第3話 悪役令嬢のプライド


「シャルロット・スラヴァーグ!この私の前に出てこい!今すぐにだ!」


 声を荒げ私の名を呼び捨てにするアルフォンス殿下。最近は子供の頃にはあった品というものを全て捨てられてしまったかのように横柄になってしまわれました。


「シャルロット様、呼ばれておりますわよ?」

「聞こえておりますわ。マリーローズ様。今日は茶番劇の最終局面ですので、少し緊張しておりますの」

「悪魔を配下にできませんでしたものね。クスッ」


 マリーローズ様から含笑いがこぼれてきました。


「元からするつもりはありませんでしたわ」


 悪魔の呼び出し方なんて知りませんもの。知っていても、何を代償に取られるかわからないモノに頼ろうとは思いませんでしたわ。


「シャルロット!何処にいる!」


 はぁ。あの様に声を荒げなくても聞こえておりますのに。扇の内側でため息がこぼれてしまいます。


「行ってまいりますわ」

「では、私はここで演劇を楽しんでいますわね」

「ええ、楽しんでくださいませ」


 そう言って私はマリーローズ様の側を離れ、殿下の元に向かいます。

 少し高い壇上の上にアルフォンス殿下はいらっしゃいました。件のロザリー嬢を片手に抱いて。

 しかし、あの格好は何でしょうか?本当に演劇のつもりなのでしょうか?

 ふと、羽を背負って長い階段を降りてフィナーレを飾る人々の映像が引っ張り出されてきました。何かいらない情報が混じってきましたわ。


 アルフォンス殿下の背後には側近候補の4人と義兄ジークフリートがおりました。ここで強制力を働かされてしまえば、元も子もありません。私は彼らからかなり離れた距離を保ちます。要は姿が見え声が届けば殿下は良いはずです。


「シャルロット!貴様は王子妃としての資格はない!貴様との婚約は破棄だ!」


 王子妃ですか。残念ながら私は王子妃教育は受けておりませんわよ。まぁ、必要なかったといえば、なかったのでしょう。

 しかし、婚約破棄とはありきたりですわ。もう少し捻ってくるかと思っておりましたのに····テンプレ?ああ、世界はそのありきたりがお望みだと。


「貴様はロザリーを平民だからと馬鹿にし、差別を行った!これは学園の教育方針にも違反することだ!」


 馬鹿にはしておりませんわ。ただ、疑問に思ったことを聞いたことはありましたよ。


「そして、ロザリーの私物を捨てたり、教材を破り捨てていたことだ!」

「それの何が意味を成すのです?わたくしがなぜ人の物を捨てなければならないのでしょう?」

「ひ、ひどい」

「それは貴様がロザリーに嫉妬したからに決まっているだろう!」

「まぁ!わたくしがロザリー様に嫉妬を?ごめんなさい。どこに嫉妬すればいいのかわかりませんわ。わたくしはロザリー様に何を嫉妬すればよろしいのですか?」

「貴様は俺の婚約者でありながら、俺の寵を得られなかったことに嫉妬したのだ」


 なぜ私の心を殿下に決めつけられなければならないのかしら?


「何だ!その意味がわからないという顔は!」


 本当に意味がわかりませんもの。いつ私が殿下の寵が欲しいと言いました?あら、お義兄様、何かおかしかったでしょうか?殿下の背後で忍び笑いをなさるなんて。


「貴族の婚姻に家族としての情は持ち合わせましても、色恋を求めるなんて思いもよらないことでしたので」

「貴様は愚かだな。愛する者と家庭を築くことは当たり前のことだ」

「きゃ♡ヴァンさま」


 アルフォンス殿下はどうやらロザリー嬢に大分毒されてしまっているようです。本当に愛する者と家庭を築ける貴族はいったいどれ程いるのでしょうか?そんな事が叶うのであれば、愛人や側室など存在しないでしょう。

 いいえ、人という者は愚かな生き物です。きっとなくなりはしないのでしょう。 


 それにしても、殿下はセカンドネーム呼びを許しておられるのですね。それは婚姻後に許されるものではありませんでしたか?


「それではアルフォンス殿下は身分を超えてロザリー様との婚姻を望まれるということでしょうか?」

「そうだ!これこそ学園の教育方針に掲げる”人々は己の矜持を持って寄り添うこと”に準じる行為だ」


 学園の教育方針ですか。なんだか、微妙に間違っていますわ。正確には貴族の矜持を持ち、人々の心に寄り添うようにという文言のことかしら?

