捜索

 フンケ先生はすぐに生徒たちに訊ねた。

「シャルロットはどこ?」

 しかし誰も彼女の行方を知る者はいなかった。フンケ先生は焦った。

 本来ならここで同伴のジェルヴェーズ先生を頼るべきだったのだが、その日彼女は朝方に見舞われた急な発熱で仕事を休んでいた。大事なピクニックの日を新任の教師一人に任せるような状況にしてしまった私の非が大きいが、しかしフンケ先生はよくやってくた。彼女は生徒たちを二人一組し、なおかつお互いに手を繋がせ「決して離してはいけませんよ。二人で協力してシャルロットさんを探してください」と指示した。生徒たちはそれからしばらくの間、二人一組でシャルロットを探した。しかし彼女は見つからなかった。

 フンケ先生は生徒たちを二人一組にしたのと同時に「呼び鈴の魔法」と呼ばれる、遠隔地に簡単な信号を送る魔法を生徒たちに施していた。彼女が手を叩けばその合図は方々を歩き回っている生徒たちに一律に知らされるはずだった。フンケ先生は念を入れて、先生の「呼び鈴」に対して生徒たちが否応の反応ができる仕組みを作って術をかけた。果たして夕暮れが迫った先生は、これ以上の捜索は危険であると判断して手を叩いた。「呼び鈴」である。生徒たちは三々五々帰ってきた。

 しかし点呼をして気づいた。帰ってきていない生徒がいる。

 十三歳のモデスタ、十五歳のアニタの組と、十四歳同士のユッタとモイラの組だ。先生は何度も手を叩いた。しかし彼女たちが応答をすることはなかった。

 フンケ先生は生徒たちに訊ねた。「モデスタ、アニタと、ユッタとモイラを見なかった?」と。

 すると生徒の一人が答えた。

「ブラッドストーンの向こうに駆けていくのを見ましたわ」

「それは誰と誰がですか」

「モデスタとアニタです」

「あ、そういえば、先生」

 と、二年生の女子が手を挙げた。

「インジュリーストーンの向こうでユッタとモイラがお花を摘んでいるのを見ましたわ。大事なお友達を探しているのに何を油を売っているのだろうと思ったのです」

 ブラッドストーンとインジュリーストーンは環状石列フェアリーヘンジの中でも縁起の悪い石だとされていた。かつて戦争で傷ついた妖精たちがその身を横たえた石だとされていたからだ。傷ついた妖精たちはそこから妖精の泉へと向かうのだと言う。地域に残る伝承だが、今も根強い。もしかしたら……。

 相次ぐ失踪と、不吉な情報。フンケ先生はさすがに一人では対処しきれないと判断し、学校の救援を頼ることにした。胸につけていたペンダントが通信魔蓄だったので、学校に一報を入れながら機械馬車の馭者に指示を出した。

「ここにいる生徒を皆学校まで送ってください」

 果たしてフンケ先生は、日が暮れたフェアリーヘンジに一人残って捜索を続けることを決意した。その捜索が無駄に終わったのは、残された生徒たちが学校に帰って、遅い夕食をとった頃だった。



