第30話 諏訪護
禊とは、川や滝、海など水場で身の穢れを洗い流し、清めることをいう。神事の際はこれを行うことが通例であり、自らを律し、邪念を持ち込まないためでもあるのだが、今の護には邪念しかない。通例通り、禊の祝詞
を唱えるものの、昨日のあやめのことで頭が一杯である。
一応、良い匂いのボディシャンプーで洗っておこうと、体の隅々まで清めた護は緊張ぎみに彼女の所に戻ると、そこには悠護に成り代わった凛が座っており、あやめと神妙な顔で話をしていた。
「あの……」と声をかけると、あやめは暗い表情で護を見た。
「あ、諏訪君、もう大丈夫。悠護さんが占ってくれたから」
「えっ……あ、そうなんだ……」
凛はちらりと護に視線を向け言う。
「護、少し外してくれないか?少し二人で話したいんだ」
「えっ?」
お願い、とあやめに言われ、護は「わかった」と外に出るが、二人の様子がどうしても気になり、駄目だとわかっていながらも蔵の壁をよじ登り鉄格子のはめ込まれた窓を少し開け中を覗く。二人は向かい合い、何かを話していたが声は小さくて聞こえない。
もし、変なことになったらどうしよう……
そんな不安にかられていると、あやめはふいに顔を両手で覆った。ここからは彼女が泣いているように見える。
何があったんだろう……
あやめは立ち上がると「ありがとうございました」と悠護に頭を下げ、蔵を出ていってしまった。護は慌てて窓から飛び降り、あやめを追いかける。
「兵藤さんっ、待ってっ」
あやめは振り向かず黙って足を止める。
「あの……りん、じゃなくて、兄さんに何かひどいこと言われた?」
「……」
「あの、占いは所詮占いだから、気にしちゃ駄目だよ」
「そうじゃないの……思い出したんだ、お母さんに電話で言われたこと」
「えっ?何を言われたの?」
「これからは菜々実さんのこと、お母さんって呼んでくれないかなって」
「菜々実さんって?」
「義理のお母さん。私、なんて呼んでいいのかわからなくて、菜々実さんって呼んでたから……」
「……それが嫌だったの?」
「そうかもしれない。お母さんが迎えに来てくれないような気がしたから……それにね、お母さんが病院にいるのが見えたって、悠護さんが言ってたの。多分入院してるのかもしれないって……」
「……えっ」
「お母さん、前に倒れたことがあって……過労だって言ってたけど、なんか良くない病気なんじゃないかって……」
あやめは顔を両手で覆い、肩を震わせ泣き出した。
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