 この国に身分というものが存在してる限り、差別というものはなくなりませんわ。それに一番差別されているのは···


「ではアルフォンス殿下は差別を否定するということなのですね」

「当たり前だ!」

「貴族も平民も皆平等だと?」

「そうだ!」


 その言葉に周りからざわめきが起こります。そう、一番最上位として差別を受けている王族自ら身分制度を否定したのです。


「そうですか。では殿下は平民の皆様と同じく使用人を付けずに、ベッドと机を置けばいっぱいになる寮の部屋にお住まいでしたのですよね?」

「は?俺は物置の話などしていない!」


 その言葉にもざわめきが起こります。これは平民の方々からでしょう。


「物置ですか?その物置と殿下が称した部屋にロザリー様もお住まいでしたのよ?」

「何だと!何故学園はもっと広い部屋を用意しない。人を物置に住まわすなど、教育機関としてはあるまじき行為だ」


 はぁ。殿下は何故ここまでおバカになってしまわれたのでしょう。

 私達貴族の子女はこの学園に通う際に、教育費という基本的な費用プラス寄付金という物を支払っておりますのよ?そして、その寄付金により部屋割りが決められているのです。

 平民の方々はこの国の優秀な者にそれに似合った教育を施すという人材育成の方針の元、無料でこの学園に在籍しているのです。そこに多少の差別化というものが必要ではないのでしょうか?

 そもそも、この国で身分制度を否定する言葉を言うなんて、重鎮の御歴々の方々から目を付けられてしまいますわ。


「そうですか。殿下は平民になりたいということですので、婚約破棄は承りますわ。どうぞ、お幸せに」

「誰が平民になりたいと言った!俺はこの国の第2王子だぞ!」


 今は第2王子のお立場ですが、ここ最近の殿下の行動を王妃様から第3側妃に対してお小言が言われたようです。そして、第3側妃から私が注意されたのですが、殿下のすべき仕事を全て放置してよろしいのであれば承りますと言えば引いてくださいました。

 私が強制的に殿下に仕事をしてもらおうとしていることがわかったのでしょう。しかし、そうなれば、今まで何もしていなかったことが他にもバレることになり、殿下の功績は無に帰してしまうのです。

 その第2王子というお立場をご自身で守れればよろしいですわね。


「俺は第2王子だ!」


 はい、言われなくてもわかっておりますよ。


「貴様が平民に落ちればいい!身分剥奪の上、国外追放だ!」


 はぁ。また、ありきたりのことを言われてしまいましたわ。それに第2王子ごときに身分の剥奪の権限があるのでしょうか?


「衛兵!シャルロットを取り押さえろ!」


 すると、会場の扉からわらわらとこの学園を警備する者達が入ってきました。これは学園側が私を捕らえることを了承したということでしょうか?それとも王族の権威に跪いたと?


 私は私に手を伸ばしてきた兵の腕に扇を振り下ろします。バキッという音と共に驚いた顔を向ける衛兵。その者の首に手刀を落とし意識を刈り取ります。

 反対側からやってきた者には扇でみぞおちに一撃を加え、壁際までふっ飛ばします。わらわらとやって来る者達をダンスを踊るように行動不能に落として行きました。これこそ、長年ガルド爺について修行した成果ですわ。


「まぁまぁ、この学園は武器を持っていない生徒に対して、犯罪者のように扱うのですわね。これは国に報告すべき案件ですわ」


 そう言っている私の足元には死屍累々の衛兵が床に転がっております。あ、殺してはいないですわよ。ただの鉄扇ごときでは人は殺せませんわ。あ···いえ、当たりどころが悪ければ、命を奪ってしまいますわね。

 これはただの鉄扇ですわよ。あの最終兵器はガルド爺から封印するように言われてしまいました。勇者の方に渡すのでダメなのでしょうか?



