第42話 諏訪悠護



 目が覚めると、心配そうなあやめの顔がすぐ近くにあった。何かあったのか?と思考を巡らせた同時に体のあちこちに痛みがあり、体が思うように動かない。



 何だこれ……



 あやめの目は赤く震えた声で言う。



「悠護さん、気がついたんですねっ」



 あれっ、俺どうしたんだっけ?



 悠護は記憶を順に辿って行く。



 確か、あやめちゃんと護の蔵に……



「良かった」とあやめはぐすぐす泣き始める。


 視線が追える範囲であたりを見渡すと、見たことのない白い部屋だった。独特の薬品臭さから、なんとなくここが病院だとわかる。あやめを見るとの髪はボサボサで浴衣も泥だらけだった。



 そうだ、いきなり蔵が崩れてきて咄嗟にあやめちゃんを蔵の外に突き飛ばしたんだーー



「あやめちゃん、ごめん。さっき突き飛ばしちゃったけど……怪我はなかった?」



 あやめは肩をヒクつかせ答える。



「悠護さんのおかげで、無事ですっ……でも、でもっ、悠護さんが……蔵の、下敷きに」



 ああ、そうだったのかと目を閉じる。



 これはきっとバチが当たったのだ。なんであんな子供じみたことなんかしてしまったのだろう……俺は最低だな……



 護とあやめが思いのほか親しいことに嫉妬していた。二人がコンビニでじゃれ合う姿を目の当たりにして、胸が傷んだ。凛に頼み、護のあやめと護の仲が拗ればいいと、くだらない画策をした。しかし、弟は化け物だということをうっかり忘れていた。



「そうだ、護は?」



 あやめは途端に仏頂面になる。



「無傷です。むしろ周りが大変な騒ぎになってました」



 あやめの言う話では、護の持っているうねうねしたものが、護と凛を落下物から守っていたそうなのだが、その後駆けつけた人たちを蔦が襲い始め、大惨事になったとの事だった。



 さっきまで泣いていたあやめが護の話になった途端プンプン怒り出すので、呆れて笑ってしまった。



「悠護さんのお父さんとお母さんもあのうねうねに巻き込まれたんですよ。でも、私と悠護さんは先に太宰さんに助けられて病院へ」



「太宰がーー」



 なんだかんだで太宰はこんな俺のことを守ってくれてるんだな。



 どうしようもなく目頭が熱くなる。それを察したのか「先生を呼んできますね」とその場を離れようとするあやめを悠護は呼び止めた。



「あやめちゃん、聞いて欲しいことがある」



 悠護はどうにかこうにか体を起こし、これまでの事をあやめに全て話した。術のことも凛のことも。あやめはそれを黙って聞いていた。



「最低だよね……本当はさ、俺、あやめちゃんが思ってるような品行方正の文学青年なんかじゃないんだ。あやめちゃんに好かれたくて、物分りの良い年上のお兄さんみたいなキャラ作ってた」



 あやめは黙ったままだ。



「あやめちゃんと花火見たかったんだ。ただそれだったのに」



 あやめは落胆したようにふーっと息を吐き出す。


「……馬鹿ですよ、悠護さんは」


「だね」 



「別にそんなことしなくても、私は悠護さんが好きだっのに」


「……そ、そうなの?」



「でも、たった今嫌いになりました」


「えっ……」



「だけど、悠護さんのお陰で私は助かりました。それは感謝してます。だから、今度何か奢ります。悠護さんの好きなもの」


「あやめちゃん……」



「だから、早く怪我、治してくださいね」



 あやめはそういうと土で汚れた顔で笑い、カーテンを閉め、部屋を出ていった。

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