第45話 諏方護
人の多い所は苦手だった。煩いし、そこら中に漂っている思念を遮断するのに労力がかかるからだ。そして電気系統の乗り物移動は更に神経を使う。護が乗ると必ず故障に見回られるため、とりあえず事前に念を込めた数珠なんかを多数身につけ、対抗策を取っておかなければならない。
いつもならそれが面倒臭いという理由で「行かない」という選択肢を選んでいたが、今回ばかりはどうしてもあやめに会いにいきたかった。
だから力を押さえるべく、下準備を万全にしてきたため、幹線線止まることなく、東京までの移動は思いの外快適だった。
初めて降り立った東京駅、がやがやと騒がしく、あまりの人混みでオロオロするも、この先にあやめがいると思うと、胸が高鳴る。自分が脇役であるとはわかっていたが、気分は主人公である。
護は迷子にならないように、太宰の服の裾を掴み、後ろを着いて行く。
改札が近づくとキャメル色のダッフルコートを着たあやめが護たちに向かって手を振った。綺麗な長い黒髪、直視するには眩しすぎるチェックのミニスカートにブーツを合わせ、初めて見る彼女の冬の装いに護の心臓はもう持ちそうにない。久しぶりに会ったあやめは以前より大人び、こちらが気を遅れしてしまう。
兄や凛と再会を喜びあったあと「久しぶり」とようやく護の番が回ってきたのだが、挨拶もそこそこに、あやめは怪訝そうな表情で護の隣にいる青年を凝視する。
「ねぇ……諏訪君、隣の人ってもしかして……」
だよね……
護の横には、漫画の主人公のような長めの黒髪をセンター分けした黒眉目秀麗の高校生くらいの眼鏡男子がいるのだ。
「あぁ、そう、それが太宰さんだよ……」
駅構内にあやめの悲鳴に近い驚きの声が響く。
「な、何で若返ってるの?」
「あ、言い忘れてたけど、太宰さんって人じゃないから……」
ご無沙汰しております、と太宰は恭しく挨拶すると、あやめはふらっとよろける。それを派手なギャル系の出で立ちの凛が受け止め、太宰に言う。
「だから、やり過ぎだっていったのに」
太宰曰く、TPOに合わせて高校生くらいの見た目の方が行動するのに違和感がないからだということらしい。
結局、あやめとろくな話もできず、話題は太宰のことばかりで、その後はあやめと凛の買い物の付き添いであり、護は凛の荷物を持たされた。そして、立ち寄ったカフェではあやめと悠護の付き合いたての気恥ずかしそうなやり取りを見せつけられ、気づけばあの太宰までもがいつの間彼らに馴染んでいた。輪に入れないのは護だけだったのである。
もう帰りたい……
あやめとのもしもを期待していた自分が情けなくなった。ちょっとトイレと、立ち寄った商業施設のトイレの個室で帰る理由を考えトイレを出ると、なぜかあやめが待っていた。
「ど、どうしたの?」
「太宰さんが遅いから見てきてほしいって」
少し話さない、とあやめは休憩スペースの空いていた椅子を指し、少し離れてお互い座る。
「悠護さんから聞いたよ。学校行ってないんだって?」
「それは……」
「私だって、心配してたんだよ。だから気晴らしになればと思って誘ったの。迷惑だったかな……全然楽しそうじゃないし」
「そういうわけじわないけど……」
その後なんとなく会話が続かなくなり、護は聞く。
「遠距離恋愛はどう?兄さんはいつも楽しそうどけど」
「諏訪君、そういうこと興味あるんだ?」と馬鹿にしたようにあやめは言う。
「べ、別にっ、ただ聞いただけだよ……」
「私は少し寂しいかな。周りに凛ちゃんも諏訪君も太宰さんもいないから。だから今日、みんなに会えて嬉しかったよ」
「……」
僕もだけど、と心の中で呟く。
「諏訪君は凛ちゃんとどうなの?私はお似合いだと思うけど」
「だから、何回も言うけど、からかわれてるだけだし」
「そうかな、いい感じだと思うけど。ほら諏訪君が凛ちゃんと付き合えばダブルデートできるでしょ?」
「ダブルデートってなに?意味わかんない。デートしたかったら兄さんと二人ですればいいでしょ」
「だって二人だとまだ緊張するから……」とあやめはもじもじする。
この人、僕のこと怒らせたいわけ?
「知らないよ……そんなの」
護が立ち上がり戻ろうとすると、あやめが待ってと、立ち上がり、護のコートの裾を掴む。
「あのね……今更こんなこと言っていいのかわからないけど、私、諏訪君、ううん、護君を好きだった気がするの。だから、会って自分の気持ち確かめたかったの」
護は驚いて振り返る。
「私っ、私ね、どうしようもなく護君が好きだったときがある」
「……僕のこと、からかってるの?」
「そうだったらいいんだけど、本当にそうじゃないの。でも、今日、護君に会ってみて、今はそんなに好きだとは思わなかったーー」
なにそれ……
思わず声を荒らげた。
「そんなことで僕呼ばれたわけ?本当勝手」
「わかってる。でも、このままモヤモヤしたまま悠護さんとは付き合えないと思ったから……勝手なのはわかってる、本当ごめん……」
「気がするって何っ?夢でも見てたの?あのときの兵藤さんは兵藤さんじゃなかったっていうの?手、つないで、キスだってしたじゃん」
つい、キスをしたなどと、口から嘘がついて出る。あやめはそれに驚く。
「え……なんでそれを?私もそんな夢を見た気がする」
「夢じゃないよっ」
「夢よ、あれは夢。なんで同じ夢を?それにあの夢でキスはしなかったわっ、まあ夢だけど」
あやめは怪しむように護を見る。
「まさかとは思うけど変な術とか私にかけてないわよね?」
「なんで僕が?そんなとこするわけないし」
「太宰さんから聞いたけど、私のこと好きなんでしょ?」
護はそれに慌てる。
「なにそれっ、そんなわけないから。太宰さん、何言っちゃってるわけ?僕、兵藤さんのことなんか全然好きじゃないから」
さつきから言いたい放題のあやめが腹立たしのに、大好だと思ってしまう。
「あっそ、私も護君のこと、それほど好きじゃないってわかったから。これでお互いスッキリしたわね」
「そ、そうだね」
僕は嘘つきだ。大好きなのに。好きだと言ってしまったら、この関係も壊れてしまいそうで怖かった。少し力を使い彼女の心情を覗くと、彼女が自分に対して好意の色をしていた。
太宰の術でも魔法なんでもいい、あやめが自分を好きだと言ってくれたことが護には嬉しかった。彼女は正直な人で、兄が好きなのだ。
「早く戻ろう、これから寄りたいお店あるから」
「えーっ、また買い物?もう足痛いんだけど」
「だったら太宰王子にお姫様抱っこでもしてもらえばぁ」
あやめはそういたずらっぽく笑い、さっさと行ってしまった。
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