第36話 諏訪護
既に暗くなった坂道を護は勢いに任せ走った。
車内は地獄だった。兄と親密な彼女を目の当たりにし、もう、どうしていいかわからなかった。太宰が彼女を操っていたのだとしても、これまで、あやめと話した一言一句が何度も頭の中で反芻され、泣きそうで吐きそうだった。それでも、力が暴走しないようにこれでもかと腕に爪を立て、痛みで冷静さを保っていたが、花火大会の話しを聞き、本当に泣きそうで車を降りるしかなかったのだ。
心配して損した……
あやめは本物の兄と今まで一緒だったのだ。
護は走るのをやめ、たらとらと歩く。慌てて出てきたため、財布なんか持っているわけもなく、コンビニに行っても意味がない。少しぶらついて帰ろう、と行くあてもなくウロウロしていると、後ろからバタバタと走ってくる足音が聞こえ、それは少し後ろで止まる。
「諏訪君っ」
あやめの声がだった。護は黙ったまま足を止める。あやめはそれ以上は近づこうとはせず、護の背中に言う。
「さっきはごめん……私、酷いこと言っちゃって。お母さんのことで混乱してて」
それに答えずにいると、彼女は続けた。
「お母さん、病気とかじゃなくて、妊娠してたんだって。それで一時は危なかったみたいだけど、今は落ち着いたって」
「……そう、お母さん、無事で良かったね」
「うん」
「……」
「私のこと探してくれてたの?」
「そりゃ……僕が泣かせたみたいになってたから……」
「ごめん、あたしが勝手に泣いたのに。お詫びにコーラ奢ろっか?」
「いらない」
「本当、拗ねた子供みたい」
「君が言う?」と思わず振り返ると外灯に照らされた彼女はクスクス笑う。彼女はずるい。そんなふう微笑まれたら何も言えない。彼女が眩しくて思わず俯く。
「いいよ、奢る。だから、私のこと呪わないでよね」
「はぁ?」
もう、完全に弄ばれている。
「ほら、行くよ」と彼女は護を追い越し、コンビニの明かりの方へ歩いて行った。
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