに元気。」


「バカヤローかよ、終わったから元気なんじゃねぇか。」


席に戻ると仕事仲間からやんわり聞かれて、まさか電話の内容を話すわけにもいかないので適当に誤魔化して食事を再開し。仕事のストレスとか上司への愚痴とか客の態度とか、そういうものは社会に出ると普通に友人同士の会話に出てくるものだが、専ら俺は聞き専である。相手が話したいのだから黙ってそうねそうね、と聞いてやれば話したい方はスッキリするし次の日からまた仕事も頑張れるというもの。そんな訳で仕事仲間との食事もサクサク終えて車に戻ったのだが。


「…さてと。」


駐車場に停めたままの車のエアコンをかけてポケットからタバコとスマホを取り出した。イヤホンかスピーカーにして走行中話してもいいのだが俺の免許証はゴールドである。下手に通話などして注意力散漫になってうっかりミスしたり道交法違反なんて事になったらせっかくのゴールド様が青にランクダウンする。それは御免蒙りたいので停めたままでコールボタンを押した。

数回のコール音の後に純の声が耳に飛び込んできた。


『…はい。類さんお疲れ様です。』


「おー、お疲れ。さっきはゴメンな。マッハで食ってきて今車ん中。」


『ご自宅に戻られてからでもいいんですよ?』


「いやいやいやいや、おまえ俺ん家の両親はよくよく知ってるだろ。純と電話してるのがもしバレたら母親超ウキウキで俺の部屋に凸してきてスマホ奪われてさらに父親発狂するけど。」


詳しい事情は長くなるので割愛するが、容易に気持ちの悪い想像ができてしまう。なので思ったことをそのまま伝えたらゲンナリした純がははは、と乾いた笑いを浮かべた。


『それは、僕にはちょっと耳が痛いお話ですねぇ…。』


「だよなー。俺もそろそろ一人暮らししようかと思ってるけどな、この歳になってもまーだ親の過干渉凄すぎてどこも行けんし友人知人一切誰も呼べねぇし。呼んだら最後、その友人知人にまで過干渉が始まるか勝手に敵視されるかのどっちかだ。あたおかだわぁ。」


『はははは…。それはそうと類さんもしお一人暮らしされるのでしたら僕んちの不動産紹介しますので使ってやってくださいね。』


「ありがと、そのつもりだよ。んで、俺への相談で話で提案ってのは具体的に?」


『あ、はい。』


ーーー紹介が遅れたが俺の名前は神王子類。26歳の普通のフリーターである。今電話している相手は緒方純、25歳のイギリスハーフで財閥の総裁で俺の妹の婚約者で某レコード会社の社長という凄まじい肩書きの持ち主ある。某レコード会社というか財閥の総裁なので多岐にわたり色んな企業に関わってはいるのだが。ちなみに純は俺の学生時代の一個下の後輩だったりする。


『類さん最近ドラム叩かれてます?』


「は?ドラム?」


『ええ。』


「あー、まぁそりゃ趣味だから叩いてはいるけど。こないだツレのバンドに呼ばれてライブで叩いてきたけどな。」


唐突にドラムの話を持ち出されて何かと思ったが、そう、実は俺の趣味はドラムである。そのドラムが趣味の俺にドラム叩いてるかと聞くとはこれ如何に。そう思いながらも話を進めていくうちにとんでもない方向に向かい始めた。


『そうなんですね!じゃあ腕ならしは十分ということでよろしいですね?』


「は?いや、うん。腕ならし?は毎日やってるから出来てっけど、純の話が見えてこない。」


タバコに火をつけて煙を吸い込みつつそう言うと、純がふふふと笑って俺に言った。


『類さんのドラム、僕が欲しがってるのは知ってますよね?』


「ん?うん、なんか何年もずっとそれ言ってんなおまえ。俺ただの趣味でやってんのにプロにはなれんよ。」


『えぇ、それは何度も伺ってますが。僕から類さんをとあるミュージシャンに斡旋したら、そのミュージシャンが是非類さんのドラムを一度聴いてみたいとのことでして。』


「はいぃ…?とあるミュージシャンてどなたよ…。やだよー、俺はプラプラのびのびドラム叩いてたいのに。」


『だってお気付きじゃないかもしれませんが、類さんのドラムってプロで全然通じますもん。いや、プロで通じるというかどっちかと言うとなんでこの人プロじゃないんだろう、みたいな。野生のプロ?誰も見つけてないから僕しか知らないなんて勿体なさすぎて。』


純はそんなことを言うが、俺自身が自分のドラムにそこまで自信があるわけでもないし、勿体ないと言われてもピンと来ないのだ。


「で、そのとあるミュージシャンて誰?俺知ってる人?」


聞くと純は俺の目玉が数メートル飛び出すレベルで驚きの人物の名を言った。


『絶対に知ってます。由良瑞貴くん、現在15歳のピアニスト兼シンガーソングライターですよ。』


「…由良み、え??由良瑞貴ってあの美少女?」


『確かに女の子にしか見えませんけど、それ瑞貴に言ったらはっ倒されますよ?』


「本人目の前にしてそんな事は死んでも言わねぇから安心しろ。」


『わかってますよ。』


しかし、由良瑞貴と言えば世界を股に掛ける若干15歳の天才ピアニストである。同時にシンガーソングライターでもありピアノと歌でワールドツアーまで敢行しているというとんでもない才能の持ち主な訳だが、そんな天才様が何故俺ごとき一介のドラマーの音を聴きたいなどと…。


