道具は人を選ぶ。それで俺が?


 言われるがままに筆を受け取る。

 見た目はいたって普通の筆だ。木の柄に何かの毛でできた筆先。何が違うかさっぱりわからない。



「魔道具ヴィンチ。見た目は他のものと変わりないが、使ってみればわかるであろう」

「魔道具……」



 俺が拾ったカラーバケットも同じ魔道具だと言っていたな。その類のものとなれば、まずは試してみるのが定石か。


 筆、改め、ヴィンチをカラーバケットの中へと入れる。

 毛先から染み込む色は、青みがかかった黒。描くものは先ほどと変わりない鳥。



 壁に筆をつけ、描いていく。



 書き心地は悪くない。

 頭の中でイメージした形をそのまま描き、鳥の形を成したとき、デジャヴのように壁から鳥が飛び出した。



「あ、やべ」



 またやってしまった。

 大きく円をかくように飛ぶインクの鳥。それを皆が見上げている。


 あのご老人もさぞかしお怒りになるだろう。そう思ったときだった。



「お? お?」



 鳥は静かに戻ってきて、俺の肩に止まった。そして何することなく、静かにそこで動かない。

 暴れるようなこともなく、攻撃するわけでもない。



「ほほ。お主、そやつに指示をしてみなさい」

「指示? えっと、じゃあ……あの――」



 最後まで指示する前に鳥は肩から飛び降り、まっすぐシエラの元へ飛んでいく。そしてシエラの頭の上に止まった。



「きゃっ。何、何? ちょ、退いて……ひゃあ!」



 数秒間止まったが、何することなく、すぐに俺の肩へと戻ってきた。その後、静かに壁の中へと飛び込んでいく。


 すると、描いた時と同じ姿形になって、絵に戻っていった。



「ほっほっほ。お主、なかなかやるのう」

「あのー……説明をしてもらってもいいですか? 俺、サッパリわかんないんすけど」



 使えばわかると言われたが、わからなかったこの魔道具。満足そうに声をあげたご老人に説明を求めたにもかかわらず、答えてくれたのはアシルだった。



「それは、魔道具【ヴィンチ】。魔力を込めることで、描いたものに命を吹き込むことができます。扱う人の技量で、描いたものを指示下におけるかどうかが変わってくる……今の状況からするに、ナオさんはヴィンチに認められたということでしょう」



 つらつら述べるアシル。



「さすが、四つ星。知識も十分あるようじゃの。まさにその通り。魔道具は持ち主を選ぶ。お主が持っておるカラーバケットも、そのヴィンチも。お主が使うがよい」

「貰っていいんですか? 話を聞く分には価値のあるものかと思うんですが」

「言ったであろう、持ち主を選ぶと。どれもお主を主と認めたのだ。それを使いこなし、世界を彩りなさい。お主のセンスが、作品が、そしてお主自身の存在が世界を変えるであろう」



 そう言ったご老人は、ここのスタッフへと一枚の紙を手渡すと、そっと屋外へと続く扉を通って姿を消した。


 緊張感がなくなった部屋。

 受けとった紙を確認したスタッフの中で、一気にどよめきが起こり始める。



 足場から降りて、片付けを始めようとしていた俺の元に、そんなスタッフがひとり近寄る。

 先ほどの受付のお姉さんだ。



「ナオ様。先ほどのお方……ジルニス様から承りまして、ナオ様にはクリエイターライセンスをお渡しいたします。また、一つ星からがスタートするのが基本なのですが、ジルニス様から二つ星を承っております。こちらがその二つ星ライセンス証です」



 渡されたのは名刺ほどの小さなカード。

 そこに俺の名前と思われる文字と、金属か何かで作られた星が二つつけられている。



「ナオ凄い! 二つ星スタートなんて聞いたことないもん! 私の方が先輩なのに、もう追い越されちゃった……」



 はしゃいで落ち込むシエラ。



「納得できる二つ星ね。だって、四つ星の私たちが推薦しているのだから! 光栄に思いなさい!」



 そう胸を張るルイーズの尻尾がちぎれるんじゃないかってぐらいブンブン横に揺れる。



「やりましたね。作品も素敵ですし、これからも楽しみにしています」



 最も大人な反応を見せたのは、アシルだった。



「そうだね。まだわからないところもあるけど、俺が作り出したものが大勢の人に見てもらえるのなら、嬉しいことだな」



 ライセンス証から描いた壁の絵へと目線を移す。


 まだまだこの世界に来てから時間が経っていない。

 文字もわからなければ、魔道具だとかもよくわかっていない。


 それでも、元の世界と通じる芸術がある。


 ただ絵を生み出すことしかできない俺だけど、この世界でなんとかやっていける気がした。



終わり

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クリエイター生活in異世界 夏木 @0_AR

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