「アルフォンス殿下」

「な··なんだ」


 殿下は怯えたうさぎのような目で、私を見てきました。


「先程、婚約破棄を承りましたが、今思い返せば、これは王家とスラヴァーグ公爵家の契約ですわ。殿下は国王陛下からその許可をいただいていらっしゃるのですよね?」

「あ·····ああ」


 若干顔色の悪い殿下から返事をいただけました。良かったですわ。許可を頂いていないのに婚約破棄などできないものですわ。そう、婚約の白紙でも解消でもなく破棄。これはかなりのことですわ。これで私に非がないことがわかれば、アルフォンス殿下の立場はよりいっそ悪くなるだけですからね。


「まぁ、そういうことでしたら、喜んで承りますわ。それでは、アルフォンス殿下。ごきげんよう」


 私はそう言って踵を返し、死屍累々を避けながら開け放たれたままの扉に向かいます。横目でマリーローズ様を窺いますと扇越しに満足そうな笑みを浮かべておりました。彼女はシュロス様とどう決着をつけられるのでしょうか?立場的にはローズマリー様の方が上ですから、彼女次第ということになりますわね。


 私は長い渡り廊下を抜け、馬車を待機させているところに向かいます。今日がこの学園にいる最後の日であり、茶番劇の最後の日でもある····はずです。

 そう、世界が望んだとおり婚約破棄という結末にたどり着いたのですから。私も父と義兄の前で茶番劇を繰り広げなくても良いはずです。

 ですが、直接義兄に会って検証する勇気がありませんので、屋敷に戻りましたら義兄宛に手紙を書いてみましょう。怨嗟の羅列の手紙にならなければ、きっと私は世界に勝ったということになるはずです。

 そう、茶番劇を繰り広げながら、世界が望んだ悪役令嬢という者になりすまし、世界が望んだ結末を迎え、私は五体満足でここにいる。


「あ、そういえばこの場で追いかけられる想定で、足腰を鍛えましたのに無駄になってしまいましたわ」


 私はドレスでも全速力で走れるように訓練をしたのです。王都の外壁まで走り切る自信はありますわ。


「お嬢様。また独り言ですか?」


 私に声を掛けてきたのは黒髪にメガネを掛けた執事のマークブラウン二世という感じの私に付けられた侍従のイグニスですわ。メガネの奥の緑の瞳が呆れているように私に向けられています。


「あら?いつものことでしょう?イグニス」


 学園に入るまではイグニスには護衛として私が移動をする際に共に行動をしておりました。学園に入ってからは学園から屋敷に戻る時にぐらいにしか、顔を合わせることはなくなりましたね。

 普段の私の側にいるのは侍女のエリスですもの。あれから、エリスは結婚をして退職をするのかと思えば、あの執事のマークブラウンと結婚をして、未だに私に仕えてくれています。当時は驚きでしたわ。


「エリスはもう馬車に乗っていますの?」

「先に戻って旦那様に報告をしてもらっています」

「お父様に報告を?婚約破棄の件かしら?まぁいいわ。あの馬鹿王子が私の言った言葉の意味に気がついて追いかけて来ないともかぎりませんから、早く帰りましょう」

「あの様子では誰かに指摘されるまで気が付かないでしょう」


 イグニスのその言葉にふと足を止めます。何でしょうか?凄く違和感を感じます。何に違和感を感じるのでしょう?イグニスを仰ぎ見ます。


 今回の卒業パーティーに貴族は側仕えを一人会場の控室に控えさせて良いと、事前に決められておりました。ですから私は侍女のエリスを連れて行ったのです。

 まぁ、元々学園にはエリスしか連れてきていませんでしたので、必然的な話ですわ。

 しかし、イグニスはその場で見ていたように話しているではありませんか。そもそも側仕えは会場にすら入れません。給仕や会場のセッティングは下級生で賄うことになっているのですから。


 何か私は見落としているのでは?彼はいったい何者?13歳の時に突然、父から言われ私の侍従になった者なので、父は彼がどこの何者かを知っているはずです。ですから、不審な者を私の護衛兼侍従としては付けないでしょう。

 父から···13歳の時に····突然····


『シャルロット。今日からこのスラヴァーグ家に養子として迎えることになったジークフリートだ。10歳になるからシャルロットの兄になる。仲良くするようにしなさい』


 これは5歳の時の父の言葉。


『シャルロット。今日からシャルロットの侍従となるイグニスだ。基本的にはシャルロットが移動する際の護衛を兼任することになる。仲良くするようにしなさい』


 そう、父のこの言葉に違和感はあったのです。侍従と仲良くするとはどういうことでしょうかと。



 ああ、これはしてやられましたわ。私も。そして、世界も。


「はぁ。取り敢えず帰ることにしますわ。お義兄様」

「おや、やっと気がついたのかい?」


 気づくも何も、私は5歳の初めて会ったときぐらいしか、まともに義兄ジークフリートの顔を見ておりませんもの。

 それから私は悪役令嬢という役を義兄の前でやらされるので、なるべく視界に収めないようにしておりました。ある程度距離が開けば、悪口雑言を口にしないということが、検証実験をした結果で得られましたので、遠くから義兄を見ることはありました。ですので、私は気づくすべは持ち合わせてはおりませんでしたのよ?


