第29話 諏訪護


「おい、護。いい加減起きろ、もう昼過ぎてんぞ」



 体をガクガク揺すぶられ、かろうじて目を開けると、袴姿の兄の悠護、ではなく兄に成り代わっている凛がいた。



 ちらりと時計に目をやると、午後1時を過ぎた頃だった。いつもならまだ寝ている時間である。昨日の疲れと力の使い過ぎでなんとなく体がだるいが「外にあやめちゃんが来てる」の一言でパッと目が覚める。



 そういえば、昨日母親の居場所を占うという約束をしていたことを思い出す。ちょっと待って、と慌てて布団をかたし、昨日から着たままの服を着替える。



「変なことすんなよ」と凛は言い捨て部屋を出ると、入れ違うように白いワンピース姿のあやめが入ってくる。思わずそれに見惚れた。



 あやめは太宰さんからだと、護に紙袋を渡す。匂いですぐそれが護が大好きなハンバーガー店の物だとわかる。普段は気が淀むとかなんとか言われて滅多に食べさせてもらえないが、これは彼なりの謝罪のつもりなのだろう。



「それより、太宰さんに会ったの?」



 あやめに近づくな、と昨日彼には言ったばかりである。



「さっきまで一緒だった。病院に送ってくれたの」



「病院?」と慌てて聞き返す。

 


 彼女の話では昨日の件で、精密検査受けたほうがいいと、太宰から母親に話がいっていたようで、母親の付き添いの元病院に行き、その帰り、母親と二人高級ランチをご馳走になったのだそうだ。



「検査で異常はなかったけど、目の下にくまが出来てて、睡眠不足は貧血になりやすいから、夜ふかしはほどほどにって」



「昨日遅かったもんね」



「だって、あんなことがあって眠れるわけないでしょっ!朝は眠いのに病院に連れていかれるし、かなり寝不足。あ、それと今日もお世話になることになったから」



 午前中、あやめの父は護の父と悠護とともに自宅の様子を見に行ったそうなのだが、自宅の水道管も駄目になっていたようで、しばらく諏訪家でお世話になることになったのだという。


 彼女はしおらしくと頭を下げた。



「でも太宰さんのことは許した訳じゃないけど、昨日のことも朝謝ってくれたから。悠護さんの話では護君の事になると周りが見えなくらい過保護になるんだってね。悠護さんも注意しておくって言ってくれたから」


「ご……ごめん」


「もういいよ。ランチもご馳走になったし、今、弟の勉強も見てくれてるんだ。まぁ悪いひとではないみたいだから。あ、それと、太宰さんから伝言。大変申し訳ないことをいたしました、どうか、お許しくださいって」


 護がぶすっとしていると、そんなことより占いっ!とあやめは護を急かす。そうだったと、ハンバーガーはお預けだと、そのへんにある紙と筆を床に置き、あやめを座るようにうながし、護も向かい合うように座る。


 てか、二人っきりだった……


 急に意識してしまうと緊張してしまい、喉がかわいたため、冷蔵庫から水のペットボトルを2本出し、あやめにも渡す。


「じゃ、じゃあ、こここ、これから、始めるね」


 うん、と彼女は真剣な眼差しで見てくる。はっきりいってこのシチュエーションでは集中できない。昨日のことが頭をよぎり、占いどころではない。


 また、あのモードに入らないだろか……


 そんな考えが頭をよぎる。


いや、駄目だ、駄目だ、やっぱ全然集中できないっ!


「ちょっと禊してくるっ」


 護は逃げ込むように蔵に備え付けられたユニットバスに走り、冷水を頭から浴びた。

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