第6話 太宰



「とんだ邪魔が入ったな……」



 太宰はルームミラーで遠くなる二人を見つめる。



 さっき現れた男は護の兄である諏方悠護ではない。



 彼は悠護の式神である「凛」が成り変わっていた真っ赤な偽物である。普通の人間には見分けはつかなくとも、同類には言わずともとわかることだ。


 

 あやめと悠護が既に親しい関係であることを太宰は把握していた。性格も見た目も正反対な仲の悪い兄弟だが、皮肉にも女性の好みだけは一致するようだった。悠護の方はそれに薄々感ずいて、凛にあやめの動きを見張らせてでもいたのだろう。登場のタイミングがあまりにも良すぎる。露骨に行動しすぎたことを太宰は反省した。 

 


 今日と明日の二日、悠護が禊に出ると聞きつけ、護が外に出る呼び水になればと、彼の思い人であるあやめに声をかけたのだった。



 太宰には護の恋の行く末がどうなろうと知った事ではなく。とにかく護には蔵を出てもらわなければ困る事情があるのだ。


 しかしであるーー


 ここに来て自分の身に異変が起こった。さっきから胸が締め付けられるように苦しいのだ。


 兵藤あやめに会ってから自分の中で何かがおかしかった。この世に女性は幾多と存在するが、彼女は他の女性とは何が違うのだ。けして、物の怪や異能の者でもない。彼女からは人の匂いしかせず、それも汗の発汗する匂いと石鹸の芳しい香りが織り混ざり、喰ってくれと言わんばかりにいい香りなのだ。


 太宰はこれまで色恋など阿呆の所業であると生きてきた。とはいっても、この長い年月、自分に言い寄る幾人かの女性と仲を深めたこともはあったが、心をざわめかせる女性に出会うことはそうはなかった。


 それにそんな女性がいたとしても、自らを色恋の渦中に投じるなど、愚の骨頂と自分を戒めてきた。


 色恋が人や物の怪を喰い物にする様を太宰は嫌というほど見てきたのだ。


 しかし、ここに来て年端も行かぬ小娘に太宰は心を乱されている。



「……もしやこれが呪いなのか」


 

 胸がざわざわしている。

 太宰は柄にもなくうろたえていた。



 




 



 



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