 スラヴァーグ邸に戻るためにイグニスの姿をした義兄ジークフリートと馬車という狭い空間で向かい合わせで席に着きました。私は貝のように口をつぐみ、動く馬車の景色を眺めるように窓の外に視線を向けます。


 私は私が恐ろしいのです。私が望んでいないことを吐き続ける私自身が。


「こうして面と向かって話をするのは初めてのことだね。イグニスとしては今までよくあったけれど」


 そう話す義兄ジークフリートは黒髪のウィッグを取り、メガネを外したキラキラ金髪のお姿になっておりました。そう、アルフォンス殿下の後にいたお姿のまま、私の眼の前にいたのです。


「本当に呪いが解けたのだね?」

「呪いですか?」


 あら?普通に義兄と話すことができております。確かに私は呪われていたのかもしれません。


「最初はシャルロットに嫌われていると思っていたのだよ。しかし、侍従のローレンスが『お嬢様はあのようなことをおっしゃる方ではありません。お嬢様は子供らしくないのがお嬢様なのです。本当に嫌っているのであれば怖いくらいの笑顔を向けられるはずです』っと言って君を擁護したのだよ」


 ローレンスとは義兄につけられた侍従の名です。しかし、子供らしくないというのは褒めているのでしょうか?それに怖いくらいの笑顔ってそんな顔いつしたのでしょう?


「そのローレンスがシャルロットから言われた言葉に意訳をつけてくれることがあってね。ほら、一度私がシャルロットをお茶に誘ったときがあっただろう?その時シャルロットの『お兄様がわたくしをお茶にさそうなんて、毒でも盛るつもりですか』という言葉に『お兄様とお茶をするなんて緊張しすぎて、お茶さえも喉を通りません』とローレンスが私の背後で意訳をするものだから、ローレンスから見るシャルロットと私が見るシャルロットは違うのだろうと興味が湧いたのだよ」


 ローレンス。よく義兄の背後で何かを話している姿を見ていましたが、そのようなことをしていたのですか?しかし、その意訳はズレていましてよ?あのときの私は『お義兄さまからお茶に誘ってくれるなんて、嬉しいですわ』と言うつもりでしたわ。


「学園に入って初めての長期休暇の時に義父ちちに言われてね。休暇中は侍従の姿で過ごすようにと。最初は意味がわからなかったけれど、イグニスの姿ではシャルロットは普通に話をしてくれたからね。これは何か意味があるのだろうと思ったよ」


 確か侍従見習いとして教育中だとエリスから説明されたということは、イグニスが義兄と知らなかったのは私だけだったのですね。


「シャルロットが学園に入る際に義父ちちから補助教員として学園に在籍するように言われてね。学園に在籍する理由が分からず義父に聞き返すと本来はシャルロットに婚約者を用意するつもりは無かったと。しかし、国王直々に声がかかり断れなかったと」


 あら?父はアルフォンス殿下を私の婚約者にすることは望んではいなかったのですね。これも強制力というものでしょうか。


「シャルロットが敵は世界だと言った意味がよくわかったと義父が言っていたけれど、その時の私は意味が理解できなくてね。補助教員として学園に在籍してやっと理由が理解できたよ。あのアバズレ女に私が恋などするなんてね」

「は?」


 どう見ても義兄はロザリー嬢の取り巻きの一人になっておりましたわ。ですから、私は義兄をアルフォンス殿下側だと思っておりましたのよ?


「ローレンスに指摘されて、やっと気がついたのだよ。自分がおかしいと。魔法都市から精神攻撃無効の魔道具を取り寄せてからは、平常心でいることができたが、アレには流石の私も腸が煮えくり返る思いだった」


 義兄は相当腹を立てていたのでしょう。怒気というものが漏れているのでしょうか、馬車の中で圧迫感を感じます。


「だが、それによってシャルロットの行動の矛盾も本当の意味で理解できたのも事実。シャルロット。君がこの様に私に普通に接してくれているということは、世界は敵ではなくなったと思っていいのだろうか」

「元々世界は敵ではありませんわ。お義兄様。世界の茶番劇に私達はつきあわされていただけですもの。私は婚約破棄という結末を迎えた。これは世界が望んだ結末の一つだと思っております」

