第48話 太宰

 ミルクをすべて飲み干してしまった太宰に、つばきはくすっと笑う。



「あら、まあおヒゲ」



 そういうと不意につばきは身を乗り出し、手を伸ばすと太宰の唇に触れようとするので、太宰は慌てて体を反らせたため、椅子から転げ落ちる。



 大丈夫?と駆け寄るつばきを太宰は警戒するように睨む。



「なっ、何をする。お前の目的はなんだっ!」



 困ったようにつばきは笑う。



「ご、ごめんなさい、驚かせちゃって。ミルクで口ひげが出来ていたから拭いてあげようとしただけなのよ。赤ちゃん見てると、つい癖で手が勝手にでちゃって」



 つばきはティッシュの箱を差し出す。



「口ひげ?」



 ほら、と差し出された手鏡を見ると、上唇に牛乳をつけた間抜けな幼子が写っていてさらに驚く。よく見ると服の袖も異様に長くなっていた。慣れない変化と緊張のせいでいつの間にか術が崩れてしまっていた。



 まずい……と思ったものの、つばきは動じることなく太宰を椅子へと座らせ、ミルクのおかわりを出してくれた。



「大丈夫よ。私も仕事がらその筋の人とよく会うから」



 つばきはどうぞと居間の棚の引き出しから名刺を持ってくると、それを太宰に渡す。



 そこには問題物件・住居・店舗コンサルタントと書かれてある。



「これも御縁なのかしらね。あやめが諏訪の家の方とお友達になってるなんて」



 太宰が真顔で「というと」と聞き返すと、つばきは「まぁ、可愛らしい」とおかしそうに笑う。要するに、見た目と発言があっていないのだろう。



「私、事故物件とか霊障のある店舗の改善なんかをする仕事をしているの。実はね、悠護君の家の蔵の取り壊しを請け負ってくれる業者の仲介をしていたのは私だったの。でも、解体前に蔵崩れちゃったのよね、あの蔵」


 そうなのだ。あの蔵は秘密裏に取り壊しの予定があり、太宰はどうしても護をあの蔵から連れ出したかったのだ。

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