異世界初作品は賑やかに


 持っただけでカラーバケットの中にインクが溜まる。シエラ曰く、俺の魔法で作られたものらしいそれに、シエラの筆をつける。



 白ベースの生地だから、どんな色でも合う。

 いろいろな色で、楽しいものにしよう。



「――♪」



 手が勝手に動く。

 このカラーバケットは、いくつもの色を作る手間がいらない。思った通りに色が作られるようだ。筆をつければ、直前に使っていた色と混ざることなく、瞬時に色が変わる。



 なんて便利な道具なんだ。



 大方土台となる色をつけ終えたところで、今度は白を手に取る。

 指でなら細かく描けるからだ。


 普段なら白のペンを使うけど、さすがに手元にない。となると細筆を使うか、自分の指を使うかの二択しかない。


 これで何を描くのかというと、英語や日本語でのメッセージだ。アーティストのCDジャケットなら曲名や歌詞の一部を。店に飾るものなら店名を。その時に伝えない内容を描いている。


 この絵で伝えたいのは、この世界の美しさ……なんて洒落たものじゃない。

 絵は楽しい、どんな絵であっても誰か見ている。シエラが描きかけの絵を隠してしまったが、恥ずかしいものでもないし、シエラが頑張っていることが伝わった。もっとその楽しみを、頑張りを世界に知れ渡りますように。そんな思いを込めた。


 夢、憧れ、楽しさ、笑い。単語が頭に浮かんでくるが、それを英語や日本語で書いても読めないよな。この世界の言語は違うだろうから。



「うーん……ならば……」



 文字を残すことを諦めた。

 代わりに白で描くのは、多数の華と重なったライン。

 楽しさが咲き乱れるように。子供らしさと大人っぽさを要り交ぜた世界を、このキャンバスに満足いくまで塗っては書き込んだ。



「完成っ!」



 納得いく出来になった。

 もともとオフホワイトで汚れもあったトートバッグ。広い片面だけに深い蒼を多めに使った土台を塗り、その上に様々な色を飛ばした。

 勢い任せといえば、そう。二度と同じ形には作れない。


 赤、黄、黒、緑……様々な色を使ったけれど、色同士がけんかするようなことはない。ごちゃごちゃに混ざりあうようなこともなかったし、生地の裏まで染み込むこともない。

 好きなように、そして自由で派手にかました上、最後のしめに白で華を描く。

 布はあんまり数をこなしてきたわけじゃないけれど、作ると楽しいものだ。



「シエラ、完成し……っともうそんな時間か」



 振り返ったら、ベッドの上でシエラが体を丸めてスヤスヤと寝息を立てている。

 見渡す限り、部屋に時計はない。でも窓の外はうっすらと明るい。

 ここに来たときは星空が広がっていたが、今はその姿を見ることができない。どうやら描き始めてからかなり時間が経ってしまったようだ。



「俺も寝るかな……」



 人が寝ているのを見ると、何だか眠くなってきた。

 凝り固まった体を伸ばせば、バキバキと音が鳴る。


 このまま寝たいところだが、今の俺は沢山のインクを浴びている。

 乾いているところが多いけど、どこが乾いているかそうでないかはすぐにはわからない。目の届かないところまで汚れているかもしれないし、ベッドに横になったら汚してしまうかもしれない。



「……ベッドは使えないか。ならいつも通りの床か」



 ベッドまで移動するのが煩わしくて、アトリエの床で寝ることは多かった。翌日の体は痛むけれどそれも慣れたものだ。どこの世界でも、床は床。ベッドみたいに違いはないだろう。


 となったら、床で寝るためのスペースを確保しないと。

 散らばったシエラの荷物を避けて、俺が使った道具たちも部屋の隅に集めよう。


「お? これは?」



 片づけているうちに、一枚のクリアな板を見つけた。画用紙ぐらい大きい板だ。厚さは五ミリもないか。


 軽く叩いてみる。

 音からしてガラスではなさそうだ。プラスチックのようなものだろうか。


 シエラはこれを何に使っていたのだろう?


 俺はもともと、これに似たアクリル板にガラス用塗料で描くことが多かった。というか、それをメインのキャンバスに使っていた。


 透明感のある作品になるし、加工してアクセサリーにもしやすいし。


 この世界で似た素材があるとは思わなかった。いざ目の前にあると、これに描きたくてうずうずしてくる。


 シエラは何でも使っていいって言ったよな?

 ならば、この板も使っていい、よな?



 シエラをもう一度見る。

 やはりぐっすり眠っているようだ。



 心がザワつく。

 早く描けと。


 ……シエラが怒ったら、謝ろう。



 鬼の居ぬ間に。

 さらに描き続けた。




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