「結末の一つか」


 ええ、ですから私は物語を退場することができるのです。ですが、アルフォンス殿下とロザリー嬢は違うことでしょう。なぜなら、彼らはまだ結末にたどり着いていないのですから。


「では、私はもう一度初めからシャルロットとやり直せるということでいいのかな?」

「今更、やり直せるというのであれば」


 そう、今更ですわ。そして私と義兄ジークフリートとの関係など紙上の兄妹という薄い関係しかありませんもの。


「シャルロット」 


 義兄は私の手をとって私の名を呼びました。


「私の妻になって共にスラヴァーグ家に尽くしてくれないだろうか」

「は?」

「あー。違うな。シャルロットの努力している姿が可愛くて好きだ。私に何度も手紙を書こうとして呪いの手紙が出来上がって行く度に涙目になっていく姿も可愛くて愛おしいかった」


 くっ。確かにイグニスの時の義兄にはその姿を見られていましたが、怨嗟の手紙が作り上げられていくさまを見て何処が可愛いのでしょう。


「番犬とじゃれ合っているようにしか見えない訓練で、はしゃいでいるシャルロットも可愛かったね。ガルドに屋外訓練だと言われ、西の森に行った時に熊獣を素手で倒したときは惚れ惚れしたよ」


 なんだか私の奇行を改めて義兄から聞かされて、心が折れそうですわ。そんな姿を見て可愛いという義兄も相当おかしいと思います。


「だから、シャルロットは私の妻になるしかないと思うのだよ」


 こ、これは脅しですか?奇行が目立つ私が婚約破棄されても、貰い手がないということを再認識させられているのでしょうか?


「シャルロット。私と結婚してくれるかな?」

「熊獣を素手で倒す私でよければ喜んで、お義兄様と結婚をいたしますわ」

「できれば名前で呼んで欲しいところだね」

「ジークフリート様」


 名前で義兄を呼びますと、とてもキラキラした笑顔を向けられてしまいました。少し眩しいです。ジークフリート様。


「しかし、少し強くなりすぎだと思うのだが、そこまで強くなる必要があったのかな?」

「ええ、それが悪役令嬢の矜持プライドというものですから」





 そして、義兄ジークフリートと共に屋敷に戻りますと、マークブラウンとエリスと他の使用人たちが玄関で出迎えてくれました。


「お嬢様、ご無事にお戻りになられたことを使用人共々、心から喜んでおります。おかえりなさいませ、シャルロットお嬢様」


 そう言って執事のマークブラウンが頭を下げるとそれに倣ったかのように他の使用人の人たちも頭を下げました。


「ただ今戻りましたわ。こうしてわたくしがこの場にいるのも皆の協力があってのこと、皆には感謝をしておりますわ」


 私はニコリと微笑みます。そうです。私の戯言に真剣に向き合ってくれて、皆が助けてくれたおかげですもの。


「お父様は帰っていらっしゃるかしら?」


 やはり婚約破棄の件は私からお父様に報告をしなければなりません。


「まだ、お戻りではありませんが、直ぐに帰ると連絡を受け取っています。お疲れでありましょう。少しお部屋でお休みください」


 そうですわね。今日は流石に緊張しました。私はエリスの後について私の部屋に戻ろうとしたところで、義兄ジークフリートは侍従のローレンスに腕を掴まれ、何かを言われています。そう言えば、義兄と侍従のローレンスは仲がよろしいですわね。侍従というより、義兄の兄のようです。


「お嬢様」


 エリスに呼びかけられ、足を進めます。私が世界の言いなりとなり、悪役令嬢の末路をたどれば、最悪この屋敷に戻ることは叶わなかったでしょう。


 いいえ、義兄とは普通に話せましたが、お父様と普通に話せるとは限りません。それまでは気を引き締めておかないとなりません。


「ようございましたね。お嬢様」

「ええ、無事に屋敷に帰ることができましたわ」


 前を歩くエリスから良かったとの言葉をもらいました。私の帰る場所はここですもの。屋敷に帰ってこれたことが一番ですわ。


「それもですが、あの無能王子から解放されたことです」


 無能王子?第2王子のことでしょうか?無能というよりは、彼自身は···


「お嬢様がどれだけのことを肩代わりされたと思っているのでしょ!あの無能王子の仕事の殆どをお嬢様がしておられたではないですか」


 まぁ、そうですわね。それは否定しませんわ。ですが、楽しかったのも事実です。色々な人の意見を聞いて、国政というものに携わった経験は私にとって、きっとこれからスラヴァーグ公爵領を治めていくことに役に立つことでしょう。特に王太子殿下との意見交換は大変勉強になりました。


 私の部屋に戻った私は卒業パーティーのために着飾ったドレスから、普段着のドレス姿になります。今日の日の為に作ったドレスでしたのに、婚約破棄という残念な結果を突きつけられることになってしまいました。いいえ、世界の思惑に勝つという晴れ舞台に着ることができて喜ぶべきでしょうか?

