第43話 諏訪悠護
その一週間後、悠護は無事退院した。
骨折こそしなかったものの、全身打撲でまだ体のあちこちが痛い。大袈裟だがその日は車椅子で病院を出ることになり、まだ額には包帯が巻かれ、傷は少し残るかもしれないと言われた。ある意味、愚かな自分への戒めとなり、ちょうどいいのかもしれない。
蔵のあった場所は瓦礫を運び出し、更地になったと聞いた。あれほど取り壊しを拒んでいた建物がいとも簡単に撤去され、例の呪物騒ぎの噂を聞きつけた諏訪一門の間では皆、護を恐れたが、かの有名な陰陽師の生まれ変わりではないかと言い出す人間もおり、時期頭首に、との声も上がっているという。
今回のことである意味肩の力が抜けた。あんな化け物と張り合う事こそ無意味だ。頭首の長男と肩肘張って生きてきたが、金輪際もう辞めにしよう。
入院中、年頃の派手な女子に化けた凛は、あやめとバツの悪そうな護を連れ見舞いに来てくれた。
あやめは約束通り悠護の好きなアイスを奢ってくれ、凛が気を利かせ部屋に二人っきりにしてくれたので、あやめと二人で久しぶりに本の話をした。あやめが無事で、こうして本の話ができる、それで充分だとようやく気づけた。
その日の午後、あやめとあやめの家族が屋敷を訪ねて来た。なんでも悠護の退院祝いを兼ねて、庭で仕切り直しの花火大会をするという。あまり外の人間を入れたがらない両親だが、兵藤家一家は例外でなぜか歓迎されていた。両親共々娘が欲しかったというのもあるのかもしれないが、とくにあやめは母に気に入られているのだ。
運良くあやめの家族は例の呪物の大惨事目撃していないとのことだった。もし見られていれば、この家族が屋敷に来るとこは二度となかっただろう。
そして驚いたのは派手な女子に化けた凛とあやめは姉妹のように親しくなっており、浴衣姿の彼女たちはなにかにつけて部屋に戻ろうとする護を口うるさく引き止め、護を食事の席に着かせていていた。その様子に思わず笑う。笑った拍子に体は軋むように痛むが、その痛みは不思議と心地いい。
辺りが暗くなるなるのが早まり、まだ暑さは残るものの、夏の終わりを感じさせる8月末。灯籠に明かりが灯された枯山水の美しい庭は、今日ばかりは花火会場と化し、凛を筆頭にあやめと弟が手持ち花火をしたり、すみで見ている護に凛が爆竹を投げたり、騒がしかった。
まだ、足が完全でない悠護は、座敷で大人たちが酒宴に興じているのを横目に縁側に腰を掛け、外の賑わいを見ていた。すると、あやめの弟がやってきて「見て見て」と無邪気にパチパチ火花を放つ花火を見せてくれた。
「あ、もう消えちゃった。新しいの取ってくるね」
凛の所に走っていく弟と入れ違うように、あやめが花火の袋と水の入ったバケツを下げやってきた。
「弟の相手をしてもらってありがとうございます」
「俺の方こそ、綺麗な花火を見せてもらってたよ。大きい花火もいいけど小さな花火もいいね」
「じゃあ悠護さんもやりませんか?花火」
そう言うと、あやめは火細身のライターで蝋燭に火をつけてくれ、持ってきた花火をしばし二人で楽しんだ。
「やっと見れましたね、花火」
「うん」
「あの二人には話したんですけど、私、東京に戻ることにしました」
思わずあやめの顔を凝視する。
「えっ……」
「お母さんのことも心配だし、あのうねうねに巻き込まれるのは懲り懲りですから」
勿論、ショックは大きいが普通の女の子があんなことに巻き込まれれば、みんなそう言うだろう。悠護は肩をすくめ「だよね」笑う。花火を見つめたままあやめは言う。
「引き止めくれないんですね……」
「引き止めて欲しいの?」
「それは、まあ」
「あやめちゃんを危険な目あわせるような奴に引き止める権利なんかないよ」
「それもそうですね」
「護はいいの?」
あやめは新しい花火に火をつけながら言う。
「諏訪君は、ただの友達です。それにあんな危ないもの普段から持ち歩く彼氏とか絶対嫌です」
彼氏、という言い方が引っかかったが、あえてそれを使う。
「俺も嫌だな、そんな彼氏」
すでに消えた手持ち花火を悠護はバケツに捨てるとジュッと音がする。
「私は術なんか関係なく、芥川さんのことも、悠護さんのことも大好きでしたよ」
あやめの持っていた花火が消え、彼女の顔が暗くなる。
「……それって」
彼女はこんな自分を好きでいてくれたのか……
その言葉だけでもう泣きそうだ。
あやめは消えた花火をバケツに入れると、清々した顔で悠護の前に立ち右手を差し出す。
「お元気で」
「……」
このままじゃ駄目だーー
悠護はその手を取らず、立ち上がりあやめが遠くに行ってしまわないようきつく抱きしめる。
「行かないでよ」
「それはできません……」
「引き止めろっていったのは君だろっ」
「……遠距離の彼女じゃ、嫌ですか?」
「えっ?」
「だから、遠距離ーー」
「嫌じゃないっ。俺が会いに行くから」
嬉しくて涙が溢れた。
「私も……会いに来ます」
さらにあやめをきつく抱きしめる。悠護が我慢できず声を上げて泣き始めると、あやめは困ったように言う。
「あの……悠護さん、落ちついて。みんな見てますから……」
「いいんだ……もう、あやめちゃんがいてくれれば」
「はい……」
あやめは悠護を抱き締め返した。
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