第44話 諏方護



 季節は冬になっていた。



 護は離れの客間を自室として使うようになり、相変わらずの生活を置くっていた。客間の壁にはコンの茶色い蔦が縦横無尽に張り出し、窓を覆い、日中でも薄暗くまるでお化け屋敷である。



 あやめが転校してから学校にも行く気にもなれず、休みがちになり、とうとう明日で二学期終わってしまう。



 とはいえ、寒いので炬燵から動けず、ゴロゴロしていると、部屋に太宰がおやつを持ってやってきた。



「いつまでそうやっているつもりですか?明日で二学期も終わりですよ」


 

「そうだけど……」



 太宰は珍しく護と向かい合うように炬燵に入る。



「いい加減、立ち直ってください。女性はあやめ様だけではないですよ」


「別に、兵藤さんのことだけで学校に行かない訳じゃ……僕のせいで誰かが怪我したらこまるし、学校で噂になってるから……兵藤さんが転校したのは僕のせいだって……」



「人の噂も七十五日というでしょう。明日は学校も早く終わりますし、とりあえず荷物だけでも取りに行ってください」



「……太宰さんが僕になって取ってきよ。知ってるよ、最近変化の練習してるって。それに、兵藤さんを危ない目にあわせたのは太宰さんがコンを僕の部屋に置いたのが原因なんだよ、それくらいしてくれてもいいじゃん……」



「ですから、あれはテストだったんです。護様の適性をは測るための」 



「それは聞いたけど……僕行かないよ」



 護は目の前に置かれたかりんとうを仏頂面で齧り始める。すると太宰はどこからともなく大きい封筒を出し、卓上を滑らすようにこちらによこす。



「例の学園から入学の案内が届きました。護様は適性があるため、編入も可能だそうですよ」


 護は焦ってかりんとうを喉に詰まらせ、咳き込むと、天井からコンの蔦が伸び護の背中をトントン叩く。護はお茶でそれを流し込む。


「だから、行かないって!今の学校に進学したいって、言ったじゃんっ!三学期からはちゃんと行こうと思ってたのっ」



「この学校は誰でも入れる訳ではないんですよ。例の呪物を受け入れられる器の人間だけが入学できるんです。護様は呪われることもなく、それを手足のようにお使いになっているんですから。普通人間でしたら三ヶ月も持たないそうです。ですので特待生として迎えたいと、学園長が」



 そう、このコンこそが呪術、特に呪いの分野に特化した寺の運営する学園の試験だった。



「勝手に話進めないでよっ!絶対無理だし、そんなとこ……すごい厳しいって聞いたし、生きて帰って来れないっても聞いた……」



「ただの噂ですよ。あの学校をお出になれば術師としての将来も約束されたようなものです」



「術師になんてならないしっ」



「また、そういうわがままを。護様は自分で選んだんですよ。その道を。少しは悠護様を見習ってください。随分短期間で成長なさいましたよ」



「比べないでよ……兄さんとなんて……」



 確かに兄は変わった。今まで護にしてきたことを謝ってくれ、修行にも励み、朝は神社の掃除、放課後はコンビニでバイトも始めた。だからといって、これまでの兄を肯定できる訳ではない。それにーー



 バタバタと足音が聞こえ、ノックも無しにドアが開く。



「護っ、聞いてくれよ。あやめちゃん、新しいうちに引っ越したんだけど、泊まりにこないかって」



 やはり、ムカつくのは変わらない。

 あやめの母は無事女の子を出産し、戸建ての家に引っ越すのだと、凛からも兄からも聞いていた。



「あっそ、良かったね」


「でな、凛と護も遊びに来ないかって」


「いかない」


「俺はお前が来なくても一向に構わない。むしろ来ないほうが安全だって言ったんだ。けど、どうしてだか、お前に来てほしいって」


「な、なんで?」


「聞いても、護が来ないといけない気がするって。俺もそれ以上聞けなくて」 



 まさか、僕に会いたいとか?



 少し期待してしまう。



「ま、まぁ、そういうことなら。僕も東京も行ってみたしい……」


「じゃあ、決まりだな」


「では私も保護者としてお供いたします」


「いや、お前は来なくていい」


「そういう訳にはいきません。何しろ私は護様の式神ですから。あやめ様にもそうお伝えください」


 悠護は「聞いとく」と渋々部屋を出ていった。


 そわそわしている護に太宰は言う。



「今度こそ、お気持ちをお伝えになられたらいかがですか?」



「なんで今頃?言える訳ないよ。まぁ、向こうが好きっていうなら別だけど……」 



 護は言えなかったのだ。あの蔵での一件で兄が意識不明で病院に担ぎ込まれ、処置の間、あやめは立てないほどずっと泣きじゃくっていた。兄の意識が戻ったあとも「良かった」とまた泣いた。あやめが見ているのは兄なのだと、どんくさい自分にも痛いほどわかった。そして、案の定二人は付き合った。



 無論、未練しかない。あのときのあやめを到底忘れられる訳がない。しかし、もう忘れるしかないと思っていた。


 なのにーー



 また胸がざわざわした。


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