 そう考えながら、エリスの入れてくれた紅茶で喉を潤します。思っていたより喉が乾いていたようです。


「ねぇ、エリス。エリスはその事に怒っているようだけど、私はいい経験だったと思っているわ。わたくしはスラヴァーグ公爵令嬢ですもの。領地を治めるには、良い勉強だったわ」


 義兄に告白されてしまいましたしね。あっ!これもエリスに報告しなければなりませんわ。


「それから、お義兄様から結婚を申し込まれましたわ」

「は?」


 あら?聞こえなかったのかしら?


「ジークフリートお義兄様から結婚をして欲しいと申し込まれて、それに····あっ」


 私が話している途中だといいますのに、エリスは『ジークフリート様!!』と叫んで私の部屋を出て行ってしまいました。バタンと珍しく扉の音を立てて閉めるエリスの背中を見てホッとため息がこぼれ出ます。

 これで、いつもの日常が戻って来ることでしょう。


 ああ、でも第2王子を一発殴っておけばよろしかったでしょうか?いえ、それだと私は王子に従順になってしまっていたでしょう。関わらないことが、一番ですわ。


 その時扉をノックする音が響いてきました。エリスが戻ってきたのでしょうか?


「どうぞ、入ってきていいわ」


 扉が開いた先には執事のマークブラウンとお父様がおられました。何故、お父様がここに?私を呼び立てればよろしいですのに。

 私は立ち上がって、お父様の元に向かいます。


「お父様。お呼びいただければ、わたくしの方がまいりましたのに」


 あ!お父様とも普通に話せていますわ。


「おかえり、シャルロット。やっと戻って来てくれたのだね」


 そう言ってお父様は私を抱きしめてくださいました。やっと戻ってきた?確かにお父様の前では私は私ではありませんでした。


「シャルロット。私の執務室に来てくれるか?」

「はい」


 あら?それこそ私を呼んでくだされば、よかったですのに。


「その、それでだな。ゴホンっ」


 お父様は目を漂わながら何か言いにくそうにしておりました。


「なんでしょうか?」

「執務室に行くまで、手を繋いで行かないかい?」


 そんなことでしたら、いくらでも。


「お願いしますわ」


 そう言って私は手を差し出します。きっとお父様からすれば、私は5歳の子供のまま止まってしまっているのかもしれません。義兄との顔合わせの後の私は、お父様の前ではそれ以前のシャルロットではありませんでしたもの。


 大きな手が私の手を包みました。ふと、何か記憶に触れるものがあります。ああ、5歳の時が最後でしたわ。


「お父様。今度、お母様の墓参りに一緒に行ってくださいませんか?」


 たまにしか帰って来ないお父様と一緒に出かけることが、ただ一つだけあったのです。それが亡くなった私のお母様のお墓参りでした。墓地の入り口まで馬車で行き、そこからはお父様に手を引いてもらいながら、歩いていた。そんな記憶が思い出されてきたのです。それが、お父様と共に過ごす一番長い時間でもありました。

 馬車の中ではいろんな話をして過ごし、馬車を降りれば手を引いてくれる父。なんでもない一日でしたが、あの日を境にそれすらもお父様と関わることはありませんでした。


「ああ、そうだな。来月の月命日はどうだろう?」

「ええ、お願いしますわ」


 そのまま無言でお父様と手を繋いで歩き、執務室まで行きました。その後ろではマークブラウンが眩しいものを見るように目を細め、私達に視線を向けていたことは知る由もありませんでした。



「では、今回あった事柄を説明してくれないか?」

「はい」


 私はお父様の執務室の長椅子に座り、向かい側にいるお父様に視線を向けます。


「恐らく今回の事が世界にとって重要なことだったと思われます。結論から言えば、わたくしはアルフォンス殿下から婚約破棄をされました」

「婚約破棄?解消ではなくてか?」


 あら?お父様は国王陛下からお話を聞いていないのでしょうか?第2王子は陛下から許可はもらったと言っておられましたのに?まぁ、いいでしょう。


「はい。破棄です。それも私が王子妃としての資格はないという理由でした。卒業パーティーが始まって早々に名前を呼ばれ、婚約破棄を宣言されました」

「ほぅ」


 ん?なんだか、部屋の温度が下がりましたか?


