借金まみれで作品作り
シエラと夜道を歩く。街頭はなく、木々が不気味さを醸し出す中を二つの月明かりとシエラのランタンを頼りにして。
このあたりの土地はよく知っているようで、彼女は迷うことなく進む。木々の間を抜けて、恐れる様子さえ見せぬ堂々たる歩み。足取りに自身が感じられる。
その一方で俺は何一つわからないから、周りをきょろきょろしながら後ろを歩いた。
若い女の子の後ろを挙動不審に歩く男。こんなの知り合いに見られたら、かなり恥ずかしい。いないからいいけど。
廃墟を離れ、土の道を歩き続けること十分ほどで明かりが見えてきた。ずっと暗いところにいたから、少しの明るさでも安心する。どうやらそこは、街のようだ。
高い壁に囲まれているわけではなく、建物が密集しているのみ。建物もコンクリートのようなものでできており、この世界はそれなりに技術は発展していることが見て取れる。
明かりはなにも、街だけを照らすわけではない。やっと、前を歩くシエラの姿をはっきりと照らす。
彼女は桜色の長い髪を揺らして、振り返る。
「ここが商業都市、サンセベリア。今はあちこちのお店は片づけ始めているけれど、昼間は食べ物に服に武器に……何でもたくさん売られているの」
青空のような瞳を細めながら、笑顔で言ったとき、白いワンピースが動きに合わせてたなびいた。
「そりゃ見てみたいな。あ、でもお金なかった……」
ただ見していく客なんて、迷惑だろう。せめて購買意識をもって店は巡りたいものだ。
しかし、俺は無一文。肩を落としたのもつかの間、シエラが一つ、提案をする。
「だったらお金を稼げばいいじゃない。ナオは絵を描く仕事をしていたのでしょう? だったら、
「そんな簡単に言うなよ。自慢じゃないが、確かにあっちでは絵も仕事にしていた。けれど、こっちの世界との価値観が違うかもしれない。だから売れるかどうか怪しいだろう?」
「うーん……どうだろう? 見て見ないことには始まらないかな」
片手に持った魔道具・カラーバケットに目を向ける。
今は中にインクは入っていない。いつの間にか消え去っている。
これを使って描いてみるのも一つの手だが、キャンバスも筆もない。素手だけで描くのでは、かなり限られたものになってしまう。それは納得がいくものにならないだろう。
「せめて描く道具があればな……」
ぼやいたとき、シエラはクスリと笑った。
「あるよ。私、持ってるもん。貸してあげようか?」
「いいのか?」
「ええ。今回は特別に、ね。同じクリエイターとして、見てみたいし」
「助かる……ところで、その【クリエイター】っていうのは、何かを作る人ってことでいいのか?」
「ええ。クリエイターライセンスを得た……ナオ、持ってるわけないよね?」
「ないな」
どうやらこの世界ではクリエイターには免許が必要なようだ。もちろん、俺は持っていない。となると、俺はクリエイターを名乗れないのか……。終わったな。
「だ、大丈夫よ! 作品を持って、届け出をすれば審査されて得られるんだから。私だってもらえたもん。ナオもすぐライセンスとれるって」
「励ましの言葉をどうも」
心配になってきた。作品を作るのも時間がかかるし、それで収入を得ることすら難しい。いくら元の世界に戻るまでの時間を過ごすにしても、なかなか厳しい気がする。
「とりあえず! ここが宿! 私の荷物もここにあるから、さっそく描いてみよ? ね?」
シエラが足を止めた建物。木製の扉が閉ざされているが、中は明るい。
俺の手を強く引っ張って、宿の中へ入る。
室内はまるでゲームの世界にあるような宿屋だった。
木製のカウンターでは、女性が一人受付をし、その左右には上へと上がる階段がある。待合ロビーになっている入口にはいくつかテーブルとイスがあって、くつろげる空間だ。
質素でいいと思うが、どこか寂しい雰囲気だ。
もっと飾りがあってもいいだろうに。花とかでもさ。
飾りという飾りが何もなさすぎる。
そんなことを考えながら見ていたら、シエラは受付へとひとり向かって行く。
「あの、私の部屋にもう一人追加してもいいですか?」
「シエラ様ですね……お部屋はツインルームですので、お二人宿泊は可能です。ただし、人数につき一定の追加料金がかかります」
「む……わ、わかりました。支払います」
「かしこまりました」
シエラが受付で話をつけて戻ってきた。その会話は聞こえていたから、彼女の表情がどこかムッとしている理由もわかる。
「金がたまったら払うから。出世払いで」
