第26話 諏訪護
さっきのは何だったんだろう……
竹林の歩道を其れ、蔵へと続く細道を歩きながら、護はさっきのあやめのを思い出してため息をつく。彼女にはその時の記憶がなく、それがなぜなのかよくはわからないが、確かに手には彼女のやわらなか感覚がありありと残っていて、あと少し、コンの邪魔が入らなければ唇が触れ合っていた筈だった。
「兵藤さん……」
護は思わず唇に触れ、体がカッと熱くなるのを覚える。
禁忌だと教わっていたが、陰陽の術には人の気持ちを自由に操るものがあったことを思い出す。もしかして彼女は誰かに操られていた?
だったら今度は僕がそれを……
「駄目だっ!駄目っ!」
変な事は考えるな、と頬を両手で叩き、竹林を駆け出す。蔵に戻る途中、突然、凛の遠吠えが聞こえた。これは非常事態を知らせるものだとわかる。
何事かと凛の気配をたどり竹林を突っ切り母屋へ向かうと、石灯籠の仄かな灯りに照らされ、背の高い袴姿の男が浴衣の女性に今にもキスをしようとしていた。
それは紛れもなく、太宰とあやめであった。
心の中が黒くなっていくのがわかった。
太宰は守り神であるが、式神でもある。彼の本当の名前を知ることで、諏訪家は代々彼を使役してきた。物の怪にとっての真名というのは見えない鎖のようなものだ。護も彼を式神とするとき、それを教えられた。
護は彼の真名を含んだ真言唱え「離れろ」と命じる。すると太宰はそこにひれ伏す。
「申し訳ございません、護様。ですが、この娘は色を操る術師でございます。コンがこの娘に絡みつき、間違いを起こさぬよう、護様を守ったのが何よりの証拠。私はただ、その目的を問うていただけです」
ただの言い訳にしか聞こえない。太宰は普段誠実ぶっているが、妖獣として悪の限りを尽くしてきたのだと、彼を式神にするときに彼について聞かされていた。そして消して心を許すなととも。
護は自分の馬鹿さ加減に辟易する。やはり、さっきのは太宰が仕組んだ事だと今更気づく。
「……もういいよ。太宰さんなんなんでしょ?兵藤さんのこと僕にけしかけたの。僕がずっと引きこもってるから。
最低だよ、兵藤さんのことまで使うなんてさ。どうせ、親から、僕のことなんとかしろとか言われたんでしょ?ごめんね、兄さんみたいに優秀じゃなくて。でも、今度兵藤さんに何かしたら、全力で潰すから」
自分で言ったくせに足が震え、目尻に涙が滲んだ。こんなこと誰かに言ったのは生まれて初めてだった。
護はあやめの所に行き、乱暴に彼女の手を取ると、顔も見ずにもと来た道を引き返した。
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