「いなくなった生徒たちに何か共通項はありませんか」

 シャロンさんにそう訊かれ、私はすぐさま答えた。

「どの生徒のお母様も『ニノン・女子クラブ』に所属しています」

 まぁ、と猫になったマリエルが頭を持ち上げた。

「あの名門の?」

「ええ」

 私の声は震えていた。

「それは一大事ね。下手をすればあなた……」

 その先は言ってほしくなかった。私の気持ちを汲んだのだろう、マリエルはぷつりと言葉を切った。

「『ニノン・女子クラブ』と言えば……」

 シャロンお嬢さんが口を開いた。

「許嫁制度があるのだとか」

「あります」

 一度震えだした私の声は、もう止まらなくなってしまったらしい。母音が間延びしただらしない言葉で私は話した。こんな姿、絶対に我が校の生徒には見せられない。

「行方不明になられたお嬢様全員に、将来を誓った男子が」

「どちらの方ですか」

「……あまり公にはしてほしくない話ですが」

 それから私が告げた男子の名前は、いずれも各地方の名士のお子さまだった。シャロンさんもマリエルも、ぽかんとして私の話を聞いた。

「『ニノン・女子クラブ』ってそんなに権力があるんですか」

 目を丸くしたままのシャロンさんに、マリエルが答えた。

「西クランフの名門女子校、ニノン魔法魔術学校の卒業生が作ったクラブですからね。魔法は世界の根幹です。どういうことか分かるでしょう」

「じゃあ何で娘をニノンに入れないの?」

「おそらく、ですが」

 私の母音は相変わらず伸びていた。

「入れなかったのではないかと」

「あそこの選抜は厳しいものね」

 マリエルは大きく欠伸をした。彼女の呑気さが私はうらやましかった。私はため息交じりに続けた。

「ニノンの結託はちょっと常軌を逸しています。卒業生はお互い姉妹として社会を生きていくことが決まっているくらいですから」

「先輩のことを『お姉様』と呼ぶそうね」

「政界にもたくさんいるそうです。その『お姉様』が」

「お母さんは何でニノンに入らなかったの?」

 シャロンさんのマリエルに向けられた純粋な質問に、彼女は不敵に笑って答えた。

「校風が気に入らなかったからよ」

「選抜を受けたの?」

「受けたわよ」

「どうだった?」

「楽勝」

 実際のところどうかは分からないが、しかしマリエルなら楽勝で合格をもらっていそうだった。アルドリッジの三大魔女、そしてその最年少と言えばマリエルのことだ。

「ニノンを蹴ってアルドリッジにいったのよ」

 マリエルの言葉に娘さんはまた質問を重ねた。

「どうして?」

「さぁ。アウレールに会うため?」

 マリエルはまた破顔した。

「そっか」

 シャロンさんも照れたように笑っていた。

「さぁさ、今日はもう遅いわ、ミシェル」

 マリエルがぴょんと跳ねて床に着地した。

「今夜はうちに泊まっていきなさいな」

「いいの?」

「いいわよ。若い騎士の男の子が食事を作ってくれるわよ」

 通信魔蓄がそこにあるから、学校に一報入れておきなさいな。

 マリエルに言われて私は、魔蓄タイプライターの前に座ってパチパチと打鍵した。私が通信を打っている間、娘さんのシャロン・ホルストは興味深そうに地図帳を広げて眺めていた。

「そういえば……」

 シャロンさんがつぶやく。

「学校交流会は今もやっていますか?」

「やっています」

 私は通信魔蓄から目を離して答える。

「アルドリッジやニノンも毎回参加していますわ。わたくしたちの学校は前回は参加しましたが、前々回は……」

「バラクロフ男子総合学校は参加していますか? 私の時は参加していたのですが」

 私は記憶の糸を手繰り寄せる。

「ええ、私の知る限りでは毎回参加しています」

「そうですか」

 娘さんは地図帳を閉じた。

「あそこは素敵な男子が多くて、アルドリッジを含め女子たちの憧れの的でした」

「そうですわね、あそこの生徒には素敵な紳士がたくさん」

 ……しかし、どうしてバラクロフが? 

 私の頭には疑問しか浮かばなかった。バラクロフと言えばランドンの東、イーストエンドにある学校だ。西にあるフェアリーヘンジからはかけ離れている。

「今、先生が触っていらっしゃる魔蓄は……」

 と、考え事に耽っていた私にシャロンさんが続けた。

「通信魔蓄ですね。魔蓄とは何でしょう?」

 何だか引っ掛け問題みたいな問いかけだった。私は答えた。

「魔法を、魔力を、蓄えるものですわ」

「蓄える、とは?」

 私は答えられなかった。

 シャロンさんは笑った。

「時間と記憶の関係については、授業でも扱いますね」

「扱います」

 記憶を操作する魔法は、すなわち時間に干渉する魔法だ。何故なら時間とは記憶に他ならない。人間のように高度な頭脳を持たない生き物には時間の概念はないかあっても弱い。そんな学説がある。

「もしかしたらフェアリーヘンジは……」

 娘さんはつぶやき続ける。

「記憶なのかも」

 娘さんの微笑みが私には分からなかった。しかし娘さんには何かが分かっているようだった。

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