第31話 諏訪護



 恐怖心や孤独感が目に見えて彼女の周りを黒く覆い始めていた。



 普段はそういうものをあえて見ないように自分に術をかけいる護であったが、今の彼にはその術を維持できる精神状態ではない。



 それらの感情は色や形を持ち、護はそれを幼い頃ころより視覚で感じることが出来きた。それは人間不信になる原因でもあり、護を取り巻く大人が一様に自分を恐れていることに気がつくきっかけでもあった。



 護はそんな体質を嫌悪し、その能力を封じるすべを知ってからは、そういう類のものは見えなくなっていた。しかし、体調が悪い時や、こんなふうに目の前で女の子に泣かれるなど、心が乱れているときはその術が解けかけ、不用意に見えてしまうときがある。



 彼女は母親を失うことを何より恐れているようだった。親への強すぎる思いはときに依存という呪いとなる。彼女の体は不安や恐怖の黒い霧に包まれているようだった。



 ただ、護はそれが少し羨ましくもある。それほどまで愛している母親がいることが。そして、愛されている母親が。



「……お母さんのこと大好きなんだね」



 あやめは泣きながら答える。



「別にっ、ただ心配してるだけよ」



「でも、すごい泣いてたから……」



 彼女はむきになり、言い返す。



「親が病気なら心配して泣くのは普通でしょっ?」



 なぜか彼女は護に対しあたりが強い気がしてならない。



「そ、そういうものかな……」



「そうよ、でも諏訪君にはわからないかもね、片親の子の気持ちなんて。諏訪君はなんだかんだいって恵まれるし。こんないいお家住んで、執事さんまでいてさ。お父さんとお母さんさんだって親切だし、引きこもりなんて、ただの甘えじゃないっ!」


 なっ、なんで、そうくるかな……


 わかっている。黒い霧が彼女をそうさせていることくらい。しかし、言われたくない事だって護にはあるーー


「なんでそんなこと兵藤さんに言われなきゃいけないの?今、関係ないよね?」


「あんたが幸せだって言ってるのっ!私はずっと我慢してきたのっ!こんな田舎来たくなかったっ!コンビニだって遠いし、坂ばっかだし、でもお母さんが迎えに来てくれるって信じてたから我慢できたのっ!お母さんがこないなら意味ないよっ」


 諏訪君の馬鹿っ!とあやめは言い捨て、離れのある方へ走って行ってしまった。


 てっきり、あやめは離れに帰ったものだとばかり思ってたが、その日の夕方、彼女は帰らず、連絡もつかないのだと、太宰から聞かされ、護は蔵を飛び出しあやめを探しに出た。


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