第47話 太宰
あやめの家は諏訪の屋敷から比べると、だいぶ小ぶりであったが、南仏をイメージしたというお洒落な一戸建てだった。
室内は広くもないが狭くもない、ちょうどいい広さで、引っ越したばかりだと聞いたが、荷物などは既に整頓され、室内はクリスマスの飾り付けがされてある。明日はキリストの産まれる前日、つまりクリスマスイブだ。
あやめはリビングのソファーへ適当に座るよう促し、お茶を用意していると、つばきは先月産まれま子供を抱き、太宰たちの前へやって来る。子供はすやすや眠っており、クリスマスらしく赤と白いの縞模様の服を着させられ、皆はその愛らしさに静かに歓声を上げる。護も赤ん坊を見るのは初めてのようで「可愛い」と目を丸くしていた。護をも虜にする女児の名前は櫻子といい、母親がつばき、娘があやめであることから、同じく花の名前にしたのだと聞いている。なんとも風流な母親と娘たちのなのだろう。
しかし太宰のいているのは可愛らしい赤ん坊ではない。
まさかあやめの母親だったとは……
彼女の名は旧姓兵藤つばきといい、仕事以外では夫の姓である鳴海を名乗っているという。黒髪の美しい女性で、確かにあやめによく似ている。目元はあやめのように表情豊かで、見るものを離さない。すらりと細みで、髪を不可思議な形の髪留めで結い上げ、温かそうなニットのワンピースを着ていた。それがまた色っぽい。いや、よく似合っていた。
これでは世の人間の男性が放ってはおかないだろうと思う。そばにいると心が落ち着かず、太宰は赤ん坊を適当に褒めながら、ずっとつばきを視界の隅で追っていた。
彼女の夫は医師をしていて、今日は学会があり留守だと聞いていた。後ろめたいことはないが、内心ほっとする。少し彼女と話してみたいと思っていた。
その日の夜、皆が寝静まったあと、つばきが起きている気配がしたので、眠れないという理由で下に降りて行った。すると彼女は太宰にホットミルクいれてくれた。酒のほうが緊張も解けるため良かったのだが、今は少年のなりをしているため、お礼を言ってそれを受け取る。
長袖のもこもこした部屋着姿はまた色っ、いや、可愛いらしい。
彼女は太宰の向かい側に座り、方杖をついて太宰の顔を眺める。素顔の彼女は学生のように幼く見える。
「太宰君はイケメンね。モテるでしょ?」
そんなことを言われて気恥ずかしくなり「いえ」とそっぽを向く。
「あたしが若かったら絶対好きになってたわ」
どうしてそんなに心を乱すことを言うのか。ざわめく心を落ち着かせるように、太宰は温かいミルクを流し込んだ。
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