第25話 兵藤あやめ



「大丈夫ですか?あやめ様」



 あやめはすぐそばの太宰に驚く。



「だっ、太宰さんっ!何してるんですか?」



 まさか、また太宰に何かされたのかと、あやめは「離してくださいっ!」と彼を押しのけ、辺りをキョロキョロする。




 風でざわざわ不気味に揺れる竹林があり、そこには呆けたような護がこっちを見ている。ますますわけがわからない。




「あれ、なんで私外に? えっ?なんで諏訪君まで?」


 

 護はたどたどしく聞く。



「何も覚えてないの?」



 彼は自分の覚えていないことを知っているという口振りだ。何があったのか尋ねようと口を開くと、そこに慌ただしく悠護がやって来て、気分はどうだとか、体は何ともないかとか心配し、あやめは気がついたらここにいて、何も覚えていないのだと説明する。



 すると、それに太宰が答えた。



「護様が日課とされている夜の散歩の途中で、倒れているあやめ様を発見し、それで私たちが呼ばれまして」

 


 あやめはやっぱりそうか、と納得し、肩を落とす。



「そうだったんですか…… すみません。でも、私、もう大丈夫ですから……」



 立ち上がった瞬間ふらつき、それを太宰が支える。



「お送りします」


 

 ちょうど彼と話したいことがあったため、あやめはそれに頷く。母屋へ続く通路は石畳になっていて、等間隔に仄かな灯りの灯る石灯籠が並んでいる。太宰は隣をあるきながら淡々と言う。



「明日は念のため、病院へ行きましょう」



「あ、いえ、本当に大丈夫ですから。さっきふらついたのも足場が悪かったので」



「そういう訳には参りません。あやめ様は護様の大切な御学友でございますから」



 一度風呂に入り、浴衣を取り替えた方が良いと太宰が言うので、あやめは彼と二人母屋へ向かう。聞きたいことは山のようにあるのに、二人きりになった途端、彼の威圧感があやめを緊張させる。ちらりとスキのない横顔を盗み見る。きれいな顔立ちがよけいに立ち入るスキを与えてくれない。



 そんなとき太宰が口を開いた。



「今日は本当に申し訳ありませんでした。私がついていながら、あやめ様を危険なめにあわせてしまって」



 その話がしたかったのだと、あやめは堰を切ったように話しだした。



「あのっ、帰りのあれは何だったんですかっ?それにあのうねうねもっ!私、あれに絡まれてひどい目にあったんですよ、水道管は破裂するし、人が死ぬとか、陰陽師とか、諏訪くんは何者のなんですかっ?」



「すべて見たままですよ、としか申し上げられません。諏訪家は代々陰陽道を継承してきた一族ですし、ご覧の通り、護様には念の力で物を操ったり、壊したりする力があります。かく言う私も、非力ながらそのような力が」



 そう堂々と言われるともう何も言えない。そんな世界な本当存在するのか……未だにあのうねうねに絡まれたことが信じられないでいる。



 そういえばあのうねうねは夢で何か言っていたような……恨みます、いや、違う、頼みます?でもない……なんだっけ…そうだ……



「許すまじだ」



 独り言のようにそう呟く。それに太宰は足を止める。



「どうされました?」



 今度ははっきり思い出した。



「あのうねうねにそう言われた気がしたんです。主にあだなすもの、許すまじって。それに狐がーー」



 そう口にした途端、また体が動かなくなった。



「やはりそうか」


 太宰はあやめの顎をくいっと指で持ち上げ、刺すようなするどい視線を向ける。



「貴様、何者だ?何が狙いだ?」

 


 貴様って……初めて言われた……



 そんなことよりこの状況である。


「あれはお前を探るため、蔦の一部を体に這わせたままにしておいたのだ」



 母屋前の石畳の上、あやめはまた太宰にされるがままとなっている。



 宵闇に犬の遠吠えが響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る