第11話 兵藤あやめ



 目の前の諏訪護は酷い匂いがしていた。



 太宰とかいう執事が、彼が引きこもっていたといっていたが、それは事実らしかった。ベッタリとしたうねった髪は伸び放題で、いつ着替えたかしれないよくわからないシミのついたTシャツに、はきふるされ毛羽立ったハーフパンツ、足元のスニーカーだけは新しかった。その上変な棒を持っている。確かに警察に通報されてもおかしくない身なりだ。



 警官が帰ったあと、二人は兄弟らしく歯に衣着せぬ物言いで、口喧嘩を始めた。とは言っても、悠護が8割、残り2割を護がボソボソと言い返すといった感じだった。



 大人だと思っていた悠護だったが、弟相手となると、途端に口調は砕け、クラスにいる年相応の男子のみたいな悪態を護にぶつけていた。それが逆に意外であり、そんな悠護に少し親しみを覚えた。



 さっき悠護に感じた恐怖感はただの気のせいだったと、護の頭を押さえつけ「こいつが迷惑かけてごめんね」と済まなそうに謝る今の彼にはその怖さはまるでない。



 大事にならなくてよかった、と饐えた匂いに顔を歪めながら無理に笑う。



 ふいに視界の隅で何かがゆらめいた気がした。確かめるように視線を向けると、護の持ってた棒がうねうねと赤黒い蛇のように動いていた。



 えっ……?




 目を擦り、もう一度、見てみるがやっぱりうねうね動いている。



 あやめはそれを指先さし、たどたどしく言う。



「あの、諏訪くん……それ、なに?」



うねうねに気づいた護は「うわっ」と驚いて手を離すと、そのうねうねは蛇のように素早く地面を這うと悠護の足に絡みついた。あやめは何が起きているのかわからず、ただただそのうねうねを見つめる。



それは植物のつるのように上に伸び、悠護の体全体に巻き付いた。



「何だよっ、これっ」

 


 悠護はそのうねうねを外そうとするが、もがくがそれはますます絡みつき、今度は彼を締めつけ始める。 




 これ現実なの?




 隣の護を見ると、放心したかのようにそのうねうねを見つめている。さっきの太宰のいう事が本当なら、彼ならこれをなんとかしてくれるのではと、あやめは慌てて声をかける。



「ちょっと、諏訪くんっ!あれ、諏訪くんが持ってた棒でしょっ?何なのあれっ!」



「わ、わかんない……」と頼りのない答えが返ってくる。



 苦しげに顔をしかめ、悠護は怒鳴る。



「護っ、その子どっか連れてけっ、こいつは俺がやるっ」



「で、でも……」



「早く行けっ」



 行こうと声をかけられたが、あやめは首を振る。



「悠護さんを置いて行けないよ」



「兄さんなら大丈夫だから」



 そう言ってあやめは手を掴まれたが、頼りにならない護を睨みつけ、手を振り払い、そのうねうねを外そうとツルに手を掛ける。



 すると、そのうねうねはあやめにも絡みついてきた。



「きゃっ」


「兵藤さんっ!」


 悠護の罵声が飛ぶ。


「馬鹿女っ、何やってんだよっ」


「だっ、だってっ、悠護さんがっ」 


 そう言ったそばからツルは服の中にも入ってきて、じわじわと体を締め付け始める。


「いやっ!」


「兵藤さんっ!」


 凛が声を張る。


「護っ、こいつを呪え!!こいつ、お前も触ったことねー、この女のおっぱい触ってんぞっ!」


「……殺す」


 ぼそりと低く、護が呟いた。



 次の瞬間突然地面から高々と水が吹き出し、豪雨が如く降り注ぐ。そしてあやめの頭の中に「殺す、殺す、殺す……」と思念が流れ込んできて、頭が割れるように痛みだす。



「護っ、俺らまで殺す気かっ!!もっと精度上げろっ!」



 ずぶ濡れとなった護は「うん」と頷き目を閉じる。水の音でよく聞こえなかったが、彼がブツブツと呪文のようなものを唱え始めると頭痛は嘘のように消え、うねうねは動きを止めた。そして、護がそれを掴むと、それはみるみる枯れていった。





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