「そして、私が差別をしたとか嫉妬をしたとか言われまして、わたくしはアルフォンス殿下のおっしゃっている意味が理解できなかったのです。一番問題なことなのですが、最上位の差別を受けている殿下が身分制度を否定する言葉を言われたので、恐らくこれは大事おおごとになると思われます」

「この国で身分制度を否定されたのか。これは、早急に手を打たねばならん。マークブラウン、今回関わった者達を早急に捕えて腕輪をはめるように近衛騎士団長に連絡してくれ」


 お父様は執事マークブラウンに指示を出し、マークブラウンはそのまま執務室を後にしました。

 あ、これも報告しておかないといけません。


「それから、学園の衛兵に攻撃されましたわ」

「なに!」

「正確には、アルフォンス殿下から私を捕らえるように命令され、その命令に従った衛兵にですわ。でも、今思いますと、これも世界の思惑が絡んでいたことかもしれません」


 それなら、納得することができます。学園の衛兵は基本的には学園の中の学生を護る為に存在しておりますもの。


「それも後程、調べておこう」


 お父様が調べてくださるというなら、安心ですわ。お父様の宰相としての仕事ぶりは尊敬に値しますもの。

 でもその前に一番肝心なことを言っておりませんでしたわ。


「あ、世界の思惑とは···」


 私がこうなってしまった理由を話すのを忘れておりました。使用人たちは皆が知っており、私に協力をしてくれましたので、お父様にもそのつもりで話してしまいました。

 しかし、私が話をしている途中で手を上げ、お父様は私の言葉を遮ってきました。


「その事はマークブラウンから聞いている。シャルロットが変わってしまったのではなく。どうしようもない世界という強大な力が働いていると、説明をされたので大丈夫だ」


 私はお父様には言わないでと言っておりましたのに、マークブラウンは話してしまいましたのね。あ、そう言えばお義兄様の話の中でもお父様から『世界の強制力云々』の話をされたと、おっしゃっていましたね。

 お義兄様····これも報告しておかないといけませんわね。


「あと、帰りの馬車の中でジークフリートお義兄様から結婚をしようと告白されました」

「は?」


 お父様が固まってしまったかのように、目を見開いたまま動かなくなってしまいました。もしかして、聞こえなかったのでしょうか?


「ジークフリートお義兄様から結婚を申し込まれました」

「いや、同じことを2度言わなくても聞こえている」


 お父様は眉間にシワを寄せて何か考えているようです。


「わたくしはお義兄様の告白に了承しましたわ」

「ちょっと待ってくれ、シャルロットはジークフリートと結婚しても問題ないのか?あの様に顔を合わすたびに····その、なんだ」


 ええ、文句を言っていたことですわね。確かに普通であれば、私はお義兄様から嫌われていても仕方がありません。


「その件ですが、ジークフリートお義兄様の侍従ローレンスが私がその様な者ではないと、お義兄様に常々言い続けてくれたそうです。それで、お義兄様からの誤解は早めに解かれたらしいのです」

「そうか、あのローレンスがか。だから、あの時は即答だったのか。後で褒美でも出しておこう」

「わたくしは今まで通り、スラヴァーグ公爵領に関わることができればいいですわ」


 まだまだ、やりたいことがありますもの。もっと領地を豊かにしてみせますわ。


「ん?ジークフリートに好意を持っているわけではないと?」

「え?貴族の婚姻に色恋を求めても仕方がないと思いますわ」


 するとお父様は遠い目をして『侍従につけたことは意味がなかったのだろうか』と、ブツブツと言い始めてしまいました。



 そのお父様を現実に引き戻すかのように扉がノックされました。


「入れ」


 私は扉に背を向けておりますので、誰が入って来たかはわかりませんが、2つの気配がありますので、マークブラウンと誰かが入ってきたのでしょう。


「旦那様。王城に早馬を出しました。それから····」


 マークブラウンが話している途中で私の隣に誰かが座ってきました。隣を仰ぎ見ると···ちょっと近くありませんか?お義兄様。


「はぁ、ジークフリート様をお連れしました。まだ、玄関ホールでエリザとローレンスに小言を言われ続けておりましたので」


 え?私が戻ってきてから大分時間が経っておりますわよ?


