記憶の街

夜表 計

ゴーストライター

 この街は時折幽霊が出没する。

 幽霊といっても生者に危害を加えるモノではない。それはこの街が記録するこの街に居た誰かの人生。

 幽霊は生きていた頃の出来事を繰り返す。だからなのか、幽霊と共にその時を過ごす人達がいるのをよく見かけていた。そして、今私も幼くして事故で亡くなった息子の影法師を追いかけている。

 今、息子の幽霊はケーキ屋でケーキを熱心に選んでいる。周りのお客さんと店員さんが微笑ましく息子を見守っていた。

 この日は妻の誕生日で息子が誕生日ケーキを買ってくると言って一人で買いに行ったんだ。

 息子はガラスケース内のケーキを指差しケーキを注文する。当たり前だが、流石に幽霊の注文を取ることはない。それに、幽霊の声を聞くことはできない。だから、私が代わりに注文をする。ショートケーキとモンブランとフルーツタルトを、

 私はやっと息子が買ってこようとしたケーキを知ることができた。

 ケーキを受け取った時、店員さんから僅かな憐憫の視線を受ける。

 この街の住人は知っている。過去は過去。死んだ者は生き返ることはなく、死んだ我が子が見えるのはこの街が記憶を整理しているだけなのだと。だが、残された者にとってこの現象は1つの救いとなることもある、それが夢幻であっても。

 店員さんに会釈をし、息子の影法師を追いかける。

 家への帰路、大きな交差点で息子は止まる。実際の信号も赤で私も息子の隣で止まる。

 横目で息子を見る。道路の向こう側を見つめていた。何を見ていたのだろうと、息子の視線を追った瞬間、息子が走り出した。

 その時信号が青だったのかは分からない。だが、車が走っている道路に飛び出した子供を止めない親などどこにいる。例え、その行為が無駄であったとしても。

 息子を止めようと伸ばした手は後ろから何かに引っ張られ、息子には届かず、あの時と同じように走ってきた車に描き消されていった。

「何やってんだよ!あんた!」

 年若い声が後ろから聞こえ、気付けば一緒に信号待ちしていた人達に掴まれ止められていた。

 この時の私は外界の情報が何も入ってこなかった。周囲の人達が慰めと鼓舞する言葉をかけていたようだが、私は何も反応できなかった。

 やっと気持ちが落ち着いた時、私を後ろから止めた青年が待っていたことに驚いた。

「さっきの幽霊、おっさんの子供なの?」

 遠慮ない言葉に一瞬面食らったが、なぜかその言葉が心地よく思えた。

「あぁ、そうだよ。私の息子だ」

 懐かしむように私は交差点を眺める。

「そっか」

 青年は何か考える仕草をする。

「この街は残酷だ。失った大切な者を見せつけてくる。そうしてずっと過去に囚われる。前を向くことを諦めさせようとしてくる。

 だけど、辛くても前に進まなくちゃいけない。立ち止まることは許されてないんだよ、俺達生者には…」

 青年が天を仰ぐ。おそらくこの青年も大切な人を失ったのだろう。だというのに青年の瞳はずっと未来を見ている。

「それがあの子の為にもなるか…」

「死んだ人の為とかそんな高尚なことじゃなくて、人生ていうのは自分の足でしか進めないもんだろ、悲しみも後悔も全て背負って進んでいかなきゃ最後に”よかった”なんて言えない。だから進んで進んで、最後の最後に”よかった”って言えなきゃ、最後に笑えないだろ?」

「——そうだね。君の言う通りだ。どんな事があっても人生は続いていく、最後まで歩み続けるよ」

 私は青年の目を正面から受け止め、私にできる最大の感謝の気持ちを込め、手を差し出す。

「ありがとう。君と話せてよかったよ」

 青年は少し面食らった表情をしたが、小さな笑みを浮かべ私のてを強く握る。

「どういたしまして」

 青年に見送られながら、私は信号を渡る。

 帰ったら妻と一緒にケーキを食べながら今日のことを話そう。妻は悲しくて泣いてしまうだろう。過去のことを、息子のことを忘れることはできないし、過去を振り返ってしまうだろうそれでも歩み続けよう。

 足取りが軽い、まるで息子と一緒に歩んでいるようだ。


 この街は時折幽霊が出没する。

 それはこの街が起こす奇跡かそれとも悪夢かはわからない。そもそも善意も悪意もないのかもしれない。だが、それは誰かにとっての救いとなり、誰かにとっては足枷となる。

 今日もどこかで誰かの記録が再生されている。

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