第18話 凛


 

 ぬるい風が一匹と一人の間を気休めに吹気抜ける。



 これはもしや護の呪いの影響では?と本気で心配になる。ただでさえ色恋は諍いを生む。女一人を兄弟、そして式神が取り合うとなれば呪い呪われ、払い払われ、皆無傷では済まないだろう。

 


 やはり護はこの家を潰すために生まれてく来たのかもしれない。 



 しかし、今は真剣に答えを待っている太宰に対し、適当な答えを提示しなくてはならない。



「いや、色恋に物の怪も人も関係ないっすよ。そういう話は昔からよくあることですし……ねぇ。それにあやめちゃんは人間にしては可愛らしい方だと思いますよ、俺はタイプじゃないですけど」



「確かに魅力的な子だな」



「てか、まだ中学生っすよ」



「昔は、十四、五で嫁ぎ先が決まる事なんてよくある話だった」



「いつの話っすか?今、令和っすよ。いくら物の怪でも犯罪です。犯罪」



「だからだ、私は今まで人間の女性にこれ程惹かれたことはない。確かに力のある者には男女問わず惹かれることはある。


だか、それとも違う。彼女と言葉を交わしたのは今日が初めてだ。断じて言うが、その時は少しでも護様の役に立って貰おうという認識しかなかったのだ。


 だから、お前の邪魔立てを逆手に取り、彼女がお前に拐われたと護様に嘘を知らせ、護様を外へ出るよう仕向けた」



 ああ、そういうことね、と凛は呆れながら頷く。



「で、あの気味の悪い棒は何だったんです?どうせ、あれも先輩の仕込みでしょ?」



「試しに、置いてみたんだ。窮地の時、護様は何を選ぶのか。選んだもので今後の対応を決める為に」



 太宰は護の蔵に出入りできる式神に、霊符が貼られた呪物と、法具を置いたという。そして、護は封印の解けた呪物を手に取り現れた。



「もちろん、何も持たずに外への出るか、法具を手に取っていれば、このまま術師として導くつもりだった。しかし、護様は呪物を選び、使いこなしてしまった。護様には呪いを扱える器がある。あれは、下手をすれば、護様の命を奪い兼ねない物だ」



「要するに坊っちゃんの器のテストをしたわけですね……」



「成り行きでな」 



「まあ、結局先輩の思惑通りになって良かったですね。坊っちゃんも生きていた訳だし」



「そのはずだったんだか……」



 白銀の狐は首より下のあたりを爪を立てグッと押さえた。



「何なのだろう、この胸のざわめきは……」



 マジかよ……



 諏訪家鉄壁の守護神のご乱心に凛は老婆する。



「こ、こういうのなんて言うんでしたっけ?老いらくの恋、とか言うんすよね?老い先短いから怖いものもなくなっちゃう、みたいな」



「お前は彼女を見て何も感じなかったのか?」



 そう聞かれると、答えに困る。確かに始めて彼女を見たとき、胸がざわめくのを覚えた気がする。どうしょうもなく、彼女が気になってしょうがなかった。だが、彼女は主の想い人だ。下手に手を出す訳にはいかないと、その心を封じた。



「まあ、ちょっと気になりはしましたけど」



「前に、護様があの子は術師なのではないかと疑っていたことがあった。


 だが、私は人を知りつくしているかのように、それは年頃の人間によくある恋だと、指南したんだ」



「まあ、みんなそう言うでしょうね」



「しかし、彼女を見誤っていたのは私のほうで、正しかったのは護様なのかもしれないとい」




凛は同情の視線を向ける。




「先輩も護坊っちゃん並に初恋こじらせてますね」



「だから、それ多少強引ではあったが彼女を試させてもらうことにした。


 もし、本人、または家族が物の怪、呪術師のたぐいであれば、屋敷の結界内に気安く入れないはずだからな。だから屋敷に呼んだ」



 無論、兵藤あやめもその家族も敷地内に入り、今日は離れに寝泊まりしている。



「て、ことは……恋の方ですか?」



「ということになる」


 

 一人と一匹が見つめ合っていると、ふいに屋敷内に異様な妖気が感じられた。二人同時にあやめのいる離れの方を向く。


 敷地内は広く、離れは屋敷入口に近く、竹林の少し先にある。母屋からは少し距離がある。


「あやめちゃんのいる処っすね」


「ああ」


 白銀の狐は優美に屋根を飛び降り、竹林の方へ向かうので、凛も遅れを取るまいと、黒く禍々しい狗神の姿に戻り、その後を追った。


 

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