『彼は元々ユニオンレコードに所属してたんですが、ユニオンが瑞貴に対しちょっとした不祥事を起こしまして。それでその噂を聞きつけた僕が彼をウチに引き抜きまして。で、その瑞貴がこの間僕の所に相談にやってきて、ユニオン時代からの専属ドラマーが鬱陶しいから変えたいと。そこで類さんの名前が挙がったわけです。』


「いや挙がったわけです、じゃねぇのよ。寝耳に水すぎるし晴天の霹靂すぎるし、いきなりんな事言われてどうしたらいいんだよ俺は。え?ドラマー専属でちゃんといたのに由良くんの一存で切っちゃったの?」


『まだ切ってません。瑞貴の専属ドラマーと言えば田辺雄一さんです。あまり大きな声では申し上げられませんがこの方なかなかの性格の悪さを誇る方なんですが、どうも塩の結晶の瑞貴と反りが合わないと田辺さんからも直接連絡を受けてて。雇用主も雇われてる側もそんなんじゃ上手くいくわけないじゃないですか。』


「えぇぇぇ…、マジで言ってる?田辺さんってめちゃくちゃ上手い人だよ?ちょっと気に入らないからって首切るの?由良くん怖くない?」


だとしたら恐ろしい15歳児である。田辺雄一が如何程のドラマーかわかっていて首を切ろうとしているのだから。


『うーん…。瑞貴怖いってよく言われますけど、僕別に怖いと思った事ないんですよ。』


「え、そうなん?」


由良瑞貴と言えばの勝手なイメージだが、確か9歳の頃から音楽社会に出ている為に達観しているのかなんなのか15歳にして大人に引けを取らない会話スキルで、とにかく態度が塩辛くファンサービスというものを一切せず、愛想?なにそれ食べれるの?なレベルで営業スマイルをほんの一瞬するかしないか程度のとにかくとにかく塩っ辛いミュージシャンだ。物凄く悪く言えば超生意気なクソガキ。だが純は怖いと思った事がないと言う。…はて、立場が上の人間には媚びを売るタイプの人間ということでよろしいか?

にょきにょき成形されていく俺の中での由良瑞貴のイメージが我ながら酷すぎて申し訳ないがメディアでの彼を見る限り確かに売れっ子ピアニストなのかもしれないが塩の結晶で間違いはないのである。


「で?純が斡旋したのは分かったけどその由良くんがなんで俺のドラムなんぞを聴きたいと。」


『あぁ、えっと僕から彼に『世間が放置してて本人も自覚がないけど、すごいドラマーが手付かずの状態で存在してるよ、野生のプロだよ』と。そんな感じで紹介したら瑞貴って僕の音を聴く耳はめちゃめちゃ信用してくれてるので、聴いてみたい、と。』


「もう完全に純の仕業じゃねぇか。え、俺由良くんの目の前で叩くの?怖いんだけど。」


『あっ、そうそう、類さん今週の金曜日ご予定あります?』


「えっ?何突然。別にないよ、金曜日バイト休みだし遊ぶ予定もないし。」


『でしたら金曜日の午後2時頃EMPIRES FIELDに来てください。由良くんのドラムテストを受けていただきますので。』


「はいっ!?」


『テスト。』


「いやいや待てよ唐突すぎんだろ。俺はまだ由良くんのドラムやりたいとか一言も言ってねぇ。」


そうなのだ、俺はあくまで趣味でやっているアマチュアである。そのアマチュアがいきなり由良瑞貴の目の前で演奏はハードルが高過ぎて度胸があると言われる俺ですらビビる。


『…類さん?』


「はい。」


純の低い声で名を呼ばれうっかり畏まって返事をしてしまった。



『あなた一体いつまでプラプラしてるおつもりですか?名門汐之江学園首席卒の名が泣きますよ。』


「いや、はい…。」


『仕事もいつまでもバイトのままならドラム挑んでみませんか?将来的に僕の義兄になられる方がいつまでもプラプラと。そんなんでいいんでしょうか。』


「うっ…。」


『ダメですよね?て事で僕は類さんのドラムは凄いと思ってますし、認められる腕なのは間違いないです。』


「………。」


だんだん純に言葉を奪われていき何を言っても通じなくなってきてしどろもどろしていたら純にトドメを刺された。


『あなたには由良瑞貴と並ぶ資格があります。専属ドラマーの座をかけて金曜日、EMPIRES FIELDへ来なさい。僕からの命令です。』


「ええぇ、ちょっと、」


『細かいスケジュールや段取りなどは後ほどLIMEで送っておきます。それでは金曜日、楽しみにしています。では。』


「ちょっと待っ…!!」


ああ無情。電話は一方的に切られて俺は金曜日純の事務所に行くことになってしまった。


これが由良瑞貴との出逢いのきっかけである。今思えば純は俺にとても大きなチャンスと運をくれたのだと思うし、それを逃さなかった俺もまた正解である。


ともあれ、俺のドラマーとしての命運を決める決戦は金曜日。


第1話完

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