クリエイターライセンスを取りに行く
「ふぁぁぁぁ……寝ちゃった。ナオ、進捗はど――……え?」
むくりと起き上がって大きなあくびをしながら、シエラは俺を見るなり、大きく目を見開いた。
「やあ。もうちょっと待っててくれるか? あと少しなんだ」
朝日が差し込む部屋。
俺は壁に板を立てかけて、両手をインクで染めながら描き続けていた。
最初に布バッグに描いたときと、板に描いている今。カラーバケットから生まれたインクの質感が全然違う。水彩絵具とポスターカラーぐらい違う。
どうやらこのカラーバケットは色だけでなく、質感までも変えてくれるようだ。
最初は筆で細い線を描き、そのあとはうねるように他の色を置いては伸ばして。乾いたところを爪で削ったり、真っ白の紙を置いてまっすぐなラインを作ったり。
今は夜通し楽しく描いた作品の仕上げをしているところだ。
カラフルな世界の上に、白で街と星、そして月を描く。
そこに人型のキャラクターを登場させ、手にハートを持たせた。これは俺のアイコンでもある、オリジナルキャラクター「ハートくん」。何ともいえない表情のゆるキャラだ。
ネーミングセンスが壊滅的なのは自覚しているから、とやかく言わないでくれよ?
最後に俺のロゴを隅に描いて……っし。完成。
「これが俺の世界。俺の作るアートだよ」
板を太陽光に透かす。
黒や濃い色の部分は光を通さないが、薄く塗られた箇所は光が通り、鮮やかな色が抜けて俺の顔に色をつける。
「シエラ?」
ほら、と見せても全然動きがないシエラは、目を見開いたまま口を開けている。
「信じられない……それも絵なの?」
「絵だよ。俺が作るアート。光があってこそ見え方が変わる絵。あ、もしかしてこの板、使っちゃまずかった?」
「板? あ! クラテリウム
「え、何。クラ……なんだって?」
「クラテリウム! 絵を描くときの台に使っていたんだけど、本当は何に使うのかいまいちわからなくて放置していた……」
「使ってなかったものってことだな。よかった、すごい高いものとか思い出深いものだったらどうしようかと」
思い出の品じゃないならよかった。俺も使い方よくわからなかったけど、シエラもわからなかったのか。
「随分斬新よね……今までに見たことないものだわ」
ベッドから降りてこちらへ移動してきたシエラが、まじまじと見つめる。
「もひとつ。バッグにも」
ほら、ともう一つ。先に作成したバッグを見せた。
「二つも描いたの!? 一夜で!?」
「一夜で。おかげで眠くなってきた」
見せたら瞼が重くなってきた。寝ていいかな。
「ちょっと! 寝ないで、ナオ!」
「ふぐうっ……首、首。閉まってるぅ」
頭がかくんとした途端、シエラが胸倉掴んで頭を揺さぶった。
疲れた頭がぐわんぐわんとシャッフルされて、胃液が込み上げてきそうだ。
シエラの腕をタップしてやっと解放される。
「さっそくクリエイター登録しに行くわよ!」
「え、俺、寝たい――」
「行くの! 今すぐ行けば、すぐに登録できるはずよ!」
「ええ……」
シエラの力が半端じゃない。
大の大人である俺の腕をひっぱり、難なく引きずっていく。平均的な背丈に体重もあるというのに、なんで彼女はそんなことができるんだ。どこにその力があるんだよ。
抵抗する力もない俺は両手に作品を抱えながら、されるがままに連れていかれた。
目覚めた街の中を大人の男が少女に引きずられていく姿はさぞかし奇妙だっただろう。
俺のことを知っている人はいないし、恥ずかしいよりも眠気が勝った。
「ぐぅ……」
「ちょっと! 寝ないでよ!」
そんな声は聞こえたが、俺の意識はところどころとんでいる。
目を覚ましなさいと、何度も顔をペチペチ叩かれたときには既に俺の前に宿よりもずっと大きい建物があった。
白塗りの壁に、黒いふちの窓。太陽光で反射して中は見えない。
ただ、丈夫そうな入り口とみられる扉が開いていて、そこから人が現れた。
「……ケモミミ……?」
出て来たのは、人間の体をしながらも、頭から大きめな猫のような耳を生やした男女。二人ともめちゃくちゃ顔がいい。似た顔をした美少年と美少女だ。
シックなモノトーンの服に身を包んだ小学生ぐらいの小さい二人だが、見た目にそぐわない汚物を見るような目を俺たちに向ける。
「うわ、あの変人。ルイーズのことめっちゃ見てるよ」
膝が出るパンツをはいた赤い短髪の少年が言う。
それに対し、ひざ下まで広がるスカートを履いた蒼い長髪の少女が答える。
「アシルのことを見てるんじゃない?」
なんかすごい言われようなんだが。
「ルイーズにアシル……お二人はもしかして双子クリエイターのルイーズさんとアシルさんですかっ!?」
「え、何。シエラの知り合い? この子供が?」
「知り合いじゃなくて、二人ともすごいクリエイターなの! 二人の作品はとんでもない値がつくんだからっ!」
「へー」
鼻息荒くなったシエラの隣で棒読みした俺。すぐにシエラがギロッとこちらを見てきた。
シエラのような反応をする人に見飽きているのか、双子クリエイターは変わらぬ目を送り続ける。
「ルイーズ。早く店に戻ろう? オープン準備しなきゃ」
「ええ。そうね。急がないと……うん? ちょっと、待って」
少年の方が腕をひっぱって去ろうとしたのを、少女が制止させる。
そして、少女は俺の目の前にやってきた。
「え?」
俺の腰ほどまでしかない少女が目の前に。この子めちゃくちゃ可愛い。言っておくけど、幼女趣味じゃないからな。
「ねえ、それは?」
「それって……これ?」
「そう、それ」
少女がいうのは、俺が抱えていた作品だった。
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