 そのお義兄様に視線を向けるお父様。

 私とお父様の親子関係も歪でしたが、お父様とお義兄様の関係はどうなのでしょうか?二人に関わることを避けてきた私にはわからないことです。


「ジークフリート。シャルロットとの婚姻を望んでいるとは本当のことか?」


 お父様が真剣な顔をして聞いています。


「もちろんです。シャルロットの夫になることが出来るのは自分しかいないと思っています」


 そ···それは、私が普通の貴族の令嬢として逸脱しているということを言われているのでしょうか?

 お父様は私にちらりと視線を向け、ため息を吐きました。


「はぁ、確かにそうだな」


 お父様!そのため息はどのような意味があるのでしょうか?やはり熊獣を素手で仕留めたことがダメだったのでしょうか?

 ですが、最終兵器を取られてしまい、武器がない状態でも、戦えるようにならなければいけないと思い立ち、身体強化に更に強化を重ねるという技を編み出し、ガルド爺の指導のもと修練し、脳髄が吹き飛ぶ程のパンチを振うことができるようになったのです。

 あ、脳髄が吹き飛んでしまったことがダメだったのでしょうか?流石にあそこまでの衝撃波が加わるとは思っておりませんでしたもの。


「シャルロットとジークフリートの婚姻は否定することではないが、私は正直お前たちが上手くやっていけるのか心配なのだ」

「ですが、義父上。シャルロットとの仲を改善させるために、私に侍従イグニスになるように言われたのではないのですか?」


 まぁ、そうでしたのね。確かにイグニスであったお義兄様とは問題無く過ごせましたわ。

 私が魔物を発見して飛び出して行くと、イグニスも付いてきて一緒に戦ってくれましたし、王城に行くときも付いて来てくれて、仕事の話をしようと王太子殿下を訪ねたときも側に控えてくれていましたが、普通に話しているだけでしたのに、何故か毎回イグニスから注意されてしまいました。

 盗賊に馬車が襲われた時に絶対に外に出ないようにイグニスから言われて、魔法で全滅させたら、小言を言われてしまいましたわ。

 マリーローズ様にお呼ばれして、お茶をいただいて帰る道中で、何故かマリーローズ様の侍従に笑いかけたことを怒られましたし····私もしかして、お義兄様からよく怒られています?


「それも理由として挙げられるが、ジークフリートをシャルロットの侍従につけたのは、シャルロットを世界という強敵から少しでも守るためだった」


 お父様!私のことをその様に考えてくださっていたのですね。あの、私の奇行を目にしておられたはずですのに。


「ですが、義父上」


 そう言ってお義兄様は私の腰を抱き寄せました。これ以上距離が近くなるのは流石に問題だと思います。


「私はシャルロットを愛しています」


 アイ?I?愛?!

 え?私の何処を愛していると言うのでしょう?確かに可愛いとか愛おしいとかおっしゃっていましたが、愛ですか?私は同じ想いをお義兄様に返せるでしょうか?


 うーん?イグニスとしては信頼をしておりました。しかし、お義兄様としては、まだここから関係をやり直すスタート地点に立ったばかりです。

 全てはこれからです。


「ジークフリート。シャルロットが変な顔をしているが?シャルロットはお前に好意は持っていないと言っていた。それでもいいのか?」

「それでいいです。いえ、シャルロットであることが私にとって一番なのです」


 凄く重い言葉を言われた気がするのは気の所為でしょうか?


「シャルロットはどうなんだ?お前の意見は先程と変わらないのか?」

「ええ、私はスラヴァーグ公爵領に関わることができればいいですわ。お義兄様との関係はこれからだと思っております」

「シャルロット。名前で呼んで欲しいと言っているだろう?」

「ジークフリート様」


 名前を呼ぶとキラキラした笑顔を向けられました。少し眩しいですわ。


「では、お前たちの婚姻を認めることにしよう。しかし、婚姻の時期は確定することは出来ない。今回の後始末があるのでな」


 それは、わかっております。あのアルフォンス殿下の発言を王家は否定しなければなりませんもの。


「では、義父上。半年後にお願いします」


 キラキラした笑顔のまま、義兄ジークフリートは婚姻の時期を指定してきました。ですから、今後の予定は未定ですとお父様はおっしゃっていたのですよ?最低でも一年は見ておかないといけないと思いますわ。


 ですが、お父様も認めてくださったので、私はスラヴァーグ公爵令嬢から悪役令嬢を経て、公爵夫人になるようですわ。

 これで、私はめでたしめでたしになることでしょう…か?

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