第35話 諏訪悠護

 

 車内は寒いくらいにエアコンが効いている。後部座席にあやめと隣同士で座っているものの、先程からあやめは義理の母親と電話で話しており、遅くなった訳を説明している。



 結局、花火大会の話は宙ぶらりんのままで、ようやくあやめの電話が終わると、今度は道でウロウロする護を太宰が見つけ、護は太宰に連れられ助手席に乗り込んできた。



 しかし、乗り込んできた護はあやめに気づくと、やっぱり歩いて帰ると言いだし、だったら、私が降りるから、と二人とも車を降りる始末だった。



 そう言えばさっきあやめが護に酷いことを言ったと言っていたが、あの気の弱い護が怒るくらいだ、よほどのことを言ったのだろう。これも術の力のか、と顔には出さず心の中でほくそ笑む。



 結局太宰になだめられ、護とあやめが険悪なまま、車は走り出す。さっきの続きをしたい所だが、あやめはムッとしたままレースのカーテンが引かれた窓を見ている。



 車内は重々しいくらい無言である。

 


 すると、太宰が「そういえば」と突然口を開く。



「あやめ様はこちらに越してきて初めての夏を過ごされるわけですよね?」



 それにあやめは「はぁ」と気のない返事を返す。



「では、この街で花火大会があるのをご存知ですか?」



「それはーー」と、あやめは悠護を見る。そこですかさず悠護は言う。

 


「さっきちょうどその話をしてたんだ。二人で行こうって」



 それに助手席の護の肩が明らかにビクつく。やはり、護もあやめのことが気になっているようだ。



「そうでしたか、でしたら話は早い。今日、あやめ様のお母様と奥様が話をしてらして、毎年主催者の方からのご厚意で毎年特別観覧席を用意してもらっているからと、それに兵藤家の皆様も奥様がお誘いしたところなんですよ。奥様もあやめ様のお母様も、あやめ様に可愛い浴衣を選んで差し上げたいとはりきっておられました」



「えっと……あの……」



 あやめは困ったように悠護を見る。



 そう来たか…… まあいい、それでもあやめちゃんと花火に行けることには変わりはない。



「母さんがごめんね。うちは男ばっかだから、あやめちゃんが来てくれて嬉しかったんだと思うんだ」


あやめは困ったように笑う。


「あ、あの、お誘いただいて嬉しいです。それに浴衣着るの久しぶりなので」



 あやめの艶やかな浴衣が目に浮かぶ。



 ついでに「護も行くだろ?」と兄らしく聞いてみる。



「行かない」


 だろうなーーと思いつつも、一応兄らしく注意する。



「また、そうやって拗ねた子供みたいなことを」


「来たら困るのはみんなの方だろ……」

 護はボソリと言う。


 コンビニ寄るから止めて、と護は言い、車が路肩に停車すると、護は逃げるように車を降りた。


 勝ったなーー


 だが、顔には1ミリも出さない。護が自分の立場をわきまえている所は褒めてやろう。



「護がごめんね」



「いえ、あの、やっぱり私、諏訪君に謝って来ますっ」



 あやめはそういうと、扉開き、車を降り護を追いかけて行ってしまった。



「えっ……」



 術はどうした……?



 太宰が笑いを堪えて言う。 



「悠護様、どう、なさいます?一緒に降りられますか?」



 それに思わず舌打ちする。



「コンビニまで車を回せ、あやめちゃんのお母さんが心配してるんだ。二人とも連れて帰る」



「承知致しました」



 すると太宰は目の前がグラリと揺れるほどの勢いで車をUターンさせた。


 

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