第16話 凛
風のない月の細い夜だった。
皆が寝静まった後、屋敷屋根の上で凛は太宰を待っていた。太宰は見張りのため、いつもここに来る。式神の鏡のような妖獣だと頭が下がる思いだ。
寝ずの番をするご立派な先輩を少しでも慰めようと、凛は可愛い女子高生の姿で待っている。
まあ、人間でもなんでも、女の姿というのは相手にスキを作り安い。まあ、それが太宰に通用するかはさておき。
今では立場上敵対するような関係になってしまったが、凛にとって太宰はこの家の式神としての大先輩である。だから、式神の何たるかは全て彼から教わった。この家で働く使い魔たちは諏訪家の人間より、この太宰の方を皆恐れ、日々従事している。
以前、どうして太宰程の力の強い妖獣が、人に使えているか尋ねたことがある。
彼は言った。
「行き場がないからだ」と。
神にもなれず、消えることもできない、自分はそういう中途半端な存在なのだと。ここにいる限り式神としてだが、神として扱われ、彼らの生気を吸収し、力も蓄えられる。他愛もない人間のわがままに付き合うだけで、衣食住が約束され、こんないい職場は他にないとまで言っていた。
確かに、ここに来てから消える不安も、大物に食われる心配もなく、のうのう暮せている。そうそう強い妖獣とか呪術のたぐいの案件には出会わないし、他の案件は下っ端の使い魔や諏訪家の人間がなんとかしてくれるため、主の機嫌を取ってさえすれば、凛クラスの使い魔の自由度は高い。彼の言葉を借りるなら、本当にいい職場だった。
しかし、今日の一件はさすがに主の機嫌を損ねかねない。緊急事態とはいえ、さすがに兵藤あやめと接近し過ぎた。
主である悠護は未だ山の中である。禊ぎの場所には式神は入れず、鬼のいぬまに羽根を伸ばそうとした矢先、太宰が一人で出かけたため、気になって後を着けた。
そこで、彼は兵藤あやめに声をかけていた。
なぜ、彼女に?もしかして主である悠護とが彼女を好きなことに気づき、何かをしかけるつもりなのか?と慌てて悠護に成り代わり声をかけたのだ。だか、蓋を開けてみれば、彼は職務を全うすべく護の恋のお手伝いをしていただけに過ぎなかった。
しかし、太宰がそんな理由だけで動くわけはない事くらい凛も承知している。あの、わけのわからない呪物もそうだが、悠護の留守中、兵藤あやめをこのうちにまで招きいれるとはさすがに恋のお手伝いにしてはやり過ぎだ。それを探るべく、太宰を待っていた。
その時だった。
目の前のに尾の割れた優美な狐が現れる。
ようやく凛の待ち人が現れた。
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