第37話 諏訪悠護
車は流れるように歩道を歩いている護とあやめを追い越し、コンビニをも通り過ぎる。
悠護はレースのカーテンをこじ開け、慌てて言う。
「おいっ、太宰っ。コンビニ過ぎてるぞっ」
「もちろんあとでコンビニには寄ります。その前に少しドライブいたしませんか?私も、悠護様とお話がしたいのです」
止まれ、と言うが無視され、車は走り続ける。
悠護は諦めたようにシートに身を投げ出す。
「何だよ、話って」
「たまには恋のお話でもしようかと思いまして」
「馬鹿かっ」
「そっくりそのまま、その言葉お返しいたします。悠護様こそ、神聖な御山でいったい何をされていたんですか?」
「心身の禊に決まってるだろ。毎月行ってる」
「その割には随分邪念にまみれてお帰りですね」
嫌な所をついてくる。
「禊をしたからって、全ての穢を落とせるわけじゃないからな」
「そうでございますよね。実は私も、とある女性が突然気になるようになりましてね。どうしたものかと凛に相談したんです。そうしたら、悠護様に会えばわかると言われたものですから」
やはりこいつらには隠せないか、と舌打ちする。
「だったらなんだよ。あーそうだよ。あやめちゃんに術をかけたのは俺だよ。俺のことを好きになってくれるように。そういう力があるんだ、使って悪いかっ」
「相変わらずですね、悠護様は。どうしてそんなに自信がないんです?術なんか使わずとも、あやめ様はあなたに惹かれているように私には見えましたよ」
そんなことわかっている。ただ、絶対的なものが欲しかった。大切な人に去られるのがどれだけ辛いか知っているからーー
お前のせいだろ、太宰っ!!
幼い頃、彼を本当の兄のように慕っていた。本を読むようになったのも太宰の影響で、太宰と本の話しをするのが悠護は好きだった。
なのに彼は護を選んだーー
お前のせいだなんて、そんなこと絶対に言いたくない。自分は諏訪家の長男として、女々しいことは言ってはいけないからだ。そうしつけられてきた。
不貞腐れながら車の窓から外を見やる。
「そんな邪念だらけでかけた術が正しく作用する訳がないでしょう。あなたの術のせいであやめ様を、いえ、私も含め、周りをも変えてしまったんですよ。人を呪わば穴2つと何度も教えていたはずです。拗ねた子供はあなたの方ですよ、悠護」
全くその通りだ。案の定、術の精度は恐ろしいほど悪い。
「……呼び捨てにすんなよ。クソ狐」
「でしたら、あなたはクソガキですね。さ、そろそろ参りましょう。もう一人のクソガキと思わせぶりなお姫様を拾わなくてはなりませんから」
そう言うと、太宰はまた勢いよく車をUターンさせる。おかげでガクンと体が傾く。本当にうちの式神たちは運転が荒い。今まで聞いたことはないが、そもそも彼らは運転免許をどうやって所持したのだろう。
しかし、そんなことよりも、だ。太宰の物言いが引っ掛かる。
「つか、思わせぶりって、太宰、お前のあやめちゃんのこと、本気とか言わないよなっ?」
「悠護のかけそこねた術の影響とはいえ、心が動いたのは確かです。あやめ様は人間の娘にしては愛らしい方ですので」
「あのな……」
「というのは冗談です。呪詛の主が解った時点で私への呪詛は悠護に返しましたから」
「……」
要するに呪詛返しされた。だから、あやめは護のところに行ってしまったのかもしれない。
「あやめ様の心がこれ以上離れないうちに、彼女にかけた術を今すぐ解いてください。でないと、あやめ様はどんどん護様の方へいってしまわれますよ」
「わっ、わかったよ」
悠護は着ていた作務衣の胸の内に忍ばせておいた、小ぶりの人形〈ヒトガタ〉の紙人形に巻かれた糸を真言を唱え解く。これでひとまず、あやめの術は解けるはずである。
「よくできました。それでこそ、私の主の悠護です」
私の主という言葉にやられ、不要に涙が滲む。そういえば、こんなふうに話したのはいつぶりだろう。
「今更……」
「心配しなくとも、振られたときは元式神として慰めてあげますよ」
「うるせ。つか、太宰って、昔から運転してるけど、免許もってんの?」
「それはご想像にお任せします」
「はぁ?ぜってーもってねーだろっ。今すぐ降ろせっ!」
またもや悠護の発言は無視され、車は速やかにコンビニへと向かった。
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