「わかってます。後でたんまりナオにはお金を貰うので」
「はは。そうなることを祈っているよ」
シエラに続いて移動を開始する。
階段を上って通路を歩き、ここでふと思う。
俺みたいなおっさんが、初対面のこんな若い少女と一緒の部屋に泊まっていいものか。
日本だったら逮捕案件だ。この世界でもそんな法律があったのだとしたら、お縄につくしかない。この世界にも警察とか刑務所とかあるのだろうか。冷たい牢屋生活……想像するのも辛い。
「ナオ? どうしたの?」
「明日の俺は捕まっているんじゃないかって思ったら……」
「どうして捕まるの? ナオは悪いことでもしたの?」
「今、している。未成年者を連れまわして、一緒の部屋で寝るとか……」
「それで捕まることはないわよ。それに私ぐらいの年の子はみんなあちこち旅してるもの。さ、部屋はここ!」
疑心暗鬼になりながらも、開かれた扉の先に入る。
サイドテーブルをはさんで二つのベッドが並んだ部屋。その手前に置かれた大きなバッグ。床には幾枚もの紙が落ちている。
その一つを手に取る。そこには街のような景色が薄い線で描かれている。色はないものの、まるで小学生が描いたような絵。それが第一印象だ。
「あ」
「恥ずかしい! 見ないで!」
「いいだろ、クリエイターっていうんだからいずれ外に出すものだろうし」
シエラは見られたくなかったらしい。顔を真っ赤にして、落ちている紙を全て拾い、俺の手からも奪い取って部屋の隅へと逃げこんだ。
別に見られたっていいじゃないか。
絵は見られてなんぼだろう。
「途中のものは見られたくないの。ナオは見られてもいいの!?」
「うん。別に。というか、描いているところも見せてるし」
「中途半端なのを見せて恥ずかしくないの?」
「ライブペイントだから途中も見てもらいながら、時には一緒に描いていたよ」
俺は描いている間も見てもらっているから、恥ずかしさもなにもない。こうやって描いているんだって思ってくれれば、興味も湧くってものだろう。それに、みんなで描いたらまた楽しいし。
「シエラも一緒にどう?」
「ちょっと私は……それより、早く描いて見せて。筆も紙も、私が使っていたものはみんなそのへんにあるから」
「そのへんて……」
あちこちに道具が散らばっているのが目立つ。部屋やベッドを汚さないようにシートを張っているからインクが飛び散るようなこともないだろうけど、シエラ……さては片づけが苦手だな。
「一緒にやるのも楽しいんだけどな。あ、何でも使っていいのか?」
「どれでもどーぞ!」
「どうも。じゃあ、自由に使わせてもらうわ」
まずは何に描くか。紙でもなんでも描けるが、サイズによってかかる時間も変わって来る。いきなり大作は無理だしな。
「クリエイターの登録に必要な作品って、サイズとかある?」
「特にない。アクセサリーサイズでも、壁一面でもなんでも」
「そうか」
何にしようか。シエラの散らばった道具たちを見渡して唸っていたら、シエラはベッドに腰を下ろしてじっと俺を見る。
本当に見ているつもりなんだな。
彼女はそのままにしておこう。
キャンバス選びだが、どんなものに描いてもいいって話だし、シエラは何を使ってもいいっていうし、それなら紙以外に描きたい。何かいいものは――
「あ。コレ、使っていい? というか描いていい?」
ちょうどいいサイズで、描くのが楽しくなりそうなもの。
ただただ飾って眺めるだけじゃないものになるもの。
俺が選んだのは、シエラが画材を入れていたとみられる大きな布製のトートバッグ。縦横四十センチぐらいのサイズで、オフホワイトの生地にまるで撥ねたように塗料が付いている。
とくに何かイラストが描かれていたり、別の布が貼られてデザインされているわけでもないシンプルなもの。キャンバスにするにはちょうどいい。
でももし、このバッグに思い入れがあったら、ダメと言われるだろう。
「バッグでいいの? 紙もあるよ?」
「バッグだからいい。ダメか?」
「いいけど……」
嘘でしょうと言わんばかりの顔をしたシエラから許可が出た。よし、異世界初作品。このバケットの使い方もよくわからないけど、使えなかったらシエラの塗料を使うし。
どんな風になるかわからないけど、描くことは好きだ。
俺は腕まくりをして、カラーバケットをしっかり握って持った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます